通じぬ想いと思想
『だからそんなに他の人の心配はしなくていいんだよ。』
彼は肩を落とす少女に勇気を与える言葉を与えた。
『胸張って、この世界から出ろよ。』
彼は心が折れていた少女と、自身を想って狂いかけた後輩に希望を託した。
『でもね、舘野さん。世界って広いんですよ。』
無気力な少女にもう一度生きる気力を持つよう彼女は奮い立たせた。
『私と、もう1回友達、やり直してくれないかな?』
彼女は馴染みの深い親友を仲間を守るために自分の命を使って犯人を見つけた。
『じゃあ、みんな頑張ってね。どこかでまたすれ違えたら償わせてね。』
最期には自分の罪を潔く認め、そしてできる限りのヒントを残して笑顔で去っていった彼女。
オレがやったことは他のみんなと違って独りよがり。救ったと思っていたが実際は首を締めていた。
「……オレは、」
オレは閉ざされた空間で頭を抱えため息をついた。そう、“誰も知らざる隠された空間”で。
「さて、探索と行きたいけど……。」
風花の言葉は途中で止まる。ため息混じりだった。
というのも問題はカフェテリアに集まった人数だ。
「……ふぁ。」
「大丈夫? 舘野さん、こぼしてるよ。」
「昨日ゆっくり休んだからエネルギー満タンだね。」
「大分人数も減ったね。」
「減ったどころか、桜庭さんがいねーんだけど。」
「でも、部屋は2人と一緒でしょ?」
琴乃が恵に口元を拭いてもらいながら尋ねると千藤は視線で風花に投げつけ、風花は困ったように頭を掻く。
「一緒だけどよー、昨日結局戻ってこなかったんだよ。」
「そ、僕が提案してドアの隙間に紙を挟んでおいたけど、落ちてなかったしね。」
「……そっか。」
2人の言葉に茉莉花は落胆したように言う。
「メンバー分けだけど……男女だと女の子の方少し不安だよね。」
「じゃあ風花くん力強いしそっち2人でいいでしょ。」
「まぁいいけど。どうする?」
結局決まらずグーパーで別れてチームを決めることになった。
風花と琴乃、恵と茉莉花と千藤という組み合わせになった。
「さて、今回は誰の世界かな。」
「ふつーに考えて恵とあたし以外でしょ〜。」
「4分の1、ね。」
風花も茉莉花も少しだけ表情が暗くなる。まだ自分の世界で構成されていない2人だ。
一方で同じ立場の千藤は他人事のように優雅にコーヒーを飲んでいた。
「余裕だな。」
「だってゲームでしょ。生身の自分が死ぬわけじゃないし。」
「千藤くん、現実世界はどうなってるか分からないんだよ? それにみんなの犠牲の上で私たちは今いるんだからそういう発言、慎んで。」
「はいはい、ごめんなさい。」
茉莉花はムッと表情を蹙めた。
一方で風花は慣れてしまったのかため息一つで流してしまう。確かにまともに相手をする方が阿呆くさいかもしれない。
恵も消化するため内心で勝手に納得した。
少し気まずい面子で恵は探索に向かう。
まずはお約束のB棟だ。
「何かどんどん元の位置から外れたところに部屋が構成されるようになってきてるよね。」
「……確かに、最初は1階にあった図書館が八重島さんの世界では2階にあったもんね。」
そう、恵と茉莉花が指摘した通り、はじめの施設構造から変わり始めているのだ。
それが世界の崩壊の足音でなければいいけど、恵は頭に浮かんだ不吉な考えを振り払うように頭を横に振った。
ざっと見てみると構造自体に大きな変わりはなかった。
2階には、書店のような部屋、バンドの練習のために使うようなスタジオ、自宅のリビング、楽器店、4つの教室があった。
「今までの図書館にあったような情報は書店の部屋にあるみたいだね。」
「バンドをやってた……ってことかな?」
物珍しそうに周りを見渡す千藤と茉莉花はどうやら自身の記憶ではなさそうだった。
そして、若狭と同様に陸上に勤しんでいた風花の世界である可能性も低い。
