唸れ迎撃弾
恵はドアをそろそろと開ける。
廊下には昨晩の約束通り風花がガイドラインを読みながら座り込んでいることに安心した。
ドアを開け切ると彼も恵に気づいたのか、安心したように微笑んだ。
「おはよ。」
「はよ、これだけ挨拶で安心したことないかも。」
彼は意外と朗らかに笑った。
時計を見ると茉莉花が覚醒してもおかしくない時間だ。カフェテリアを見ると千藤がのんびりとコーヒーを啜っていた。
「2人起きたら一緒にカフェテリア行くよ。」
「分かった。千藤と待ってる。」
風花は頷いてカフェテリアの方に向かった。本を読む彼は頭を抱えており、本来頭脳労働を好まないことが伺えた。千藤が笑っているあたりからかわれているのだろう。
数十分もすると琴乃も覚醒し、茉莉花もぼーっとしながらも起床した。恵の顔を見た途端、何か言いたげであったが、自分の状態が酷かった自覚もしていたのだろう、何も言って来なかった。
「悪い、探索とかの前に話しておきたいことがあるんだけど……。」
全員集まると何となく解散しそうな空気が流れたため、風花がすかさず口を開く。
「何?」
「早く行こうよ、風花くん。」
「いいから座って聞けって。」
嫌そうな顔をする千藤を座らせ、昨日のことを話す。どこからか投げ込まれた白煙筒、恵の手を掴んだ人物について話す。
もちろんその襲来の直後部屋を見た際に3人は寝ていたから3人はほぼ違う。
「ふーん、桜庭さんも血迷ったね。」
「そう言い切れるのー?」
「だって、それ以外だったら僕たち以外の誰かが侵入してるってことでしょ? そんな不確実なこと考えたくないな。」
「……それもそうかも。」
千藤の言葉に、首をひねりながら琴乃は納得した。
「とにかく、単独行動は控えることな!」
特に千藤、と付け加えるがハイハイと軽く流される。
「じゃあもう行っていいよね? 行こう、風花くん。」
「ああ……。」
風花が立ち上がった時だった。
彼の袖を茉莉花が摘んだのだ。千藤の方に進めず、茉莉花の方に引かれ、風花の身体が僅かに傾いた。
「……赤根さん、何のつもり?」
「話があるの。」
「僕だって風花くんと話あるけど?」
2人の間には火花が散っている。
すると琴乃が呆れたようにため息をつく。
「はい、じゃあ折衷案。芳樹は、午前茉莉花と過ごす、午後は春翔と過ごす。
春翔は午前はあたしと過ごす、あんだーすたん?」
「何で僕が譲らなきゃいけないわけ?」
「午後の方が時間は長いよ。」
千藤は言い返す言葉がなかったのか、渋々分かったよとカフェテリアを離れてしまう。
恵も席を立とうとすると琴乃に肩を押し返される。
「3人で話あるんでしょ。ここはあたしに任せなさい。」
そう言うと、彼女はピースをして千藤についていった。
恵は逞しくなった彼女の背中を見て、すとん、と椅子に座りなおした。
暫く無言の時間は続いたが、茉莉花は言葉を発さなかった。
徐々に気まずくなるのを感じ、恵と風花が目線で会話をし始めた頃、茉莉花は口を開いた。
「……昨日、何であんなことしたの?」
2人は言葉に詰まる。
恵はさておき、風花の存在までもバレていたとは思わなかったからだ。
「……私たちには、時間がないのに。」
「時間がないのは分かってるけどよ、赤根さん1人でやり過ぎだって。」
「うん、モニターとかの調査任せっきりにさせてる私たちも悪いんだけどさ。私も茉莉花ちゃん、抱え込みすぎてると思うよ?」
再び顔を上げた茉莉花は目元を真っ赤にしていた。
「……私は。」
「あー! 泣くな泣くな! 赤根さんが頑張ってるのも分かってる! オレも泣きたくなるわ…。」
風花がしゅん、と肩を落とす。
急に頼りなくなった彼に苦笑しつつ恵は口を開いた。
「私ね、このエラーが始まってから怖かった。」
2人が恵の顔を見た。
「一緒にBBQして、笑って、悩んだ人たちが消えていく、いつ自分が消えるか分からない。凄く怖いよ。でも、ちょっとずつ、前を向けるようになってきた。」
「……どういうこと?」
「前に、茉莉花ちゃんが言ってくれたんだよ。『みんなでまた前を向いて歩こう。今度は、私も横に並ぶから。』って。茉莉花ちゃん、横に並ぶこと、忘れてない?」
彼女は恵の言葉を受け、目を見開く。
「もう6人しかいない……、だからこそ焦って1人でやっちゃダメだよ。」
「……そうだね。ごめんなさい、私が間違ってたね。」
「もう泣かない?」
「泣かないよ。」
笑う茉莉花に安心したのか風花もそっか、と破顔した。
「そだ、昨日乙川さんと話してたんだけど、赤根さんもフレンドにならねーか?」
「フレンド……? 今なってもちゃんと引き継げるかどうか。」
「そんな冷たいこと言うなって。」
テーブルに伏せた彼が唇を尖らせる。
茉莉花が言ったことは本音らしく、意味がわからないと言うように首を傾げた。
「つまりはね、何か脱出後の楽しみがあれば頑張れるよねって話!」
「……でもこんな不具合あって箱庭が復帰されるか。」
「「いいからフレンド!」」
「……ふっ。」
食い気味の声が重なり、茉莉花は顔を逸らして笑いを漏らす。
「うん、そうだね。2人の言う通りだ。」
茉莉花は端末を出し、2人とフレンド登録をしながら言う。やっと普段の彼女らしさが出てきた気がした。
「それに寝たらスッキリした。」
彼女は端末を触り始める。
「フレンド登録してもメール機能使えないんだね。」
