変わりゆくもの
恵は目を覚ました。
同じ部屋の茉莉花はまだ眠っている。鼾をかいており、案外寝汚い。
普段はこんなにもマイペースなのに、いざという時には頼りになるからズルいものだ。
額にデコピンを食らわせるとふがっと間抜けな声を出した。
カフェテリアに出ると珍しく舘野が1番最初に出てきており、何やらそわそわとしているようだった。
あれからメンバーが変わり部屋替えを行った。
恵と茉莉花は変わらず、由香と寧々、琴乃と小雪だ。そして問題は男子、元々桜庭と風花、前川と千藤だったが、千藤が1人になってしまうことは全員避けたかった。と、なるといずれかが同室しなければならなかったが、桜庭が断固として拒否した。
風花に頼めば快諾。千藤も1番マシ、とあっさり了承した。
部屋が変わり眠れなかったのだろうか、恵は不思議に思いつつ顔を出すと彼女はハッとしたように寄ってきた。
「おはよう!」
「お、おはよう……どうしたの朝早くから。」
「どうしたの、ではないのです。恵の時もあたしの時も結局役立たずだったから今回は頑張ろうと思いまして。……ハァハァ。」
「張り切りすぎも良くないと思うよ?」
「そーおー? じゃあ二度寝しようかなー。」
彼女のやる気は0か100しかないのだろうか。
気合い十分らしい彼女を微笑ましく思う。
ちなみに全員が全員琴乃が早起きしたことに驚く上に千藤まで怪訝な顔をするものだから、最後はふて腐れていた。
「さて、皆の衆! 探索だ!」
「待て待て待て。さっきは笑ってごめんな?」
半ばヤケになった琴乃の襟首を風花が掴んで止める。
「またペアになって探索、って感じで。オレは千藤と行く。」
「僕1人でいいのに。」
「ぬかせよ。」
呆れたように風花は言うが、前回のように逃げ出すことは無いようだ。ちなみにこの後、風花が暴れ馬の騎手と女子の間で呼ばれていたのは内緒だった。
「恵!」
「どうしたの? 由香ちゃん?」
「……一緒に探索しない?」
僅かに上ずった声。
恵は一瞬固まるがすぐに破顔して頷いた。
「うん! 探索しよう!」
「ありがと。」
ふと風花を見ると彼は僅かに目を細め、微笑んでおり、茉莉花も頷いて応えてくれた。
「じゃあ、あたしは茉莉花と!」
「うん、よろしくね。」
「なら私たちは3人でまわりましょうか。」
「そーしよっ!」
「おっけー!」
琴乃と茉莉花、小雪と桜庭と寧々という組み合わせになったらしい。
まずそれぞれ探索することになった。恵たちは以前と異なる距離感であったが不思議と居心地は悪くなかった。
最初に訪れたのは倉庫と裏庭、そして温室だ。グランドについてはログインした時から代わり映えがない様子だ。
「倉庫も変わりないね。隠し通路も相変わらず見つからないし。」
「私も風花くんと調べたけど無いんじゃないかな?」
「まぁ、それが妥当よね。にしても。」
由香は不機嫌そうに裏庭の林寄りの土手を踏みしめる。どうやらぬかるんでいるようで彼女の赤いスニーカーに土がついている。
「何で今回はぬかるんでるんだろう。前回は雨が降っても全く濡れることなかったのに。」
「土手も、今までは無かったし今回の記憶の持ち主にとって印象深いのかもね。……ちなみに、由香ちゃんの記憶では?」
「ないね。」
彼女はあっさり言ってのける。
ふと温室の方を見てみると風花と千藤が何やら話しているようだった。
「風花くん、何か見つかった?」
「あ、乙川さん。見てみて、これ。」
指を差した先には飼育小屋に、丁寧なガーデニング。
「さっき中庭も見たんだけど随分と綺麗にされているみたいだよ。グランドの周りには畑もあったし。」
「手分けして探したんだけどさ、すっごい自然。カフェテリアもさ、よくよく見てみると装飾が綺麗だったし。」
「……アンタ、手分けしたの?」
由香がトゲのある言い方で指摘すると風花はハッとした顔をした。
「……風花くん。」
「悪かったよ!拓けてるところだし、大丈夫かなって思ったんだよ!」
「僕も自分より足の速い風花くんといるときに無駄な足掻きはしないよ。」