「ま、可能性としては桜庭さんの世界かな。でも、ちょうど良かったんじゃない?」
「……どういうこと?」
「だって彼、役に立ったことある?」
その言葉に茉莉花がひどく傷ついた顔をし、すぐに真っ赤にした。
普段表情の変化が乏しい彼女にしては明らかな感情の起伏が見て取れた。
「……ッ、どうして貴方はそんなことを言うの?」
「事実なんだからそうでしょう? なに、君も桜庭くんのこと好きになったとか、そういうこと?」
「人を馬鹿にするのも大概にして!」
「……君に僕の何がわかるの?」
珍しく千藤も噛み付く。先ほどの言い合いからフラストレーションが溜まっていたのか、表情が硬い。
「……ね、やめよ? 2人とも、今、そんなことしてる場合じゃないでしょ?」
恵がそう言うと2人は黙り込むが睨み合っている。
これは調査どころではなさそうだ。
「はっきり言うけど、赤根さん。僕は君のこと苦手だからあまり関わらないでくれる? 調査には手を貸してるんだから文句ないよね?」
「……あなたの言葉は人を傷つける言葉ばかり、だよ。もう少し人の気持ちを思い遣ってほしいな。」
「思い遣って、何か見返りがある?」
茉莉花が千藤に摑みかかる。
千藤もそれに応じるように茉莉花の肩を押し返し始めた。
恵は本能で危険を察知した。これ以上はまずい、と。
あたりを見渡すと楽器しかないがそれで十分だった。ドラムに設置してあったシンバルを倒す。
そしてドアを開け、叫んだ。
すぐに軽やかな階段を駆け上がる音が聞こえ、風花が顔を出した。
「どうした?!」
恵が答えるより先に状況を見て察したのか、風花はあっさりと茉莉花を引き離した。
千藤は埃を払うと呆れたようにため息をついた。
「……君は使える人間だと思ってたんだけどね。」
「あなたに使われたくないかな。」
「……え、ハァハァ…けんか?」
後から肩で息をした琴乃がやってきた。
恵はとりあえず桜庭以外が集まったことに安堵の息をつく。
「……やってられない。風花くん、僕部屋にいるから。」
「は? 」
「明日調査付き合って。」
珍しく幼稚な物言いで彼は風花の横をすり抜けて行ってしまった。
風花が慌てて追いかけていく。
が、結局実りはなかったのか肩を落として帰ってきた。
「……ごめんなさい。」
「茉莉花ちゃんが、あんなに怒るとは思わなかった。」
「……喧嘩?」
「オレが着いたら取っ組み合いの喧嘩してた。」
「ひぇー…。」
琴乃が間抜けな声を出して驚いたように呟く。
「ごめん、私もちょっと1人になりたいかも。」
「オイ、1人でいるの危ないから!」
風花が追いかけようとしたが彼女は階段を駆け下りていなくなってしまった。
風花は困ったようにため息をついた。
「……んー、仕方ないから3人で調査しよっかぁ。」
「それしかねーかな……、乙川さんもいい?」
「うん、あ、来てくれてありがとう。2人とも。」
風花と琴乃は顔を見合わせると恵に微笑みかけた。
スタジオには特に情報はなかった。次に3人が向かったのは私室だ。
「……特に何もないな。」
「写真だけある。」
琴乃が言った写真を2人が覗き込む。
4人、どうやらバンドのメンバーであるようだがどこか全員ぎこちない笑顔のようだ。世界の持ち主である桜庭については顔に靄がかかっているためよく分からなかった。
「この4人、本当に仲が良かったのかな。」
「……さぁ。」
明らかな言及は避けたが風花もそう思えなかったのだろう。目線を逸らした。
書店の部屋にはいつもあるアイテムの使用歴を記した本、他の部屋の状況を記す書籍の検索端末、そして前回の世界で見つけたこの世界のルールブックもあった。
「なんだそれ?」
「前の世界……、あ、そっか。」
恵は1人で納得する。
