沈黙は叫びだ
「だめ……返事がない。」
困ったように首を横に振るのは由香だ。
翌日、梅子の部屋を訪ねたが引きこもってしまい、返事がないらしい。
昨日ついていった小雪も途中で追い出されてしまい、その場に留まることは叶わなかったようだ。
2日目は風花が千藤についているらしい。
部屋を訪ねたが、部屋替えをした桜庭がそう言っていた。
一方で、琴乃は自室に引きこもっているらしい。他のルームの状況がわかる引き出しに扮したモニターと、ベッドがあるだけの無機質な部屋に1人で。
「そういえばのんちゃん、端末も自室に置きっぱなしだったんだよ!本当にもうやる気がないんだね……。」
「端末はこの世界では命にも等しいのに…。」
寧々の言葉に、その場にいた女性陣は絶句した。
カフェテリアに出ると前川と桜庭が優雅に朝食を摂っていた。
「おはようございます。桜庭さん、前川くん。」
「おはようございます。」
「おっはよー!」
男性も2人が欠けると一気に寂しくなるものだ。
そんな考えが滲んでしまったのか桜庭が軽く首を傾げると口を開いた。
「何々〜? 恵ちゃん、朝の色香漂うオレに見惚れた?」
「えぇ……。」
「桜庭さん、寝言は寝て言っていただけますか?」
「宗佑冷た!」
そんな愉快なやり取りに何となく空気が緩む。
おそらく桜庭は気を遣ってくれたのだろう、そのことは容易く伺えた。
穏やかな食事が終わり、恵は資料室を訪ねようと席を立つと廊下の方からあの、と控えめに声を掛けられた。
「どうしたんですか? 涼宮さん。」
「乙川さん、あの、この後少しお時間いただけませんか?」
「構いませんよ。」
ありがとうございます、と礼を言う彼女はたった一晩を経てやつれてしまったような印象だった。自身もこのようになっていたのかと思うと目にかけてくれた若狭があんな表情だったのも納得がいった。
彼女の希望もあり、玄関から出て、BBQを行った広場の方にシートを敷いて話す場所を整える。
カフェテリアから軽食を持っていくと頂きますと言って口にしてくれたことに恵は安堵した。
「すみません。みなさんにもご心配おかけしているみたいで。」
「……私が言うのも説得力ないですけど、何もできないんですから心配くらいさせてください。」
「……ふふ。」
不意に彼女が微笑みを漏らしたもので、恵ははて、と疑問を抱く。
何かおかしいことは言ったのだろうかと。
「あ、すみません。別に可笑しくて笑ったわけではないんです。
……乙川さんは、本当にこの短期間で強くなられましたね。」
「……もし涼宮さんがそう感じるなら、それは私の強さではないです。みんなの、若狭さんのお陰です。」
「そう、ですか。
私はダメですね。こんな時に若狭さんに嫉妬してしまう。」
お茶を一啜りすると、ため息をついた。
「私個人の話です。
私は、今回親しい友人のために、何かできないかと思って参加したんです。ちょうど、舘野さんのような、“無気力”な方です。」
恵も、このゲーム前の自分を思い出す。
自らも、世間一般に言う無気力な人間であることは明らかであった。
「現実世界に目を向けず、ゲームにのめり込み、現実はただ欲求を満たすだけの世界。
……私から見た彼女は決して周囲の環境が悪かったようには思いませんでした。
成績も良く、人間関係も良好、家族も優しく貧困でない。
だから、理解が及ばなかった。なぜこんなにも無気力なのか、と。」
「……。」
梅子は自嘲気味に微笑む。
「私って、頑固者ですから。
私は彼女の話を聞かずに自分の考えを押し付けることしかできなかったんです。
もちろん、彼女とは喧嘩しました。その上、彼女は学校に来なくなってしまった。
だから、彼女が勤しむこの世界を知って、そしてちゃんと謝りたかったんです。」
「もしかして、今回のログインで彼女と同室する予定だったんですか?」
「察しがいいですね。でも、私そそっかしくて、間違ってしまったんです。ルームナンバーを。」
なるほど、と頷いた。
梅子は仕方ないように笑う。
「正直なところ、彼女が無事なのか、そればかりでした。」
「過去形…なんですね?」
「ええ、貴方達のことがあったことも勿論ですが、舘野さんがいたから放っておけなかったんです。
彼女は、ひどく私の親友に似ていましたから。」
梅子が執拗に琴乃を構う理由に納得した。
「……私はまた過ちを犯してしまいました。
彼女の気持ちも、背景も鑑みず、自分の考えを押し付けてしまう。その結果、彼女を追い詰めてしまいました。
