調査編④
『強制退場者が出た時の注意点。
記憶を使われた参加者の自動消滅プログラムは削除される。
代わりに24時間以内に【強制退場】を使用した人物がログインルームにてログアウト処理を行えば、次の世界の構築を開始する。処理が行わなければ使用した参加者以外の消滅プログラムを開始し、残った者は正規の手続きでログアウトを行う。』
『なお、今回【強制退場】をされた桜庭萊は【サポーター】ではなかった。』
五度目のメッセージ。
せっかく脱出の糸口が見つかったにも関わらず起こってしまった事件。
しかし、真相を知るはずの千藤は顔を伏せて黙り込んでしまっていた。
「……とりあえず、調査だね。オレは千藤に【捕縛】使ってるから千藤と行動するけど。」
「調査の必要、ある? だって今回は春翔が犯人でしょ?」
琴乃はジト目で彼のことを睨みつける。
「私は、今回の事件。とてもモヤモヤする。見えていないところで、何かが起きてるような。茉莉花ちゃんはどう思う?」
「……うん。私も恵ちゃんに賛成かな。」
「〜〜ッ、分かったよぅ。」
3対1ともなれば琴乃も諦めたらしい。
ログインルームにて千藤のログアウト処理をしようとしたらしかったが留まる。
「オレはオレ達の個室が気になるから少し調べる。」
「なら私がお供するよ。」
自然と組み分けは決まり、集合時間を決めるとまずは4人で端末を見ることになった。
「【今回退場させられた人物】桜庭萊さん、【退場させられた時間】13:00〜14:00、【退場させられた場所】隠し部屋、【アバター状態】腹部に大きな創傷、全身に打撲、擦り傷……。」
「腹部の創傷って……。」
全員が千藤が持っていたナイフの存在を思い出す。風花に関しては自身の首に突きつけられていたことも相まって、更に沈んでいるように見えた。
「【千藤が持ってたサバイバルナイフ】が多分凶器だよね……。オレ、桜庭さんに襲われた時首に何か冷たいものを当てられた気がしたんだけどナイフだったのかな……。」
「なら、ナイフは桜庭さんが持ってきたのかな……? 調査の時、倉庫も見に行こうか。」
「……ごめん、やっぱりあたしが行くよ。」
3人はえっと驚いて声をあげた。
しかし彼女の目はすでに決意を固めているようだった。
「単独行動は危ないんじゃない、流石に。」
風花が率直に意見をぶつけるが彼女は首を横に振る。
「だって、恵の言うことを信じるならば違和感はとても曖昧なものなんでしょ? なら少しでも情報が欲しいし……、それに今回はいつもと違って時間がない。もう15時半だよ。
みんなは世界が変わる時、0時よりもっと早い段階から切り替えの予兆が来てること、知ってるよね?」
「え、そうなの?」「知らなかった。」
恵と風花がそう言うと、琴乃は呆れたようにため息をついた。
「……それが始まるのが20時頃、つまりはそれまでにはどうにかしたいかな。」
茉莉花も琴乃と同意見のようで頷いた。
時間がないことを理解した風花も吟味したようで、頷く。
「じゃあ個室はオレが調べる。舘野さんは調べ終わったら一度こっち戻ってきてね。」
「うん。」
「2人は……。」
「隠し部屋を調べるよ。」
茉莉花の言葉に恵も頷く。
そして簡単な打ち合わせをしてすぐに2人は隠し部屋に向かった。
部屋は6畳程度のこじんまりとした部屋であり、恵が他のルームで発見した時とそう大差はなかった。タンス、縁もないくらいにぴったり収納された本棚、割れてはいるがテレビのような画面、スピーカーがあった。
床には痛々しい血の跡、家財は何かで殴った跡が残っている。
「かなり争った跡があるね。」
「……でも芳樹くんは、目が覚めたとき【千藤くんは拘束されてて動かなかった】っていってたよね。」
「……なら、隠し部屋に来てから拘束を解かれたか、脱出したってこと? でも、この部屋から出なかったよね。」
恵がそう言うと茉莉花は少し思案するように首をひねる。
「……単純に脱出口が分からなかったんじゃないかな。ほら、ここの出入口、完全に壁だよ?」
「本当だ。」
いざ振り返ってみると自分たちが入ってきたのは何の変哲も無い壁である。
入ってきたことを知らねば出口とは思わないかもしれない。
「……ナイフは、大分血で汚れてるね。余程、強く押し込んだのかな。」
「………。」
恵は黙り込む。なぜなら恵が引っかかっていることがこのサバイバルナイフのことであったからだ。
千藤は、この世界をゲームと言っていた。しかし、流石の彼でも人に直接危害を加えるようなことまでするのだろうか。
「あとで、本屋さんの部屋にも行ってみようか。千藤くんが抵抗せずに拘束されていたことが気になるな。」
