解決編② -後編-
全員の視線が千藤に集まる。
「……そうだね、僕は端末の壊し方を知っているよ。その手段が温室とカフェテリアにしかないこともね。それがどうしたの?」
「え?」
その惚けた声は誰が発したのだろうか。
あっけらかんと尋ねる彼に咄嗟に言い返せた者はいなかった。
「……アンタ、正気? 今、容疑者として疑われてるんだよ?」
「正気だけど、でもあくまでも犯人ではなくて容疑者。決定的な証拠はないね。」
「……それもそうか。」
「いやいや茉莉花ちゃん? そんなあっさり納得しちゃダメでしょ?」
潔く認めた茉莉花にすかさず桜庭がツッコミを入れた。
誰もが再び沈黙に入ると思いきや、そこで言葉を発したのは風花であった。
「オレが疑問に思ったのは、仮に千藤が端末を壊した理由かな。千藤が犯人として、舘野さんの端末を壊すことに何のメリットがあるんだろう。……損得が関わらないこと、やらないと思うんだよね。」
「……何、その信頼感。」
千藤は僅かに間を空けたが、恐らく殆どの者は気づかなかったであろう。しかし、恵は気づいた。
周囲の目を気にして、自身が目立たないよう振る舞ってきた彼女には容易いことだった。
彼はなぜ端末を壊したのか。
千藤と上手くやっていた風花が【彼はメリットがないと動かない】と言った。
端末は夕方から今朝のうちに盗まれ、壊され、元に戻された。
端末は過去に3回取り違えが起きている。
もし琴乃の話を信じるならば、千藤は彼女が【左利きである】ことを知っており、2回目に取り違えを起こしている。
『最後に梅子ちゃん見たのもオレで、何か春翔と意外と和やかに話してたんだよね。』
そして、桜庭の話を信じるならば、彼は恐らく最後に近い、梅子の目撃者だ。
「……千藤くん、1つ聞いていい?」
「答えられるもの、ならね。」
「桜庭さんの証言を信じるならば、千藤くんは涼宮さんが消える前に話していたんだよね。何を話していたの?」
桜庭が忘れていたと言わんばかりに口を開く。千藤は胡散臭い笑みを浮かべたままだ。
「別に、ただの世間話だよ。」
「……本当に? あたしから見ればあなたは梅子から毛嫌いされていたと思うけど。」
琴乃の言葉に何名かが同意の頷きをした。
「千藤くんは、犯人ではなくて、涼宮さんに狙われた方じゃないの?」
「何を根拠に?」
「……彼女の性格を踏まえると、他の人を犠牲にしてまで舘野さんを守るのかは微妙。実際、それが信じられなくてさっきの議論を重ねたのも事実だし。
資料室を指定したのも、先の討論で風花くんや由香ちゃんを蔑ろにしたあなたの事なら抵抗感も薄かった、とか?」
「ただの推測でしょ? 証拠は?」
「……桜庭さんの証言だけ、だけど。」
「それに仮にオレがターゲットとして、なら協力者は? それに舘野さんの端末を壊すメリットは?」
恵は千藤の切り返しに黙り込む。徐々に息苦しくなり、自分の考えに自信がなくなる。
その時、2つの手が恵の肩を優しく叩いた。
「大丈夫だよ、焦らないで。」
「乙川さん、間違ったことを言って責める人はいないから。みんなで考えよ、な。」
温室で見た時と同じように、2人は恵に向けて微笑む。恵の肩から力が抜ける。
その光景を見た由香は僅かに口元を緩め、恵のために口添えをする。
「千藤の仮に協力者だったら、って話だけど他にアリバイがないのは桜庭、前川、舘野だよね?」
「え、オレも?!」
「当たり前でしょ。」
「なら、桜庭くんと前川くん、もう少し自分の行動を細かく振り返ってみようか。もしかしたらそこに小さなヒントがあるかも。舘野さんは寝てた、としか言いようがないもんね。」
茉莉花が告げると琴乃は頷く。