私は、これからどうすればいいんでしょうか……何もしないのが1番かもしれませんが。」
諦めたようにガックリと、肩を落とす。
恵は彼女の琴線に触れないよう、慎重に言葉を選ぶ。
「……私が声をかけるべきだなんだろうけど、わたしには正直見つからないです。
でも、冷静になれたなら大丈夫だと思います。
話を聞いて、寄り添うことなら、彼女のことを想う貴方ならきっと伝わるはずだと思います。」
「……乙川さん。」
彼女は眼鏡を外し、目を擦る。
「ありがとうございます。
……いつまでも年長のわたしがうじうじしているわけにも行きませんね!」
「……気にしなくてもいいと思いますけどね。」
梅子は忙しそうだ。
空元気に近いであろうが、先ほどの陰鬱な表情に比べると幾分か楽そうだった。
彼女は食事を終えると礼儀正しく手を合わせ、ご馳走様でしたと挨拶をする。
恵もそれに合わせてお粗末様でした、と頭を下げた。
「そういえば、乙川さんはどこかに向かう予定でしたか?」
「あ、そうなんです。私資料室にいこうと思っていました。」
「もしよかったら一緒に行っていいですか? あの部屋については千藤さんしか調べてないですから私も気になってるんですよね。」
「むしろ心強いです……。」
それから恵は梅子と連れ立って資料室に向かった。
中を覗くと風花と千藤が何かを話していた。風花が嫌悪感なく話をしているのもだが、千藤が意外と柔らかい表情をしていたことに恵は驚いた。
小窓から覗くと梅子も横から覗いた。
「何か……前川さんといる時と空気が違いますね。」
梅子も疑問を抱いたらしい。
ノックをすると風花が驚いたように振り向いた。
「お邪魔して良かったですか?」
「よくないけど、どうせ入ってくるんでしょ?」
「おーもち、いいっすよ。」
「差し支えなければ2人は何の話を…?」
私が尋ねると2人は目を丸くした。
顔を見合わせると、風花は了承の意ととったのか呑気に笑う。
「野球の話。ほら、最近甲子園でswitch-hitterがいただろ? 今年のドラフトソイツが1位かなーって。」
「まぁ雑談だよ。彼女の資料室にまさかの野球の資料が置いてあったのが意外でね。」
「確かに舘野さんと野球は結びつきません…が! 風花さん、貴方本当に千藤さんのこと見張ってるんですか?」
「……あー、あんまりその意識なかったわ。」
「というか、それ本人の横でいう?」
「わざと言っているんですけどね?」
元来真面目な梅子は千藤が気にくわないらしい。敵意剥き出しだった。
「居心地も悪いし、僕は消えようかな。風花くんも消えてくれていいよ。」
「いや、そういうわけにもいかないだろ。また後で。」
そう言って手を振る彼を尻目に私達は資料室に残った。
「さて、私は千藤さんが言っていた記憶の持ち主の思考が書いてあるファイルを見たいと思いますが。」
「私もそれ、見たいです。」
「なら、見つかったら互いに報告しましょう。」
それから私達は資料室を探索した。
あまり芳しい発見はなかったが、千藤が言っていたファイルは案外あっさり見つかった。
ファイルと言っても、簡素な、数ページのメモのようなものであったが。
『周りはいつも私の心配をしてくれる。
勉強も補修で誤魔化してどうにかなる、体育だって体調不良で休める、家に帰ればご飯も出てくる。野球やってるお兄ちゃんは部活帰りにいいものを買ってきてくれる。
私は何もしなくていい。
何もしないことは、生きている意味があるの?』
『テスト、点数よかった。でもお姉ちゃんより点数低かったから偉いね、の一言。
テスト、点数悪かった。でも次頑張ってね、の一言。
変わらない。
学校の話をしても、ふーん、とか楽しそうね、とか。お兄ちゃんの話に目をキラキラさせる。
友だちも、私が1人でいると、放置。まぁ、私が話しかけることもしないしね。愛想笑いも、人付き合いも最低限でいいよね。』
『生きることが面倒くさい、死ぬのも面倒くさい、全て誰かがやれはいい、そうすれば、私は楽に、楽しく生きていけるの?』
「……そんなの、楽しいわけないじゃないですか。」
悲痛な面持ちで梅子が絞り出した言葉は、恵にとっても耳の痛い話であったが、彼女は口を閉ざすしかできなかった。
「……くぁ。」
彼女は傍らに置いてあった端末を手に取る。
時間を確認するため、眠気眼で操作しようとするが端末は反応しない。
「……?」
彼女は自分の手の違和感に疑問を抱きつつ、その答えを見つけるためにしばしば立ち上がった。