「……そうだね、アイテムが使用されたのかも。」
とりあえず次の行き先は決めた。
部屋を更に確認してみると、恐らく部屋を荒らした凶器の1つであろう【ひしゃげたモップの柄】が隠すように落ちていた。
「……襲われた方が抵抗する時に使ったのかな?」
「恵ちゃんも、そう言うってことはどっちが襲った側か確信が持てないってことだね。」
「……うん、茉莉花ちゃんも?」
彼女はうん、と小さく呟くと一点を気にしたように見つめた。
「時に恵ちゃん、」
「はい?」
「あの本棚の上、気になりませんか?」
「え、でも見られないよ?」
そう、茉莉花が指し示した本棚は高く、また縁がほんの僅かしかなかったため、とてもではないが恵と茉莉花の身体能力で本棚の上を覗くことは難しいことが容易く想像できた。
「……後で芳樹くんにお願いしよっか。」
「、そだね。」
気になる気持ちが先走っているのだろう、茉莉花は不満そうにほおを膨らませた。
ここ数日は見られなかった、本来の彼女の姿をだ。
恵が笑いを漏らすと彼女は不思議そうに見やったが、何でもないと誤魔化した。
次に恵たちが向かったのは話題に出た本屋の部屋だ。
以前発見した【アイテム使用歴】を確認した。
しかし、そこには予想を上回る、アイテムを使用した痕跡が残っていたのだ。
「昨晩睡眠薬を2つ、今朝外傷治療アイテム1つ、13:20頃に外傷治療アイテムを1つ、使ったって。」
「ちなみにさ、茉莉花ちゃん。外傷治療アイテムって他の人に使える?」
「使えると思うよ?」
恵は内心で知らなかったと呟いた。
恐らく今朝の外傷治療アイテムについては風花が使用したものだ。
桜庭に乗られた時に手首を痛めたことと誰かに助けを求めるため部屋の中を拘束された状態で這いつくばっていたときにできた傷を治すために使用した。
それから、琴乃と風花の進捗を聞くために一度個室に戻った。
千藤は一切の質問に答える気がないらしく部屋の隅でだんまりを決め込んでいた。
「芳樹くん、何か見つかった?」
「おー、お疲れ様、2人とも。部屋については【散らかされているけど血の跡とか物を壊した跡はなかった】よ。
部屋からは、無くなったものはなかった。」
「部屋から‘は’?」
「……【千藤の端末がない】んだよね。本人に聞いてもだんまりだし。」
茉莉花がちらりと彼を見たが相変わらずの無視だった。
「【服はボロボロだし血がついてるけど、千藤自身は殆ど怪我してなかった】。
あとこれが関係あるかは分からないけど。」
風花が指したのは【竹刀】と【フォーク】だった。流石の恵と茉莉花も意図が分からず怪訝な表情を浮かべた。
「あの、芳樹くん。これは?」
「オレも関連はよく分からなかったんだけど【竹刀はベッド奥の隙間に隠してあった】。【フォークはドアの近くに放られてた】。一応、報告ってことで。」
「ご苦労。」
茉莉花が敬礼をすると彼も笑顔で敬礼をしてみせた。
するとそこへ琴乃が戻ってきた。敬礼をし合う2人を見て不思議そうにしたが、すぐに空いている恵に向き直った。
「これ、萊が使ってたサバイバルナイフと一緒だよね?」
「本当……どこで見つけたの?」
「倉庫の奥の方。」
プラプラとケースに入ったサバイバルナイフを振り子のように動かしていた。
不意にサバイバルナイフを彼に突きつけ、冷たい言葉を放つ。
「それで、春翔は何も話さないの?」
「……答えの出ている議論をする必要はある?」
久しぶりに口を開いた彼は悪態を吐く。
琴乃も脅しが徒労に終わることが察せたためやめたようだ。
「そういえば2人に聞きたいんだけど、今の世界で睡眠薬って手に入る?」
「オレは知らないけど。」
「【あたしの端末以外ない】んじゃなーい?」
「今回は、保健室みたいに置いてありそうな場所なかったもんなぁ。」
風花が考えるように呟く。
しかし悩んでも場所が生まれるわけではなかったため、早々に4人は想起をやめた。
「あと芳樹くん、ちょっとお願いがあるんだけど隠し部屋まで来てもらってもいい?」
「……うん、恵ちゃんと行ってきてもらえると助かる。」
「お、別にいいけど。じゃあ、赤根さんお願いね。」
千藤が風花の応答に僅かに反応したが4人はそれに気づかなかった。
結局、風花は自分の端末を茉莉花に預けたところで、恵は風花を連れて隠し部屋にやってきた。
中は勿論だが恵が最後見た時と然程も変わりなかった。
「で、乙川さんが気にしてるところはどこ?」
「この上だよ。」
「上?」
「うん……縁が殆どなくて上れなくてさ。」
風花はまじまじと本棚を見る。
