夢の中に沈む
約束の時間になり、カフェテリアには意外なことに全員が集まる。
もちろんその中には先程揉めていた琴乃と梅子も一緒だった。空気は険悪だったが。
実際のところあの後は大変だった。
恵は琴乃に拘束され、残りの風花と茉莉花に梅子を加える形で調査が続行された。このカフェテリアへの集合も琴乃はかなり渋っていたが、恵の程よい説得が功を奏した。
先程から琴乃は恵にベッタリだった。
というのも、梅子とは顔も合わせたくないという空気がありありと出ていた。
「じゃあ、各自分かったことの報告をお願いします。」
風花の言葉を皮切りに皆報告を始めた。
まずは桜庭が口を開く。
「オレたちは2階を探索した、つってもあのファンシーな部屋ばっかりで唯一あったのは殺風景な仮眠室みたいな部屋だったぜ。
あったのも引き出しの中にある妙なモニターで他のルームの実況、みたいなのがひたすら流れてた。」
「恵ちゃん達と別れた後も見てたんだけどあの後も1部屋減ったわ。理由に関しては文字化けしていたのだけど。」
「じゃあ次、寧々達ね!
あたし達は1階フロア……、ぱるるんとそうまえがいたところ以外を見たよ!」
「……そうまえ。」
寧々の呼称に対して前川がポツリと不満そうに呟いた。
「私たちが見た限りだと不自然なものはなかった…けど最悪だった。」
「由香ちゃん? どうしたの?」
「……あの、大きなテレビルームみたいなところ、あったでしょ? あそこ、他のルームの……。」
皆、彼女が言わんとしていることが分かり、黙り込んだ。
「でも、負けない決意はできたよん。」
そう、明るく言ったのは寧々だった。
声音は、酷く軽いものだったが凛とした声であることは間違いなかった。
「そうだな! 寧々ちゃんの言う通りだ!」
桜庭の強い肯定を皮切りに、前向きな空気が広がる。しかし、そこに水を差すのは千藤だった。
「そんなこと言ってるのは勝手だけど、君たちは何か有益な情報は手に入れたの?」
「そ、それはぁ……。」
「そ、そう言う春翔こそ手に入れたのかよ……。」
「僕? 君たちと一緒にしないでほしいかな。」
そう言った彼は何やら写真を出してきた。
搔きまわすような姿勢ではあるが、一応は脱出に際して協力はしてくれるらしい。
「まず1つ目、若狭さんを追い詰めたアイテム消費履歴、あれは変わらず本棚の中に入っていたよ。
2つ目はこの写真、これはこの世界におけるアイテム入手方法の手順。また外傷治療アイテムは手に入れられるみたい。良かったね、風花くん、小塚さん。」
千藤の言葉に、言い返すことができない2人は苦々しい表情を浮かべた。
「そして3つ目、これは新情報だけど。
この世界の成り立ちや、記憶の持ち主の思考が書かれているファイルがあった。
どうやらこの記憶の持ち主は、ひどく面倒臭がりな人間らしい。
『生きることが面倒くさい、死ぬのも面倒くさい、全て誰かがやれはいい、そうすれば』」
そこまで言いかけたところで、琴乃が血相を変えて千藤の口を塞ぐ。
千藤は面白そうに、目をわずかに細めた。
「いたずらに私をかき乱さないで。」
「……やっぱり、君の世界だったんだ。」
「想像通りでつまらなかった?」
「別に。興味も湧かないよ。」
間延びした言葉であったが、どこか緊張感を孕んでいた。
その様子を見た風花がわざとらしく咳払いをすると話題を変えた。
「次、オレたちな。他のメンバーが見たところと温室を確認した。相変わらず端末は起動できないし、様相に関しては全く変わってなかった。
それで、乙川さん、舘野さんと別れた後モニタールームに行った。」
「前回の世界では主電源が切れちゃってどうしようもなかったけど、見てみたらまた電源がつきそうだったよ。だから、再起動プログラムを打ち込んでおいたんだ。
たぶん、あと数十分で起動すると思うからこのあとはモニタールームに行くことを提案するよ。」
どや、と言わんばかりに自信ありげに胸を張る茉莉花に僅かに空気が緩む。
結局、モニタールームに全員で行くことになった。
「……私は行かないから。」
「え、いや、ここは行く空気っしょ!」
桜庭が琴乃を連れて行こうとするがその手を彼女は振り払う。
「この世界の寿命とともに記憶の持ち主は消える。結局、恵の時だって、誰かが犠牲にならないと前に進めなかった。
私は、生きたいわけじゃないの。せめてみんなの踏み台になる、って言ってるんだから残りの数日くらい好きにさせて?」
誰もかける言葉が見つからなかった。
それを優勢ととったのか、彼女が恵の手を取る。
「ねぇ? 恵なら分かってくれるよね?」
「……うん、私も、誰かが犠牲になるくらいなら自分がって思った。」