「前回の世界では言い損ねちゃったんだけどそこには『箱庭』に関するガイドラインが書いてあるよ。サポーターのこととか、こういうアクシデントに遭ったときの対処法とか。
私たちが何かできるかって言われるとそうでもないんだけど。」
「もしかして、萊と寧々のゴタゴタの時言い損ねた?」
「……うん。」
あの2人、と琴乃が小言を漏らす。
風花はそのガイドラインを斜め読みしているのか真剣な顔でペラペラと捲っていた。
「もしかして春翔と茉莉花も知ってるの?」
「……一緒に調査した時見つけたから。」
「何か手がかりあるのかなぁ。芳樹、今日はあたしが借りてもいい?」
「ん、ああ? うん。」
はい、と風花が琴乃に本を渡した。
共有できていないことは本のことだけではないんだけど、と恵は内心で呟きつつ2人のやり取りを見ていた。
それ以上の情報はなく、3人は1階に向かった。
1階にはおそらく桜庭とメンバーそれぞれのは自室であろう、4部屋があった。
驚くべきは部屋を開けると外に出たことだった。
「は?! なんだこれ!」
「……焼却炉?」
「それは芳樹くんもわかってると思うよ……。」
ちょうど校舎裏というのが適切であろうか。
焼却炉があった。燃えかすを漁ってみるとどうやら楽譜や木製でできたドラムのバチが落ちていた。
「……喧嘩、かな。」
「桜庭さんも、喧嘩してたんだな。」
今の状況と重なる予想に言葉少なになる。
気まずくなった空気が嫌だったのか、琴乃は再び通路の方に出る。
ふと他の部屋を見たらしく、あっと声を漏らした。
「恵、芳樹! 視聴覚室!」
琴乃に呼ばれ、風花は返事をしてそのまま出ていく。ふと、恵は振り返り、焼却炉を見て、今はどこにいるか分からない桜庭の気持ちを思いやる。
もしかしたら、彼は友人との喧嘩の真っ最中でこの世界に来てしまったのではないか。
大切な人に大切な何かを言えなかった後悔、もう二度と会えないかもしれない恐怖。
そんな中で平常にいられるか、というと考え難かった。
試聴室に入るとどうやら4席あるようで、琴乃は興味津々で席に着き、準備をしていた。
「……舘野さん、もしかしてほかのルームの動画を観るの?」
「もちろんだよ。」
案の定と言わんばかりの答えだった。
風花は頭を抱えて返す。
「……アレ、観ても気持ちのいいものじゃないよ。2人はやめたほうがいい。」
「でも、もしかしたらヒントがあるかもしれないじゃん。……恵は、観てないんだよね?」
「うん。」
「……あたしは、知るべきだと思うけど。どうする? 恵が嫌ならあたし1人で観るけど。」
恵は言い知れぬ恐怖に喉を鳴らす。
正直なところ、怖かった。
しかし、進まなくてはならなかった。
「観るよ。私だって、これ以上大人しくみんなが消えるのを待つなんて嫌。」
「さっすが。」
すると風花もドカッと勢いよく座席に座り、ヘッドホンを触り始める。
「……芳樹?」
「2人に任せっぱなしなんて無責任だし、それにオレだって見逃しがあるかもしれないからね。」
「……さっすが。」
琴乃に続き、恵と風花の準備が整うと画面を操作し始める。
「……ッ、すごいね。」
「どうしたの?」
恵が不安そうに尋ねる。風花は予想がついているのか黙ったままだ。
「今まであったルームは、確か43ルーム、だよね? 今はもう28ルームだって。」
「「………。」」
その言葉に2人は言葉を失う。それとも、出なかったのか。定かではないが。
「試しに、1番新しいログが残ってるルームを流すね。」
その後は誰もが予想できたことだ。
耳には消滅する『箱庭』から逃れる所もないのに、叫びながらどこかに逃げようとする参加者の悲鳴が残り、目には仲間と信じていた人たちを裏切り1人で脱出しようとしたがログアウトに失敗した者たちの結末が焼きつくこととなったのだ。