流石に運動神経のいい彼もクライミングは専門外であり、悩ましい表情を見せた。
「とりあえず駄目元でやってみるけど。」
「お願いします。」
彼ははじめ、僅かな縁をよじ登ろうとしていた。しかし指先に力が入らなかったらしく早々に諦めた。代わりに助走をつけ、本棚の側面を蹴り、天板の所によじ登った。
蹴った衝撃で本棚が揺れ、いくつか本が落ちたが恵は風花に釘付けであり、気にしなかった。
「……すごい。」
恵は口を半開きにして驚いていた。
風花は特別なことをした意識もないらしく、器用に隙間に上半身を引っ掛けた。埃っぽいらしくゲホゲホ咽せている。
「乙川さん、降りるからちょっとどいておいて。」
「う、うん……。」
そう言い、彼は白い布で包まれた物を抱え、勢いよく飛び降りた。
「っわ!」
恵については驚きすぎて声も出なかった。
彼は床板を踏み抜いてそのまま半身を床に埋めてしまったのだ。
傍から見れば間抜けな絵図であるが、2人に笑うほどのゆとりは無かった。顔を見合わせ呆然としていた。
「……あの、芳樹くん。」
「いや、オレが1番驚いてるから。」
風花は手に持っていた包みを恵に渡し、あっさりと出てきた。
「……何だこれ。倉庫の比にならないくらい武器、というか凶器が並んでるじゃん。」
「これって、みんなが【隠し部屋を探す理由】なのかな?」
「ああ、【隠し部屋を先着で見つけた人は特典がもらえる】ってやつ? 噂話だと思ってた。」
風花が果敢に覗き込み、中を探る。
恵は風花から預かった包みを開く。どうやら中には【誰かの端末】が隠すように入っていたようだ。
「おっ、乙川さん! 千藤の端末、あったよ。」
「え?」
「ん?」
顔を上げた彼は【床下倉庫から端末】を発見したようだ。
しかし、恵の手にある包みから出てきたらしい端末を見て自分の手にある物が何なのか分からなかくなったようで、彼は戸惑いを見せた。
「えーと、これは。」
「……八重島さん、みたいに手から離れてたから桜庭さんの端末が残ったパターン、かな?」
「オレにも何だか。【どっちもパスコードで起動できなそう】だし。3人にも見せてリアクション待ってみよっか。」
「そうだね。」
恵は白い包みと端末を手に先に外に出た。
少し遅れて風花も出てきた。
「時間もないし、真実を明らかにしなきゃね。」
「おう。にしても、乙川さん逞しくなったね。」
「そんなでもないよ。芳樹くんも、頼りにしてる。」
彼ははにかんで嬉しそうに微笑む。
恵は無意識に若狭にもらったリストバンドに触れた。
ーー私はこの時のことを後に後悔するだろう。この時、私が一瞬でも振り返っていれば何かが変わったのかもしれない。そして私があの時気付かなかった『違和感』を、ほんの少しでも感じられたならば、と。
①退場情報
【今回退場させられた人物】桜庭萊
【退場させられた時間】13:00〜14:00
【退場させられた場所】隠し部屋
【アバター状態】腹部に大きな創傷、全身に打撲、擦り傷
*彼はサポーターではなかった
②【千藤が持っていたサバイバルナイフ】
刃には血が付いている。刃がほとんど血に塗れていることから深く突き刺したことがうかがえる。
倉庫から持ち出した痕跡があった。
③【最後に見た千藤】
風花が最後に見た時には手足を拘束されており、動く様子はなかった。
④【ひしゃげたモップの柄】
元々隠し部屋にあったもの。軽量で女性でも容易に使えそうである。
⑤【アイテム使用歴】
昨晩睡眠薬を2つ、今朝外傷治療アイテム1つ、13:20頃に外傷治療アイテムを1つ使用した履歴がある
⑥【男子部屋の様子について】
荒らされてはいるが血痕や物を壊した様子はない。
⑦【千藤について】
彼は寝る時以外、2〜4日目は殆ど風花と行動していた。
身体について、傷はないが所々に血がついているが目立った外傷はない。
彼は端末を持っていないようだ。
⑧【増えたものについて】
ドア近くに落ちていたフォーク:2人が持ち込んだ覚えはないが落ちていた。
ベッドの隙間に隠された竹刀:使用した形跡はない。
⑨【睡眠薬の所在について】
現在の世界では琴乃の端末以外から手に入れる手立てはない。
⑩【誰かの端末】
桜庭か千藤のものであることは間違いない。起動するがパスコードの入力が必要で開くことはできない。
11 【隠し部屋の床下倉庫】
扉は踏み抜けるほど脆く薄い。凶器と呼べる武器が一通り揃っているが欠けた様子はない。乙川と赤根が探した時には見つからなかった。
中にはもう1つ端末が落ちていた。
隠し部屋を先着で見つけた人間に与えられる特典である可能性がある。




