損者三友
「……風花くんが寧々ちゃんの端末を出したあたりからまずいかなって思っていたけど、恵ちゃんも千藤くんも見事ね。
恵ちゃんに千藤くんの意見を飲ませた風花くんも、かしら。」
彼女は諦めたように語り始める。
「何でだよ……、何で、オレ、小雪ちゃんのこと信じてたのに。」
「あなたがそれを言うの? あなたがしたことはこの場にいる人たちを裏切る行為だったのよ。」
今まで桜庭に対して誰よりも優しかった彼女が憎しみを込めた視線を彼に送る。
彼は理由に心当たりがあるのか、小さく、あ、と声を漏らした。
「本当、どうしてあなたのこと好きになってしまったのかしら。あなたは何も見えてなかったのね。
あなたのことを好きだった私のことだけじゃなく、あなたが曖昧な関係にした、寧々ちゃんのことも。」
腕組みをして彼女は仁王立ちする。
苛々しているのか不機嫌な態度を隠す気がないらしい。
「寧々ちゃんも、あなたのこと好きだったのよ。だから、あなたに助けてほしくて縋ったの。なのに、あなたは寧々ちゃんの気持ちを利用して自分の不安を埋める道具として利用したのよね?」
「そんなことねーよ! オレはただ、元気のない寧々ちゃんを慰めたくて…。」
「なら、若狭くんや涼宮さんみたいになぜ行動に起こさなかったの?! 貴方は今まで足を引っ張ってばかりじゃないの!」
彼女の言葉は彼の心に深く突き刺さったのか、返す言葉が見つからないようだ。鬼気迫る剣幕の彼女に他のメンバーは話を折ることができないらしい。
「……恵ちゃんの推理は殆ど正解よ。
でもね、少しだけ違うのよ。」
「何が、違いましたか?」
ふ、と彼女は微笑み恵の質問に丁寧に答える。
「私は、寧々ちゃんに倉庫に呼び出されたのよ。相談したいって。それを私はチャンスだと思って琴乃ちゃんの端末から睡眠薬をダウンロードしたわ。
……そろそろパスコードをつけることをお勧めするわ。」
「そうする。」
利用された彼女は不満そうに呟く。
「このまま、桜庭くんとの関係を続けることがいいことなのか、それとも留まるべきなのかって相談されたのよ。
でも私からしたらそれはただの自慢に過ぎなかったわ。本当、醜いまでに嫉妬した。
あとの話は恵ちゃんの言う通りよ。まさかトイレから痕跡を見つけられて由香ちゃんにバレるとは思っていなかったけど。
……でもそれで良かったのかもね。」
小雪は恵に向かって頭を下げる。
そのあと他の皆を見回して、苦しげに呟く。
「こんなことを言っても許してもらえるとは思えない。でも、ごめんなさい。
特に、恵ちゃん。貴女の大切な人を、酷いタイミングで奪ってしまった。」
「……由香ちゃんを【強制退場】させたことは許せません。それに、八重島さんを【強制退場】させたことも無しにはできないです。
でも、八重島さんのやったことが許されることかと言われるとそうとも言えません。
平等に、怒っています。……でも、私だって世界に記憶が使われた身ですから、少しだけ理解ができてしまいます。」
「……貴女は甘いのね。その心がいつかあなたたちを追い詰めなければいいけど。」
小雪は目に涙を溜めていたが決して流すまいと目元を拭った。
「誤った私から罪滅ぼしに忠告と情報提供だけしておこうかしら。」
「遺言ですか。」
千藤がクスリと笑った。
小雪も呆れたように笑う。
「貴方に言われるなんて皮肉ね。貴方は人の気持ちが分かりすぎてしまうんでしょうけど……そろそろ現状を受け止めた方がいいわ。
ここはゲームでないのよ?」
小雪の言葉に千藤は今までに見せたことのない表情を浮かべる。恵にはその感情は読めなかった。
「茉莉花ちゃん、私はあなたが1番心配よ。あなたは誰よりも強い、強いからこそ、ね。余計なお世話だったかしら?」
