崩壊
茉莉花が持ってきたタオルで顔を拭いた後、いつもの不遜な態度に戻ったらしい千藤は腕組みをして4人に向き直る。
風花も呆れていたがどこか嬉しそうだ。
「……でもさすがだね、乙川さん。大筋は合ってたよ。風花くんもだけど君も大概怖いよ、僕は。」
「褒め言葉として受け取っておくね。」
「強かな人だよ、君は。最初の頃のおどおどしてた君とは大違いだね。」
千藤は嫌味のつもりで言ったのだろうが、恵は流してしまう。
もともとそういった要素のある人間だったのだろう、しかしイジメが彼女の強さを押しつぶしていたのだから人間とは恐ろしいものだと、彼は全く関係ないことを考えていた。
「君が言ったとおり、僕は風花くんを【強制退場】させることを躊躇った隙を突かれて桜庭さんに襲われた。
目覚めた時には隠し部屋、拘束されてるし、出入口が分からなかったし、端末はないし、目の前では桜庭さんがナイフを構えているしで、さすがに焦ったよ。」
彼はその時のことを思い出したのかため息をついた。
「彼はね、僕が風花くんを【強制退場】させようとしていたことを見抜いてて、端末を隠したって言ってきた。
でも、これはチャンスだと思った。
桜庭さんに僕を【強制退場】させてもらえると思ったんだよ。だって僕は、誰かを犠牲にして、このゲームを繰り返すことが目的だったんだからね。」
「……春翔はサポーターなの?」
「違うけど。」
あっけらかんと彼は答える。
「君たちは見つけてないようだけど、資料室にね、他にもあるんだよ。不穏な書物が。」
「早く言ってほしかったかな……。それで、どんな書物?」
「世界が切り替わる度に減っていく数字が書いてある書物。」
4人はピンと来ず、顔を見合わせた。千藤は予想していたのか対して反応しなかった。
「1番最初は、乙川さんの世界で見つけたよ。その時は4、舘野さんの世界では3、この時点で世界が切り替わる度に減るんだろうなって当たりをつけた。もちろん、今の世界は1だよ。」
「……スキャニングやるから、このトラブルも終わりって言われたのに調べてたわけか?」
「風花くんは運営の言うことを素直に信じているの?」
腕組みをした千藤が険しい顔をした。
「僕はあの人たちをどうも信じられない。【サポーター】は無害で、むしろ原因は外にあるんじゃないかって思っているくらい。
【サポーター】のことは、みんな薄々思っているんじゃないの?」
無言は肯定だった。
サポーターが、まだこの場にいるとして、その人物は決して妨害をしてこないのだ。
恵もいい機会だと思い、考えを示す。
「正直、私もガイドラインを読んでからそう思ってる。【サポーター】の人が私たちに協力してくれているのも……本人が自分自身を【サポーター】って気づいていないだけかもしれないけど、ちゃんと私たちを守ろうとするシステムが働いているってことなんじゃないかなって。」
「オレも、【サポーター】を敵って思いたくねーな。」
「……あたしはよく分からないけど、【サポーター】が危害を加えてくるように思わないかも。」
「うん、私もみんなと同じかな。」
全員が薄々感じていたことらしい。
互いに苦笑した。
「だから、僕はこのゲームの打開策としてその書物の数字に賭けてみようと思ったんだよ。
その話をしたら、桜庭さんも納得してくれたからね。じゃあカンタン、桜庭さんに僕を【強制退場】させようと思ったんだ。」
「それで、千藤はナイフを奪おうとしてモップ振り回して、桜庭さんは逃げ回って、ってこと?」
「ご名答。何回か刺されば、外傷治療アイテムを使い切る、そしたら、僕を【強制退場】させるか、僕の端末を出さざるを得ないからね。」
当たりたくなかったと言わんばかりに風花は顔をしかめる。
それもそうだ、色々と立場がおかし過ぎる。
「一応、一発腕のところに傷を貰えたんだけどね。桜庭さんが端末出したと思ったらすぐに僕の傷を治して、自分の腹にナイフを突き刺したものだから僕も何が何だか、って感じだったよ。
彼も、僕の話を聞いて、この部屋で色々と決着をつけようと思ってたんだってね。」
はぁ、とため息をついた。
