仮初めの“大切”
「あれ? 舘野さん、おはよう。」
「おはよ……。」
むすっとした表情で端末を持った琴乃と恵は出くわした。
「誰か探してるの?」
「うーん……たぶん誰かが私の端末と自分の間違えたの。」
話を聞くとどうやら彼女は端末を置きっぱなしにしてカフェテリアで寝落ちしていたらしい。
「恵は間違ってないよね? 画面見せて〜。」
「いいよ。」
彼女は起動画面を一瞥するとそれだけで自身のでないことを把握したのか頷いた。
「ありがと〜。じゃあね。」
皆と話すことが億劫なのか彼女はため息をついた。
恵は起動画面を見て首を傾げた。というのも、彼女がなぜ起動画面を一瞥して自分のでないと判断できたのか分からなかったのだ。
確か由香や若狭、風花が触っているところを見て、起動画面は全員共通と確認していたからだ。
「あ、いたいた! 乙川さん!」
琴乃とすれ違いで、風花が笑顔で現れた。
「おはよう。」
「はよ。今舘野さんに端末のこと聞かれたけど何だったんだろうな?」
「誰かが間違えて持って行ったみたいだけど……?」
「そんなミスするかぁ? ま、いいや。」
風花は時間を確認すると恵を誘って裏庭の方に行く。
「昨日の千藤のことと隠し部屋のことについて相談したくてさー。だから倉庫確認しながら話そう。赤根さんには振られちゃったしな。」
「まぁ、きっとモニターとかログインルームの方の整備で忙しいよね。私たちで探そうか。」
恵と風花は裏庭を通り、倉庫の方に向かう。
以前小雪から送られてきた備品のログを見るが大きく変わっている様子はなかった。
「このエラーが始まる前に見た時とあまり変わってないな。」
「そうだね。でも、なんで急に隠し部屋の話が出たの?」
「あー……。千藤が遠回しに地下室の存在を仄めかしてたから何か悪巧みに使おうとしてるんじゃないかなって。」
彼の言い分には納得できた。
しかし、風花はどこかバツが悪そうな顔をしていた。
「……あのさ、千藤のことどう思う?」
「えぇ……? 由香ちゃん唆したし良い人とは思えないかな。」
「だよねぇ……。」
「そう思い切れてない?」
風花は参ったような様子で頷く。
煮え切らない様子に恵は尋ねた。
「昨日、一緒に居たんだけど、思ったより悪いやつでないのかなって。」
「……私はそう思えないかな。」
「うん、オレもだけど。ほら、赤根さんが千藤のこと【アンチユーザー】って言ってただろ? それに関しては納得してるんだけど、何かただの損得でやってる感じではない気がして……。」
恵は彼が言わんとしていることが理解できず、訝しげに話を聞くばかりだった。
「なら、風花くんは由香ちゃんを唆して、風花くん自身を貶めたことを許すの?」
「……うーん。」
責めた口調になる恵に言い返す言葉が浮かばないようで肩を竦めた。
「ごめんね。意地悪な質問した。」
「や、納得できるしオレも考え浅かった。」
彼は手を横に振る。
恵も困ったように微笑む。
それから倉庫を探してみたが、隠し部屋の入口は見つからず、端末の反応も得られなかった。
「結局何も無かったなー。」
「うーん……エラーで消えちゃったのかな?」
「ほかのギミック残ってて隠し部屋だけ無くなるってことあるのかね。」
ひっくり返した倉庫の物を元に戻し2人は重いため息をつく。備品については、小雪たちが調べた時から特に変わりなく、新たな発見はなかった。
「あ。」
先に出かけた恵は視線の先に見覚えのある2人を見つけ、外に出ようとした風花を止める。
彼も恵に習ってぴたりと止まる。
「どうした?」
「あれ、舘野さんと涼宮さんじゃないかな?」
「げ、また喧嘩?」
彼のいう通り、空気は重いものであったが、決して以前のような殺伐としたものではなかった。
「なに、話って。……あたしは梅子とお話ないけどなぁ。」
「先日は、すみませんでした!」
琴乃が話を振った途端、梅子は身体を90度に曲げて頭を下げた。流石に3人とも予想しておらず目を丸くして固まった。
「私、貴方とそっくりな自分の友人と、貴方を重ねて自己満足で動いていました。
乙川さんに言われて気づきました。貴方と、友人は違うって。」
「今更当たり前のことに気づいたのー?」
「ハイ、私は結局自分可愛さだったんです。」
棘のある言い方で距離をとったつもりであったのだろう。しかし、あっさりと自分の非を梅子が認めてしまったものだから琴乃は居心地悪そうにしていた。
「でも、貴方を助けることを諦めた訳ではありません。やっぱり、舘野さんに生きることを諦めてほしくないんです。
だから、もっと貴方のことを知りたいんです。この世界で何かを得るために。
誰も犠牲にしない方法で貴方を助けたい。」
その言葉に琴乃は目を見張る。
これまで怒りや苛立ちでしか変わらなかった表情が僅かに歪んだ。
「……あたしのこと知っても、解決するとは思えないよ? それに、梅子がどんなに頑張っても何も変わらないかも。」
「そうかもしれません。私は、ちっぽけな1人の人間ですから。」
でもね、と彼女は言葉を続けた。
その言葉を聞いた恵と風花は顔を見合わせると頷き合った。
この2人は大丈夫、そう確信を得られたからだ。
だから予想できなかった。
今晩、またあの不快なアラートが鳴り響くことも。
『なお、今回【強制退場】をされた涼宮梅子は【サポーター】ではなかった。』
見覚えのあるメッセージに実直な彼女の名が記載されていることも。