恵の言葉に慌てる風花と涼しげに開き直る千藤。恵は仕方ないように苦笑する。
その変化に気づいたのか3人とも僅かにリアクションしたが特に言及しなかった。
「風花の記憶、ではないの?アンタ植物とか好きでしょ?」
「好きっすけど現実で育てると枯れるからオフの時ここに来てたわけだし……。残念だけどオレじゃないっすよ。」
「僕の世界でもないよ。また乙川さんの記憶、ってわけでもないよね?」
「うん、違うよ。」
「となると、連続で琴乃ってこともなさそうだし、あとの4人の誰かか。」
由香が納得したように頷いた。
2人と別れ、毎回如実に変わるB棟に向かう。
1階、いつも重要な資料がある図書室は今回は大きな、そして静かな図書館だった。ここには茉莉花と琴乃がいた。
「やっぱりここにいたんだ。」
「うん、いつもここにはヒントがあるからね。」
その後ろで琴乃がお手上げというように仰け反った。
そして恵たちに気づいたらしくこちらを振り返る。
「他の部屋見た?」
「まだだよ。気になるところあった?」
「図書室はまんま、娯楽室はメイクルーム、テレビルームはカラオケルーム、音楽室はライブハウス、トレーニングルームはフィットネスのマットルームみたいになってた。
……空き教室は保健室になってた。」
「保健室、どうやら薬とか包帯とか、色々あるみたいだね。」
端末には写真が送られてきた。
どうやら保健室の薬箱や棚の写真らしい。
消毒液から風邪薬、睡眠薬まである。もちろん悪用されそうなものまで。
「ちなみに薬剤の使用は、外傷治療薬と同じ、使用歴が残るみたい。試しに舘野さんが睡眠剤を出したけど残ってるよ。」
「へぇ……でも私の端末からは選べないけど。」
「それは由香は処方されていないからだよ。医者に処方されているって情報登録しないと無理な筈だよ? だから恵が使うときはここから直接とって、端末にダウンロードするか直接飲むか、だよ。」
「アンタいっつも寝てたくせに処方されてるわけ?」
「……現実では何もしなすぎて眠れなかったからねぇ。」
琴乃はこれからは頑張るけど、と欠伸をしながらそう言う。
その傍らから恵は琴乃の見ているファイルを覗き込む。
「今、舘野さんは何を見ているの?」
「他の部屋の消滅履歴。」
あっさりと言ってのけた彼女は再び資料に目を落とす。
「……私、あまり見たくないかも。」
「まぁ、そう感じるよね。」
由香の言葉に恵が同意する。
「でも、脱出するには、部屋を消さないためには、知るしかないから。
それが梅子の願いならあたしはどんなに苦しいことでも頑張りたい。だから、この作業はあたしに任せてほしい。」
今まで見られなかった彼女の真っ直ぐな瞳。
恵たち3人は頷きあう。
しかし、意外にも琴乃は何を思ったため息を吐いた。
「どうしたの?」
「……いやねぇ? 最初は102ルームあったのに今は43ルーム。みんな、あたし達と同じことをしているか、何もできず消えてるかって考えるとあまり気分が良くなくてねぇ。」
彼女は沈んだ顔でページをめくる。
情報を共有しているらしい茉莉花も表情に陰を落とす。
「そうだね、人数が少ない部屋は全滅を迎えた部屋もあるし、無抵抗で消えた部屋もあったみたい。でも、気になったのは、最終的に1人になった部屋やほかの人を出し抜いた部屋もログアウトできていないんだよね。」
「ああ、寧々と動画見たけどそうだった。ログアウト処理するとそのまま部屋が閉鎖されていた。……それにさ、あのモニターから送られてくるメッセージあるでしょ? 声の方じゃなくて文字の方。」
「うん……あの無機質な方ね。」
スズキさん、のメッセージは焦ったり心配したりという感情がありありと伝わるが文字の指示は無機質でアドリブもきかない、といった印象を受ける。
「案外そうでもないんだよ。」
由香の言葉に茉莉花が頷く。
「私も前回の世界の2日目に風花くんと観に行ったんだ。……私は気分が悪くなっちゃったからその後は観てないけど。
あのメッセージ、酷いよ。行動には色々な意味があるのに、人の感情を馬鹿にしたような言葉を投げつけ、貶める。