隠さずに表情が陰るあたり、彼も思い出したくない心を痛めた出来事だったのだろう。
この素直さ、彼はいい意味で風花に影響を受けていたのだな、と恵は他人事のように薄く考えていた。
「……だから僕は彼の端末を使って、彼を【強制退場】させたよ。
本当、最後にあんな大人びた顔するなんて、先輩たちは狡いよね。」
3年生達はもういない。
その事実に5人は俯いた。
「それからは、君らが見た通りだよ。僕は、風花くんに事実を知られたくなかったのと、君たちが桜庭さんの自傷を知らないままいてくれればって思ったんだ。」
ーーーーーーーーー
『桜庭、さん……? 何で、アンタ!』
『ゲホッ……ってぇ。漫画のヒーローみたいにはいかないな。』
『アホなこと言ってないで! 早く僕の端末の場所教えて! 死ぬよ、アンタ!』
彼は震える手で千藤に自分の端末を渡す。
千藤は戸惑いながらも、受け取った。
『オレを、ハァ……死なせたくなかったら、お願い。』
迷っている時間はなかった。
千藤はすぐに桜庭の端末で、彼のコードを読み込み画面を開く。
『……みんなに、迷惑かけちゃったし、これ以上、こんなこと知られたくねーな。怖ェよ。』
『……桜庭さん。』
『ありがと、春翔。』
その言葉と同時だった。千藤がボタンを押したのは。
ーーーーーーーーー
「ありかとな、千藤。話してくれて。」
「……怒らないの?」
「オレだって、みんなのこと道連れにしようとしたし、怒れる立場じゃないって。強いて言えば、その書物の話をさっさとしろ、ってことかな。」
風花の言葉に、千藤は居心地悪そうに頷いた。
そして数瞬黙り込み、彼は笑顔で風花を見上げた。
「じゃあ、怒られるついでに【強制退場】、されてくれる?」
「ッ、」
飛びかかってきた彼を風花は咄嗟に掴む。
幸いコードを読まれなかったらしく、拮抗する。
他の3人は驚いて動けなかった。
「何でだよ!」
「……だって、次の世界に行くには【強制退場】をさせた人が犠牲にならなきゃいけない! 今回はその人がいないわけだから、いけないかもしれないでしょ。」
「そんなことをしてる場合じゃ、」
恵はそう言いかけて、アレ? と世界の違和感を感じた。
他の4人も薄く感じたのか辺りを見渡す。
琴乃が慌ててドアを開き、外を見ると、施設の外が真っ白に消え始めていたのだ。
ほんの少し外に踏み出そうとすると、彼女の長い髪の先が消えた。
慌てて踵を返し、ログインルームに向かう。
「いつもより早く世界が消え始めてる! しかもいつもとはちがう感じ、あたし達も消される!」
「ほらね! 早く犠牲になりなよ!」
「んなこと言ったって……!」
風花は迷う。
この時間のうちに自分が消え、千藤の名前を打ち込むべきではないか、と。
しかし茉莉花の言葉ですぐに千藤を掴む手の力を強めた。
「やめて……! 私はこれ以上、仲間が減るところ見たくない。」
そして、その言葉に反応して動いたのは風花だけではない。
恵だった。
ログインルームで、いつもと同じようにログアウト処理を始めた。
4人ともギョッとして恵の方を振り向いた。
彼女が打ち込むのは桜庭の名前だ。
「ちょ、乙川さん何やってるの?! そんなことやってもちゃんと処理できるか!」
「でも、これしかない! お願い、千藤くん、みんな! 私を信じて!」
これは賭けだった。
うまくいくか、いかないかは分からない。
でも、これ以上仲間を減らさない、それは恵も同じで、そのためにはこの賭けに乗るしかなかったのだ。
「お願い!」
画面に残る、桜庭萊の文字を選択し、ログアウト処理を行う。
そして、決行を、押した。
画面が切り替わる。
しかし、そこに映し出された文字はーーーー。
『不正なログアウト処理が行われました。エラーが発生しました。この世界を消去します。』
風花も、千藤も、腕を下ろした。
琴乃は、その場で膝を折り、尻餅をついた。
茉莉花は鋭く画面を睨みつける。
恵はボタンから指を離せないまま。
5人はそのまま世界が暗転したのであった。
スズキは対策本部にいた。
ルーム89の担当として、参加者と連絡が取れるモニターの前に座っている。
