サポーター
「……っ、ごめん!」
「や、うん。あたしが煩かった、よね。ごめんなさい。」
我を取り戻したらしい茉莉花は真っ青な顔で謝る。一方で、流石の琴乃も彼女の剣幕に押し負けたのか素直に謝るばかりだ。
「……疲れてるから、少し散歩して、くるね。」
「散歩って……。」
「大丈夫、そんなに長くならないし、シャワーもちゃんと浴びるから。タオルありがとう。」
そう言うと彼女はB棟の方へ行ってしまった。
それとほぼ同時だろうか、風花がシャワールームから1人で小指をぶつけて血が出たと騒ぎながら出てきた。
しかし異様な光景にすぐに黙る。
「ん、どうし」
彼が不穏な空気を感じ取ったようだ。そしてその理由を尋ねようとした時。
外に大きな雷が落ちた音がした。
「キャア!」
「へぁ!」
恵と琴乃が同時に叫び声をあげたと同時だろうか、施設は真っ暗になった。
「は?! 箱庭の中って停電すんの?!」
「ちょっと〜、みんないる?」
呑気な声でB棟の方から千藤がやってくる足音が聞こえる。
風花は慌てて玄関の方に向かい、手動のドアを閉めた。そして鍵をかけ、彼は外を窺う。
「箱庭でこんなに天気荒れたり、停電したりするの初めてだな。」
「……正常な、箱庭じゃないからね。」
「そう言えば、何があったの? さっき赤根さんとすれ違ったけど。」
どうやら無視されたらしい彼は不服だったらしく、機嫌が悪いようだ。ため息混じりに恵と風花に聞く。
「……実はーーーーーー。」
恵は先程のことを語る。
風花は話を聞きながらも完全に意識はB棟の方へ向かっており、千藤は興味深そうに聞いていた。
「赤根さん、追わない方がいいか?」
「風花くんにしては賢明な判断じゃない? というか、薄々君達も気づいているんじゃないの?」
この言葉に風花と恵がぎくりと固まる。琴乃ははてと首を傾げた。しかし、千藤の目は逃げることを許さない。覚悟を決めた恵は口を開く。
「……茉莉花ちゃんが、【サポーター】ってこと?」
「え……。」
「……、そうだな。乙川さんの言う通り。」
「2人は、気づいてたの。」
琴乃が言うと2人は頷いた。
「赤根さん、オレの前で、温室で端末に触ったことがなかったから。もしかしたら、って思って見てたんだ。」
「私は、消去法。【サポーター】のことを知れば知るほど、彼女の行動とピッタリだなって。」
「そう……。」
2人の言葉に琴乃は納得するしかなかった。
今思えば2人は頑なに【サポーター】擁護派であった。それが茉莉花となれば納得だったのだ。千藤は頭を掻きながらうーん、と悩む様子を見せた。しかし無情にも、理性的な判断を告げてきたのだ。
「いい加減に腹括ってよね。
僕たちの命がかかってるんだから、明日は彼女を問い詰めるよ。今日を彼女の自由行動の最後にするからね。」
「うん……。」
「……。」
「風花くん?」
「ああ。」
僅かに怒気を孕んだ彼の言葉に、風花は渋々といったように頷く。
「とにかく、今日については彼女の行動に触れないこと。もし、他の部屋の【サポーター】同様、不安定になっているんだから。」
「余計な刺激が世界の不安定に繋がるってこと?」
「その可能性もあるね。」
琴乃の言葉に頷いた。
恵も、本音で言えば彼女を追いかけてB棟に行きたかった。しかし、千藤が下した判断が、ここにいる参加者を救うのに必要なことであることは理解していた。
「乙川さん? 歯痒いのは分かるけど、聡い彼女はもう自覚しているはずだ。もし彼女が僕たちを救うための行動をしていてくれるなら、今僕たちが行動すると、邪魔になる可能性もあるんだからね。
本当に必要だったら、SOS出してくれるはずだよ。
君たちなら、分かるよね?」
「うん……。」
「ほら、じゃあ早く寝るよ。明日は早朝に彼女を捕まえたいし。」
千藤にモニタールームに風花と共に押し込まれる。
「……また独りで敵役?」
「別に、僕が正しいと思ってることをしているだけだけど?」
「ふぅん。」