「そうそう、使えると集合とか楽なんだけどさ。」
風花は大きく伸びて欠伸をする。
ガイドラインを読んでいて寝不足なのか目の下に僅かにクマができていた。
「読み終わったの?」
「ああ、昨日眠れなくて。桜庭さんも心配だしなぁ。」
彼はちょっと寝るわ、とソファに横になってしまう。だいぶ気を許されているのか、彼からはすぐに寝息が聞こえてきた。
「恵ちゃん、ありがとうね。私、このままだったら焦って誰かを手にかけてたかもしれない。」
「そんなことないと思うけど…、茉莉花ちゃんなら自分で【強制退場】しそう。」
「そうかな?」
2人でのんびりと会話を続けていると彼女は余裕が出たらしく、午後にはモニターの解析に戻った。
それをカフェテリアで見守るのはガイドラインを読む琴乃と恵。そして風花は千藤に連れられ、施設の探索に向かった。
途中、茉莉花は千藤に謝っていたが、彼は別に気にしていないと足早に去ってしまった。
そして動きは夜、カフェテリアに全員が集まった時に起きた。
「みんな、モニターが映ったよ!」
「お、また定時連絡きた!」
風花は身軽にモニタールームに向かう。
残りの3人も走ってモニタールームに向かった。
『皆さん、朗報だよ!』
いつもより鮮明な声がスピーカーから聞こえる。
モニターの奥のスズキさんはいつも落ち込んでいるような声であるが、今日は進展が得られたのか明るい声音だった。
茉莉花は冷静に言葉を打ち込む。
「解決策が見つかりましたか?」
『ウイルスのスキャンニングを行うプログラムが組み立てられたの。』
「いわゆるウイルスバスター的な?」
琴乃が訊ねるとええ、とスズキさんは頷いた。
『でも、このスキャンニングはちょうどそちらの世界が崩れるタイミングで発動する。』
「……じゃああと2日ちょっと何もせずに過ごせばいいわけか。」
『そう、その通り。』
風花が安心したようにホッと息を吐く。
「スキャニングをしたら、みんな目覚めるんだよね?」
『そうよ、ごめんね。たくさん怖い思いさせて。』
「大丈夫ですよ。そればっかりじゃないですから。」
な、と風花は恵や茉莉花に向けて微笑む。
2人は風花に同調するように頷いた。
『あと2日だから。これが終わったら消えてしまったみんなのデータも復活されるはずだから目覚めるよ。』
「「「本当?!」」」
恵、風花、琴乃がモニターに食いつく。
千藤もどこか安堵しているようであり、茉莉花も嬉しそうに顔を輝かせた。
「1つ聞きたいんだけど、いい?」
『どうしたの?』
「外部から侵入者、ってありえる?」
『え、どういうこと?』
「……あり得ないんだよね?」
『あり得ないよはず。』
「ならいいよ。」
茉莉花もこれで安心したようだ。
つまりは襲来してきた人物は桜庭で間違いない。その意図は全くもって不明であるが。
その後は解散となった。
翌日は何もなかった。桜庭も姿を見せず、茉莉花と千藤は気まずいまま、男女に何となく分かれて過ごす。
このまま何も起こらなければいいと、誰もが頭のどこかでは絶対に思っていただろう。
運命の4日目、恵はなぜか普段より早く起きた。
最後の日とあってか落ち着かなかったのか、それとも激動の日々が何やかんや馴染んでいたのか。
皮肉なものだと自嘲気味に笑う。
まだ眠っている2人を尻目に、ゆっくりと廊下に出る。
そこで恵はあれ? と違和感を抱いた。
いつもは廊下やカフェテリアにいる風花と千藤がいない。
最終日だから眠っているのかーーーー、なんて楽観的な考えは浮かばなかった。
恵の心臓は急に忙しく動き始めた。
こういう時の嫌な予感は当たる。
急に喉が渇き、背を汗が垂れる。
ドンッ
恵は急な物音に身体を縮こまらせた。
ドンッ
再び大きな音がした。
音がした方を振り向くとどうやら男子の部屋から聞こえているらしい。
「……誰かいるの?」
ドンドンとドアが揺れる。
返事をするあたり、何か不吉なものである可能性は低い気がした。
恵は意を決して扉を開けた。
ヒッ、と声が漏れた。
まず目に入ったのは部屋の惨状だった。
布団がぐちゃぐちゃに散らかされ、家具が一部破損している。
そして次に目に入ったのは足元で、唸り声をあげる風花だ。
口元にはガムテープが貼られ、手足はシーツで作られたロープで縛られていた。
「よ、え? わ、芳樹くん?!」
自分の足が風花にぶつかったことに気づき、恵は数歩後退した。
そして慌てて彼の口元のガムテープを思いっきり剥がした。
風花から悲鳴が聞こえたが気にしない。
「どうしたの?!」
「桜庭さんに、千藤連れてかれた!」
「へ?」
彼の手のロープを解く手が止まる。
「ま、待って…。とりあえずほど、く。」
焦って手が震え、うまく解けない。
痺れを切らしたらしい風花がキッチンバサミを持ってきて、と頼んできた。
恵が持って来る間に彼は器用にも起き上がり廊下まで出てきていた。
「何があったの?」
「や、だから桜庭さんが急に来て、訳わかんねーこと言って…あぁ、とにかくほかの2人起こそ!」
風花も混乱しているのか自由になった手足を大きく動かすと女子部屋に遠慮なく入っていった。
恵は部屋を見る。
ああ、この悪夢が終わるまで24時間もないのに。
声に出たか出ていないか、恵は自分で自覚することもできないくらい無意識に出てしまった言葉だった。




