箱庭の世界へようこそ
貴方は苦しい時どうしていますか?
友だちに愚痴を言う
目一杯身体を動かす
夕陽に向かって叫ぶ
暴力に身を任せる
ネット社会になった今
子供たちの逃げ場として作られた
『箱庭ゲーム』
現実の1日、ゲームの中では4日
たくさん笑って
現実にはないチカラを発揮して
友だちを作って
時には恋をして
私のための、平穏な箱庭の世界は
閉ざされたバグだらけの世界になってしまった
------------
異世界に取り残された高校生たちが元の世界に戻るため、他ユーザーと協力し、時に騙し、時に見捨て、時に命をかけて救う、バーチャルリアリティ。
主人公、乙川恵の長くて短い5日間の物語
------------
彼女は布団で目を覚ます。
今日は待ちに待った土曜日、三連休だった。平日はあんなに重い体が嘘みたいに軽かった。
彼女は階段を駆け下りると洗面台で顔を洗う。肩くらいまでの黒髪を櫛で撫で付け、朝食のためにリビングに向かった。
「おはよー…。」
「あら、恵、おはよう。」
「うん…。」
彼女の母親は明るく挨拶をしたが、彼女はどこか情けない顔で視線を落としながら挨拶をした。
「今日も行くの?」
「行くよ。いただきます。」
せめてものの挨拶だろうか、手を合わせすぐに小さめの茶碗を持つ。碌な会話を交わさず、朝食をかき込んだ。
「……ねぇ、時々はうちで過ごしたら?」
「今日は友達と約束があるの。箱庭に行かなきゃ…。」
「箱庭、箱庭って…そんなに面白いのか?」
彼女の父親が新聞を読みながら首を傾げる。
彼女は父親を一瞥すると申し訳なさそうな、しかしほかに興味はないというような、少し強い口調で捲し立てた。
「箱庭ゲームは今高校生の中でも流行ってる。学校の人たちみたいに、気負う必要もない気楽な友だちと話せる素敵なゲームだよ。」
「……そうか、父さんの時にはそんなハイテクなもんなかったからなぁ…遅くなりそうだったら迎え呼べよ?」
「ありがとう、ご馳走さま。」
彼女は皿をキッチンにさげると自室にカバンを取りに行ってしまう。
そして、程なくして行ってきますという声と玄関のドアが閉じる音がした。
「もう…あの子ゲームやりすぎよ。学校行っても全然友だちいないみたいだし…この前なんて担任の先生があの子の部屋まで来てくれたのよ?」
母親はため息をつきながら責めるような口調で父親に迫るが、肝心の父親はコーヒーを啜りながら呑気にうーん、と言うだけだ。
「まぁまぁ、いいじゃないか。引きこもりになるよりは。今はあの子みたいに心に傷を負った子達が箱庭で癒されてるんだろう?
……それに、あの子だってもう高校生だ。すぐに、本当に大切なものが何かなんて気づくよ。」
「……そうかしら?」
母親はこの父にして、あの子どもか、と半ば諦めたようにため息をついた。
彼女、乙川恵は髪を揺らしながら小柄な身体を一生懸命前に進めた。
向かった先はバーチャルセンター、最近普及している施設で箱庭ゲームができる機器が揃った場所だ。
「こんにちは!」
「あら、恵ちゃんこんにちは。今日も元気そうね。」
恵が挨拶すると受付のお姉さんが慣れたように挨拶を返す。恵が渡したメンバーカードをスキャンし、ユーザー情報を照会する。
「またいつもの子と同じルーム?」
「はい、お願いします。」
「承知いたしまーした。じゃあ、ルーム89、2日間コースでいいかしら?」
「それでお願いします。何人部屋ですか?」
「えーと…13人部屋よ。」
「分かりました。」
カードを返してもらい、お決まりの席に着く。周りには同じようにログインしている他の高校生がいた。ヘルメットのような機器を被り、カードを差し込む。
そしてリクライニングチェアに身を預け、力を抜いた。
すると意識は徐々に遠くなり、彼女はゲームの世界に身を投じた。