風花が口を開きかけるが、音にはならない。そのまま口を真一文字に結んでしまう。
「でもね、舘野さん。
私は生きてるよ。それに米田さんの無念も、若狭さんの希望も、ちゃんと背負いたいって思ってる。」
彼女の強い言葉に皆息を飲む。
あの、千藤さえも、僅かではあったが彼女の言葉に耳を傾けた。
「だからね。若狭さんと米田さんのこと、踏み台なんて、言わないで。」
「ーーッ、なら、」
恵にしか聞こえない程の小さな声が漏れた。
彼女は踵を返すとそのまま何処かへ行ってしまった。その言葉に恵は返事をすることはできなかった。
数分もすると、モニタールームの装置は起動準備を始めた。前川と赤根が準備を始める。
「起動するよ。準備はいい?」
「ああ。」
前川の返事とともにモニターに一気に電気が通る。
『……! ルー……! 通り…!』
画面の向こうから騒がしい声が聞こえた。
「誰か! 聞こえますか!」
『良かっ……! ルーム89の…んな!』
聞き覚えのある声に恵達は顔を見合わせた。
どうやら、最初に連絡がついた“スズキ”さんらしい。
梅子がモニターに噛み付くように差し迫った。
「スズキさんですか?! 今何が起きているんでか? 復旧は!」
『ごめんなさい……情け…、まだ……。でも、今回の問…の原因が……わ。』
「原因が、分かったってこと?」
「でも、メッセージで【サポーター】のエラーが原因って言ってたよね?」
八重島と小塚は顔を見合わせて首を傾げた。
「なぁ、若狭先輩達や米田さん、ログアウトした人たちってどうなったんだよ!」
我慢しきれない、と言った様子で叫んだのは風花だった。モニターの奥からは何も聞こえず、応答はない。
『まだ、誰も……めてないわ。』
「ふーん。なら、ログアウト成功させた人はいないってことか。」
冷静に、そして何事もなかったかのような平坦な声で呟いたのは千藤だ。
風花はその言葉に表情を歪めたが何かを振り払うように首を大きく横に振った。
『話を戻すけど、原因は……で、ウイル………、あなた達のルームはすでに……、だから今のところエラーが……るリスクは…い。
でも………ってことは、……だから、なるべく消し合うことは……ないで。あ』
モニターはそこでエラーに囲まれる。それとともに機器が騒音を奏で始めた。
不快な大合奏に皆耳を抑えながらモニタールームから出た。そこでやっと騒ぎは収まった。
皆、色んな意味で汗をかいていたが、1人余裕そうな表情を浮かべた千藤が、ふとほおを緩めた。
「よく分からないけど、消し合いをするなってことみたいだから、ここでは大人しく舘野さんを犠牲にするしかないみたいだね。
運営のいうことなら仕方ないね。」
「あなたって人は……! 他人のことをなんだと思ってるんだ!」
「梅子ちゃん、ストップ!」
千藤に梅子が掴みかかったが、呆気なく桜庭の手により剥がされた。
一方で千藤は無感情に梅子のことを見つめており、つまらなそうにため息をついた。
「……別に何とも思ってないけど? 強いて言えば感情に流されてばかりで阿呆だな、くらいかな。」
「あなたは、人の感情を蔑ろにして何が楽しいですか!」
「別に、何もないけどね。」
それだけを言うと彼は踵を返してどこかへ行ってしまった。
「追った方がいいか? 一応私がついておく。」
「ああ、頼む前川。明日はオレがつく。」
風花の言葉に彼は頷いてついていった。
「……話は変わるんだけど、さ。」
赤根があくまでも冷静に話を始める。
「千藤くん、もしかしたら【アンチユーザー】かもしれない。」
「……私、少し聞いたことがあるわ。
確かルームの早期に人間関係をかき乱し、運営側からルームの強制ログアウトを引き起こさせて謝罪ポイントを稼ぐユーザーのことよね?」
「うん。 特にシステム上のルール違反をしているわけじゃないから運営が扱いあぐねている人。妙に上手いプレイングの人が何人かいるんだけど……彼は生粋の【アンチユーザー】なのかもね。」
「そのような歪んだ人間だから、あんな非人道的なことが言えるんですね……。」
梅子は立ち上がると、失礼しますと呟いて集団を離れた。
それを追うは、小雪だった。私たちの方をみて一頷きすると駆けていき、少し後方を歩き始めた。
確かに必要以上の慰めの言葉は今の彼女にとっては邪魔なのかもしれなかった。
その背中を見ながら、風花は困ったように肩を竦めながら独り言のように呟いた。
「……もし、赤根さんの言う通りの人間なら、何でアイツはBBQとかに参加したんだろうな。」
恵には風花が求めるような答えを導き出せず、分からないと返すしかなかった。




