束の間の幸せ
「探索終わりですよね?オレ温室行っていいっすか?」
「いいぞ。オレ2人といるから。」
「は?!」
「ゆ…由香ちゃん…。別にいいから。ね?若狭さんいい人みたいだし。」
風花がメンバーからの離脱を言った後、若狭の言葉に由香が過剰反応をする。しかし、恵は気にしていないと彼女を諌めた。
「なんで小塚はそんなにオレに当たり強いんだよ…。」
「別に、アンタが信用ならないのよ。」
腕組みをして、なお不満げな雰囲気をありありと出している。
「そういえばさ、さっき倉庫に鉄板みたいなの置いてあったんだけど、ここって食べ物どうするんだ?」
「ポイントで買えますよ。たぶん初回参加で結構なポイントもらえてると思いますけど。」
「そっか!ならBBQもできるな!」
「「BBQ?」」
つい恵と由香の声が重なると若狭は訝しげな表情を見せた。
「……なんでそんなに驚くんだよ?」
「いや…その…。」
「このゲームって他の参加者全員と交流ってよりは個人的に気が合う人とか、ソロプレイがメインだからあまりそういう発想がなくて…。」
「なるほどな。」
そもそもこのゲームの対象者は“無気力”な子ども。
みんなで騒ぎたいだとかはしゃぎたい人々が欲するような施設はそもそも存在せず、ゲームに縋るほど困ってなどいないだろう。
だから、恵と由香から見た若狭の姿は眩しすぎると同時に不可解なものであったのだ。
「でもさ、やっぱりせっかく会えたんだしBBQやらねーか?2日だけの付き合いって言ってもまたどこかで会うかもしれねーじゃん?」
「私はいいけど……。」
由香が心配そうに恵を見た。恵は困ったように視線を泳がせたが、答えを待つ若狭の視線と目が合うと自然と首を縦に振っていた。
「わかった。食材は私のポイントで準備するね。」
「マジか!ありがとう!」
満面の笑みを浮かべた若狭は嬉しさ余ってか、そのまま恵を抱きしめた。
「なっ…!」
「あっ、悪い!つい、部活の癖で!本当ごめん!」
物凄い速さで後退した彼の顔は真っ赤に染まっていた。恵ももちろん顔が熱かったが、若狭の顔を見たら噴き出してしまった。
「っ…はははは!」
「んなっ!そんな笑う必要ねーだろ!」
「恵、ショックで壊れた?」
由香が心配そうに覗き込むが一度スイッチが入ってしまった恵は笑いを堪えることができなくなっていた。
「ご…ごめんなさい。じゃあ、準備するので…ぷっ、18時にグランドの方集合でどうでしょうか?」
「オッケー…にしても笑いすぎだろ!」
「ごめんなさ…ちょっと暫く顔見られないです。」
「失礼か!」
そんな和やかな時間を過ごしつつ、3人はそれぞれの準備や他のメンバーの集合のため施設を回ることになった。
「よーし、みんな集まったな!」
そう叫ぶのは定刻に全員が集まったことを認めた若狭であった。
参加を渋る者はいたが、幸い周りの者に流され、全員参加が叶ったのだ。
「でも、BBQやろうなんて言われたの初めてだったよ。」
「僕もです。時々は若狭さんみたいな方がいてもいいかもしれませんね。」
「千藤〜時々はないだろ〜。いつもって言ってくれよ〜。」
米田と千藤、若狭が雑談をしながら鉄板の準備を行っていた。
「………。」
「赤根、どうしたの?」
「小塚さん、玉ねぎが剥けば剥くほど無くなるんだけど……。」
「あちゃー、ベタなミスじゃん。」
「えぇ〜寧々食べる専門だから準備ヤダァ!」
「働かざる者食うべからず、ですよ!舘野さんも地面に寝転ばないでください!」
「眠いも〜ん…。」
女性陣は食材を切り分けつつ焼く準備をしていた。誘ってみると恵以外にも食材を買ってくれる者はたくさんおり、案外豊富な食材が揃ったのだ。
「コーラとお茶持ってきたわよ〜。」
小雪と風花、桜庭が飲み物を持ってきた。
皆それに集まり各々好きな飲み物を取っていく。
「よーし、じゃあ乾杯しようぜ!」
「音頭はオレかな!」