「……ううん。気をつける。」
「冤罪、被せてごめんなさいね。」
「桜庭くん。」
彼は明らかに怯えたように身体を震わせた。
情けないくらい、震えていた。小雪は失望したような、しかし放っておかないといったような表情で彼を見つめた。
「桜庭くん、罪を被せてごめんなさい。たくさん責めて、ごめんなさい。
でも、恐怖に負けないで。目の前の状況にしっかりと向き合って。もう、3年生はあなたしかいないの。」
「……。」
彼は小雪と目を合わせられないのか下を俯いたままだ。
一瞬残念そうにしたが小雪は恵たちにすぐに向き直った。
「……今後のあなた達に関わることかもしれないから伝えておくわ。
若狭くんが言った『被害者自身の端末で【強制退場】できない』というのは嘘よ。寧々ちゃんを【強制退場】させた私が言うのだから、ね。
それが彼のうっかりなのか、それとも何か意図があったのかは私も分からないわ。
数日しか一緒にいなかったけど彼はいたずらに嘘をつくかしら?」
「……個人的にはそう思えないっすけどね。」
「そもそも、私はあのスズキさん、とか、このモニターのメッセージとかも信じられなかったわ。もうサポーターも消えてて私たちは悪戯にこんなゲームをやらされているんじゃないかとも思ったもの。」
小雪が異様に不安を抱え込んでいたことが納得できた。
「ここから出るには、もっとシステム的なことに目を向けるべきよ。
……まぁ、このルームの寿命を縮めてしまった私が言えることではないけどね。」
皮肉にも、と言うべきだろうか。
彼女は前川の時と異なり、2人を犠牲にしたことで逆に冷静さを取り戻しているように見えた。
「じゃあ、みんな頑張ってね。どこかでまたすれ違えたら償わせてね。」
彼女の潔さに、他の者は何も抵抗は見せなかった。皆、ゆっくりと出て行く。
桜庭のことは琴乃が背中を押して外に連れ出した。
「ねぇ、恵ちゃん。」
「はい?」
千藤、風花と出た後に小雪が恵を呼び止める。
「……私、寧々ちゃんを運んでいるときに気づいたんだけど、温室を調べてみて。
出来ればあなた1人で。強いて言えば、琴乃ちゃんと。」
「なぜですか…?」
「いいから、ほら怪しまれるわよ?」
彼女に背中を押され、部屋から出る。
次に扉の小窓から部屋の中を見つめた時にはもうすでに彼女の姿は消えていた。
「……最後、何か言われてたけどどうかした?」
「ううん、何でもないよ。由香ちゃんのこと。」
そう、と呟くとそれ以上気になることは無かったのか茉莉花は追及をやめた。
さすがに疑われたことが堪えていたのか、彼女も疲労の色が滲んでいた。
『【強制退場】機能使用者の処理を確認しました。13時間54分後に世界の更新が行われます。それまでご自由にお過ごしください。』
「だって。」
千藤が放送の内容を鸚鵡返しする。
「あの、桜庭さん……。」
「悪い、恵ちゃん、独りにしてくれない?」
恵が声をかけると彼は恵の手を振り払い、走り去ってしまった。
「ふぁあ……眠くなってきた。」
「……私も、ちょっと休むね。」
「僕も眠いから少し休むよ。風花くん見張りでしょ?」
「え……あ、」
彼は眉をハの字にして恵を見つめた。
目の前で由香を喪った彼女が心配なのであろう、顔に書いてあった。
「大丈夫、私も少し1人で思考まとめたいの。……温室にいるね。」
「分かった。何かあったらオレらの部屋来て起こしていいからな。」
「ありがとう。」
風花も、若狭の件があり不安があるのだろう。
恵の表情を見て安心したように微笑んだ。
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「ねぇ、由香ちゃん。」