反対に少々参ったような雰囲気を出したのは指名された2人だ。
「って言われても……厳密には何時かは覚えてないかな、夕食後だから19時半くらいかな。春翔にトイレ行くって振り切られたんだよね。
トイレの窓から出ると裏庭の方に抜けられるから裏庭に行った。誰もいなくて仕方ないから1周して、2階に行った。仮眠室に寝てる琴乃ちゃんを20時頃見た。2階フロアを見て誰もいなくて1階フロアを見て、それで21時頃かな、確か茉莉花ちゃんと会っておやすみーって言ってもう1周回った。」
「その時資料室は見ましたか?」
「もちろん、むしろそこだと思ったし!でも変わったところなんて無かったよ。涼宮さんとも会わなかったし。」
「……私と挨拶したのは本当だよ、お手洗いに行った時にね。前川くんは?」
茉莉花は桜庭の意見を聞くと次の標的に話を振る。
「私は悲しいことに誰とも会っていないな。19時頃カフェテリアから出た後は倉庫で地下室探しをしていた。 」
「そういえばさ、2人とも温室の中見た?」
「1回目は見たけど2回目は見てない。」
「私は見ていない。」
風花がちらりと恵と茉莉花に目配せをした。
「その時って電気点いてた? もし点いてたならその時犯人または千藤が温室にいた可能性があるんだけど。」
「まじか!」
「……。」
2人は思い出すように頭を捻る。
「私の時は点いていなかったな。」
「オレは……うーん、1回目は暗くて確かオレが顔出したから電気点いた。2回目は点いてたけどどうせ芳樹かなって。」
「あの、こう言うのもなんだけどさ、2人の証言、矛盾しているの、気づいてる?」
小雪が恐る恐るといった様子で口を開く。
前川は気づいていたようで、桜庭は素っ頓狂な声をあげた。
「ま、間違ってるのは前川かな。だってその時間オレ、温室にいたし。」
「……! な、」
この風花の発言で恵と茉莉花は先ほどの目配せの意味を知る。
「……いや、すまない。言われてみれば点いていたかもしれない。」
前川がしどろもどろになりながらそう呟くと千藤が大きくため息をついた。
「バカじゃないの? ハッタリに決まってるでしょ。」
「……ッ、なら。」
「でももう無駄だよ。今の言い訳はどうしたってお前が犯人としかとれない。」
風花がほっと安心したように息を吐く。
こういう駆け引きは柄にも無かったのだろう。
「……さっきの當間さんの矛盾点については、倉庫にいた前川くんと施設中を回っていた桜庭さんがニアミスしてない点ですよね?」
「そうよ。」
そして、恵は最低最悪の可能性の考えがよぎる。
「もしかして、最初舘野さんの端末で涼宮さんを【強制退場】させようとした?」
「………!」
彼の動揺が、答えだった。
「今回の【強制退場】に至るまでの流れはこんな感じでしょうか。
まず、涼宮さんが千藤くんを【強制退場】させるために資料室に呼び出した。それをどこで知ったかはわからないけど、前川くんはその情報を聞いた。
もしかしたら、千藤くんは以前から涼宮さんのターゲットが自分になるよう仕向けてたんじゃないかな。ここは完全に予想だけど。
前川くんは自分の端末を朝、舘野さんの端末と交換した。でも、戻されたなんて気づかなかった。あなたは舘野さんが【左利き】なんて知らなかったから。
そのままあなたは資料室で涼宮さんの【強制退場】を行い、温室で壊した後、舘野さんの端末と再度入れ替えた。入れ替えた理由も、もしかしたら【捕縛】も利用したのかもね。
もしこの推理が真実ならあなたは今舘野さんの端末を持っている可能性がある。」
「……見せて、くれるよね?」
最後に駄目押しのように茉莉花が言い放った。沈黙の中に、目の前の彼の舌打ちが響き、討論の終了を告げた。