琴乃はそう言うと早々にモニタールームにある布団に潜り込んだ。千藤は心の内でやな奴、と呟くと自身も、不貞腐れたように寝込んでいる風花の傍らの寝袋に潜り込んだ。
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視界が開ける。
私はいつのまにか寝てしまっていたらしい。
のろのろと思い瞼を開く。身体はなぜか怠く、口さえも動かすことが億劫だ。
何やら背中を蠢いていた気がしたがすぐにそれは取り除かれる。そして、同時に頰に何かが滴ったことに気づき、身動ぐ。
闇の中に人影の輪郭が薄っすらと見える。
「乙川さん……何で?」
この声は芳樹くんだろうか。
仕切りを置いたはずなのになぜ女子側のスペースに入ってきているのか、それとも入る必要がある緊急事態なのか。だけど彼の問いかけてきた声は酷く穏やかで、まるで平和な世界にいることを錯覚させるようだった。
「乙川さん、そのままでいいから聞いて。」
「なぁに。」
舌ったらずな私の応答に彼は微笑む。
彼が私に触れる手は湿っており、目が順応してくると彼自身が酷く濡れていることに気づく。
「今までありがとう。オレ、乙川さんと友達になれてよかった。」
「なに……言っ?」
彼の言葉に飛び起きて問いただしたかったが、身体は言うことを聞かない。
「オレさ、若狭先輩がいればなって最初は思ってたけど。今は、乙川さんと千藤と、舘野さん、3人が居てくれれば大丈夫だなって思う。
たぶん、もう会えないけど、これは本当だから。」
「なん……で……?」
「最後まで勝手でごめんな。オレの希望は全部託す。みんななら大丈夫だから。
そんでもって、さ。赤根さんのこと、忘れないでやって。」
それだけ言うと彼の手は離れていく。何か傍らの物に触れているようだが、私には確認ができない。
叫びたい、千藤くんと舘野さんを起こして、彼を止めたい。
しかしそれは叶わない。
嬉しそうに、普段と変わらない笑顔で微笑んで彼は何かを言ったが、私の耳には届かなかった。
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「……ッ!」
恵は体を起こす。
外の轟々と言う音はすっかり止んでいるらしい。彼女は慌てて仕切りの向こう側に駆け込んだ。やはり、風花の姿はない。
嫌な予感が彼女の頭の中を支配する。
ハッとしてあたりを見渡すと端末には1枚の手紙が挟まっていた。それは少し土で汚れた、若狭が風花に向けて記したものだった。
「……ッ、芳樹くん!」
辺りを見渡すが、夢か現実かさえも定かでないあの映像に映った彼の姿はない。
そして恵は気づいてしまう。
『赤根さんのこと忘れないでやって。』
彼が忘れないことを願った、茉莉花さえも姿が見えない。恵は自身の腹の奥が急に冷えるような感覚を覚えた。
恵はすぐ足元に寝ていた千藤に飛びかかる。
彼はびくりと肩を震わすと、恵の声に反応して上体を起こした。恵はすでに琴乃を揺さぶり始めていた。
「な、何……。」
「芳樹くんと茉莉花ちゃんがいないの!」
「え、カフェテリアにいるとかじゃないの?」
千藤の言葉に気付かされた恵は琴乃を離し、カフェテリアに出る。
しかし、そこには風花も、茉莉花も、誰もいない。汗が止まらない。
只ならぬ恵の様子に、千藤と琴乃も走ってついてきた。
「どうしたの、恵。頭ぐわんぐわんする……。」
「いない、ね。」
千藤もいよいよ不審に思ったのか、怪訝な表情を浮かべた。恵はそのまま玄関から飛び出した。
もう、可能性はあそこしかなかった。
3人が共に語った。
3人が絆を紡いだ。
そして、サポーターのことを、茉莉花のことを信じると決めた。
ーーー温室
恵の耳に、あの音は聞こえない。
なだれ込むように、温室に入る。
『なお、今回【強制退場】をされた××××は【サポーター】だ。』
『おめでとう! 君たちは真実を見つけました! 17時間49分後、君たちは自動ログアウトします。』