『対策本部、司令官より通達! ウイルスバスターの準備完了、30分後システム全体に適用し、参加者の強制ログアウトを実施、サーバーダウンを行う!』
「やっと、子どもたちが解放されるのね。」
「うん、よかった。」
となりの席で、ルーム88と連絡をとっていた同じスタッフのヤマモトが話しかけてきた。彼女の部屋も残っているルームの1つだった。
「ウイルスバスターの処理が完了すると参加者と箱庭が切断されて目覚めるのよね。」
「そうらしいわ。……でも、不可解よね。」
「何が?」
ヤマモトは呑気に首をかしげる。
「ルーム89の様子をずっと見てたんだけど。」
「アンタだけよ、トイレと風呂以外そこから動かなかった人間は。」
「【サポーター】にエラーなんて発生してないと思うんだよね。この部屋の【サポーター】は、参加者を守るために動いていたもの。しかも、ちゃんと定時連絡もくるし。」
「ふーん?」
スズキは、ルームの【サポーター】を見つめつつ目を細める。彼女には【サポーター】に対して特別な感情があったからだ。
「私はよく分かんないけど、それより騒動が収まった後の後処理が面倒すぎるよー。国家公務員の使い方間違ってる!」
「そんなの覚悟の元で入職したんじゃないの?」
スズキははぁ、とため息をついた。
少し考えた後、メールを打ち始める。
「どうしたの?」
「上に報告書をあげる。私はどうも、第三者の介入があるような気がして止まなくて。しかも、無知で技術も稚拙な、愚か者の。」
「言うわねぇ。」
スズキは対策本部の上司にメールを送る。
すぐに予備調査を行うと返信が来た。
もしや本部のシステムに問題があるのではなく、各地方に展開する支所に問題があるのではないかとスズキは考え始めていた。
そこから、予期せぬ伝染をしたとするならば、前例のないエラーも納得ができる。
このシステムはどうも中枢から末梢への伝播はよく観察されているが、逆に関しては少しだけセキュリティが甘いのは以前から指摘されていた。
各支所に調査を実行するよう再度送信されるとすぐに決行時間はやってきた。
スズキとヤマモトは自分の管理ルームを確認するように言われ、座席についた。
データはダウンロードされ、次々とデータが処理される。
しかるべき手順は踏んだはずだった。
『エラー発生! エラーが発生! サーバー接続できず! 作業停止できず!』
「えっ!」
本部からの通達に、隣から驚いた声が聞こえた。もちろんそのサーバールームにいる人物は殆どが動揺しているだろう。
しかし、すぐにスズキは画面に食いついた。
指をできる限りの速度で動かしてプログラムを再構成する。
ちょうど彼らはルームの中で同時にバグを発生させたらしい。それを利用する。
この端末の中に孤立したプログラムを構成する。
そして、申し訳ないが【サポーター】の世界をダウンロードする。あとは中の【サポーター】の裁量次第、外からの介入は完全にできなくなる。
でも。
「生きて……! お願い!」
たくさん苦しんで、悲しんで、喧嘩して、そして成長してしていく彼ら彼女らを見て。
まるで自分がその中で共に戦ってきた気持ちになってやまなかった。
だから、せめて、助けさせてほしい。
彼女はエンターを思い切り押した。
『システム強制停止! 残ったルームはあるか?』
「こちら、応答なし。」
「ルーム25、応答なし。」
次々と、悲報が飛び交う。
「……アンタ、報告は。」
ヤマモトに言われ、スズキはハッとして画面を見る。
「……ルーム89、4名とサポーター、生存。しかし、こちらからの通信は、不可です。」
『総括、ルーム89を除き、全滅。
ルーム89が消えれば、ダストボックスへの通信手段が失われ、他の子どもたちを救う手立てが失われる。総員、原因究明に当たれ!』
そうか、首の皮1枚繋がった。
ほっと溜息をつく。
しかし、こちらからは何もできない。大元の原因を明らかにするしかない。
「……お願い、頑張って。」
この4人の無事は、祈るしかない。
スズキは自身の無力感に苛まれつつ、画面を前に項垂れた。