まるで、私たちの選択をただのゲームと揶揄するよう。」
「……分かるかも、それ。あのメッセージが本当に私たちを救う気があるのか疑問に思う。それのせいか、私あのスズキさん、て人信じられないんだよね。」
「メッセージは置いておいて、スズキさんは嘘をついていないと思うけど。」
「でもさぁ、あのメッセージってスズキさん……か運営の人が送ってきてるんでしょ?」
4人は黙り込みため息を吐いた。
どうやらここで答えは出ないらしい。
「そういえば、ここって赤根の世界?」
「違うよ。」
あっさりと言ってのけるあたり違うようだ。
記憶の持ち主は3人に絞られたらしい。
それから2人は2階に行く。
空いている部屋はいずれも娯楽室のような、ショップの空間やガーデニングルームのようだった。
室内に浮かぶは偽りの空であるが、風花が喜びそうな空間であった。
いずれの部屋だろうか、とある一室から泣き声が聞こえてきた。
恵と由香は顔を見合わせて慌てて部屋に向かった。中に入ると寧々が桜庭に縋り付くようにして咽び泣いていた。それを数歩離れたところから茫然として小雪が見つめていた。
察するには容易だ。
この世界は八重島寧々のものであったのだ。
「……どういう状況?」
「探索してて、寧々ちゃんの世界っていうのは、すぐに分かったんだけど彼女、頑張ってずっと笑顔でいてくれたの。でも、この部屋に入ったら急に泣き崩れちゃって……。」
ずっと一緒にいたらしい彼女もそのきっかけははっきりしないらしい。
恵はふと傍らに転がっている写真立てを見つけた。
その写真には1人の男性と小さな少女、そしてもう1枚の写真には女性と同じ少女、最後の1枚には男性と女性、そしてその2人の写真にペンでぐちゃぐちゃと書き込みがある。
2人の顔を塗りつぶすように。
「寧々は……その2人、知らない。
寧々には……誰もいない……!」
察するに彼女の両親だろうか。
2人と彼女の関係性が垣間見えた。
『だって寧々、システムよくわかんないし何もできないし…。』
『寧々も支えるよっ!』
いつだって明るく誰かを思いやる彼女が崩れ落ちていく。
カフェテリアに移動するとすでに4人は集まっていた。千藤と琴乃が火花を散らせていたが寧々を見て流石に黙ったようだ。風花が淹れてきた飲み物を飲むと何とか落ち着いた彼女は静かに涙を零しながら話し始めた。
彼女はどうやら両親が互いに浮気をしており、ほとんど3人で過ごしたこともなかったらしい。気づけば遊びにオシャレ、ただ時折眠れないことがあり保健室や静かな図書館にこもる日々を送っていたそうだ。
「……みんな、ありがとぉ。話したらちょっと落ち着いたかも。」
彼女は無理矢理にでも口角を上げる様子が痛ましかった。
「でも、やっぱり実感するなぁ。めぐめぐとかのんのんの気持ち、ちゃんと分かってなかったなぁって。……それに必要ないって思われてたってやっぱりパパやママのこと、記憶に残ってるんだもんねぇ。」
「必要ない、なんてことねーよ寧々ちゃん。」
桜庭の言葉に寧々がえ? と赤い目を丸くした。
「寧々ちゃんが明るく振る舞ってくれたこと、オレは有難く思ってる。こんな世界だからこそ、ね。」
「そうだよ、私もモニターに夢中になりすぎた時、支えてくれたの八重島さんだもん。」
「うん、私も最初の話し合いの時、八重島さんが声をかけてくれて嬉しかったよ。」
「らいらい、まりりん、めぐめぐ……、ありがと。」
彼女は微笑み、目元を拭う。
「そうそう、オレ1人部屋だし、心許なかったら由香ちゃんと来てよ!」
「私は行きたくないわ。」
「女の子を部屋に呼び込むなんて…、ちょっとアレっすね。」
「なんで急に息ぴったりになるの?!」
良かれと思って言った言葉に対して由香と風花の否定的な意見を言われ、桜庭が悲鳴をあげる。
その場は和み、何人かは笑っていた。
今回は、確執は起きなそうだと誰もが思っていた。
しかし、このあと起きるとある事件で、空気が一変することを誰が予想できたであろうか。