恵は温室の端に座り込む。
近くには、誰もいない。
それが今は安心できた。
小雪の言葉を鵜呑みにして温室に来てみたが何も怪しいものはなかった。
だからこそ、心が落ち着いてしまい由香を失った現実が胸を潰しにかかっていた。
若狭がいなくなった時にもう涙は流し切ったと思っていた。でも、目からは涙が止まらなかった。
「……由香ちゃんは、當間さんを退場させるために私に内緒で行動したんだよね。
例え、彼女が残れたとしても、きっと當間さんは耐えられないから。」
でも言って欲しかったって言ったらワガママだろうか。
初めて会った時もそうだった。
リアルの世界のクラスに馴染めず、箱庭でも馴染めなかった私はこの世界でも孤独に生きていた。
運悪くリアルが充実している、所謂身内ルームに入ってしまった時そこでもイジメまがいのものに出くわしてしまった。
途中までは耐えていた。
しかし、気づけばいじめは無くなっていたのだ。
どうして? 他の参加者を見た時にたまたま傷だらけの由香を見つけてしまった。
問い詰めてみれば、由香が恵を虐めていたメンバーを懲らしめたのだと言う。
『だって、困ってる人放っておけないから。』
それから彼女と趣味が合うことが発覚し、それからフレンドになり、ルームを同室にすることが一気に増えた。
「でも、若狭さんの時と一緒だよ……。言って欲しかった。」
若狭にもらったリストバンドを握り締めながらポロポロと涙をこぼす。
「……せっかく、もっと仲良くなれたのに、ね。」
でも恵に止まる気はなかった。
例え、若狭が自分に嘘をついていたとしても、彼が自分に託してくれた希望は真実だと思いたいから。
「顔を洗おう……。」
恵は腰を上げ、奥の方にある水撒き用の水道に向かう。するとふと、花壇の様子が違うことに気づいたのだ。
不自然な植物の倒れ方、なぜ水道の奥の目の届かないところに? と恵は奥を覗き込む。
風花が気づくと怒りそうだと思い、倒れているところに沿って奥に進む。
「……、何、これ。」
恵は息を呑む。
植物園の奥に佇んでいた巨大植物の裏、そこには蓋があり、覗き込むとパソコンがあったのだ。よくよく見ると巨大植物は、植物を被った、大きなパソコンらしい。
「……ッ、みんなに!」
そこで恵は小雪の言葉を思い出す。
なぜ、恵と琴乃といったのか、おそらくそれは記憶を世界に反映されているサポーターでない2人だからだ。
恵は一瞬のうちに思考をすると、自分が通ってきた道を隠し、自分が侵入したことを隠すことに決めた。
そして、しばらくはこの存在を共有しないことにした。
この装置が味方なのか、敵なのか分からなかったからだ。
今度は自分が頑張りたい、そう思った。
「お願い、私に勇気を。」
由香ちゃん、若狭さん、心の中で呟いた。
それから恵は寝不足の体に鞭を打ちながらA棟に戻ろうとした。
すると玄関で人にぶつかりかけた。
「……ッ、」
「ん、」
息を呑んだ正体は風花だった。
「休んでなかったの?」
「や、うん。眠れなくて……乙川さん、さ。1ついい?」
「ん?」
「温室で、何かしてた?」
その時だけ、本当に初めて風花を怖いと思った。
恵は顔に出ないように努めたが、果たしてできていたかはわからなかった。
「……由香ちゃんと若狭さんのこと思い出してた。」
「……そっか、オレもやっぱり気になったんだよなぁ。若狭先輩の言葉が、嘘っていうの。」
「良かった。」
「ん? 何か言ったか?」
「何でも!」
質問の時に流れた空気は一瞬で払拭された。
恵はほっと一息をつく。
何だったのだろう、と一抹の不安を抱えながら千藤を寝かせたらしい風花と早めの昼食につくことになった。