「何言ってるの、どう考えたって発案者の若狭でしょ。」
桜庭の茶々に由香が冷静にツッコミを入れる。
「オレでいい? なら。」
どこからか持ってきた台に身軽に乗り上がり、彼はコップを掲げた。
「おーし、みんな、集まってくれてサンキューな! たった2日、されど2日だ! ここで仲間と出会えたことを祝して、かんぱーい!」
「「「かんぱーい!!!」」」
皆、近くの人たちとコップを合わせる。
たかが2日、されど2日。
恵には初めてかけられた言葉で、でもなぜだか染みる言葉であった。
時間の経過とともに各自色んな人と話していた。恵も交流していたが、少し疲れたため、輪から離れて休憩していた。
「乙川、隣いいか?」
「あ、ハイ。」
コップを片手に若狭が近づいてきた。
昼間に比べ、恵は決して距離をとることなく隣に座り続けた。若狭は少しばかり目を見開いたが、ふと頰を緩めた。
「どうしたんですか?」
「や、ごめんな。何でもない。」
彼は空いている手を横に振りながらそういう。
「乙川は…楽しかった?」
「はい、普段は殆ど由香ちゃんとしか話さないので、久しぶりに色んな人と話して賑やかでした。若狭さんのお陰ですね。」
「ん、なら良かった。」
彼は飲み物を喉に流す。
「小塚とは仲がいいんだな。」
「はい。去年…かな? 6人部屋でたまたま会った時、お互いの好きな漫画について話したら意気投合しまして。それから由香ちゃんは何かと助けてくれるんです。」
「ふーん…そっか、いいな。」
恵はその優しい表情を見て、驚いた顔をした。
なぜだか、彼になら心を開いていいかもしれない。恵は本能でそう感じたのだ。
「……きっかけは、ひょんな事だったんです。中学校でイジメを受けて、高校に上がっても友だちが作れなくて、どうしようもなくてこのゲームに参加したんです。
だから、由香ちゃんとの出会いは私の世界を変えてくれたんです。由香ちゃんのためなら、きっと私は何でもできると思います。彼女以上に大切な人はいないですから。
……こんなの話したの初めてです。」
ふと、微笑む。なんだか照れ臭くなって恵はつい視線を逸らした。
「いいじゃん、それくらい大切な友だち。そういうの、オレは好きだぜ。
それに、何となく、さ。乙川はその意志を貫けると思うんだ。」
「そうですか?」
「うん。」
手元の空になったコップを通して彼は偽りの星空を見る。
「……オレは、さ。たぶんみんなが言う無気力な人ではないと思う。インターハイも出たし、人生楽しいし。でも、アイツが無気力になりそうだったんだ。」
「……風花くん?」
「ああ、誰にも言うなよ?」
口の前に人差し指を立てウインクする。
「最後の大会が終わった時、アイツの表情見て、このままじゃアイツはダメになる、何となくそう思ったんだ。でも助けられない自分が情けなくてさ、無力感に襲われた。
だから、少しでもアイツを理解して、支えてやりたいと思ったんだ。」
「……そう、なんですね。」
ーーーー彼似つかわない表情。
しかし、すぐに切り替えたかのように笑顔で恵を見た。
「なんか、さ。乙川と会った時も、何でかはわからねーけどそう思っちまったんだよな! でも、予想より強いやつだった。」
「私はそんな…、」
彼女は否定の言葉を言いかけたが飲み込んで首を横に振る。
ここで、否定の言葉を言ってはいけない。
彼の言葉に裏切ることになってしまう。
「ありがとうございます。
良かったらフレンドになりませんか? 私、若狭さんともっとお話ししたいです。」
「えっ、いいのか?!」
「ハイ。」
「じゃあ、なろう! 友だち! えーと…どうすればいいんだ?」
「ここでパネルを開いてですね…。」
あまりにも機械音痴な彼に笑いつつ、彼女らは話し続けた。
他にもパネルに表示されるものを興味津々に聞いてくる彼がおかしくて、恵は積極的に使い方を教えた。
そして、翌日。
彼女らは思いもよらないハプニングに出くわすのだ。