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身体に満ちよ、内なる力 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と、内容についての記録の一編。


あなたもともに、この場に居合わせて、耳を傾けているかのように読んでいただければ、幸いである。

 よ〜し、これが本日の授業の肝だから、ノートにちゃんと書いておきたまえよ。

 9つの器官系に関して。運動器系、循環器系、呼吸器系、消化器系、泌尿器ひにょうき系、内分泌系、神経系、感覚器系、そして生殖器系だ。


 ……ほ〜れ、最後の部分でくすくす笑う奴がいる。

 みんなも年頃だから、そちらに関心があるのは構わん。ぶっちゃけ君らが頑張ってくれないと、人類は滅亡だからな。責任と良識が持てるのであれば、先生はとがめんよ。

 だが、できる限り自分の力もつけておくように。親とかに頼るのは恥ずかしい事じゃないが、いつまで面倒見てもらえるかわからんぞ。いきなり「祖父母」が倒れたら、親子も一緒に立ち行かなくなりました……じゃ、しゃれにならんだろ。

 今はみんなにとって、非常に大事な時期だ。急ぐのはいいが、あせってはいかんぞ。

 子供ができたら、もう君たちの身体は君たちだけのものでなくなる。戻ることはできない。そこのところを、よおく考えておきたまえよ。

 ――さすがに、ノートには時間がかかるか。よし、それじゃお楽しみの脱線話といこう。

 体の器官をめぐるものだ。言っとくが、ちょっち刺激的。注意してくれたまえよ。

 

 古来より器官は、健康に影響を与えるものであるということが、世界中で研究されてきた。

 日本だと古代に解剖が行われたらしいが、それからしばらく解剖が禁じられた期間がある。ざっと1000年ほどかな。

 解剖関係で、みんなが授業で習うものといったら、「解体新書」がいい例だろう。

 18世紀後半に、一応の完成を見た本書。それに記載された知識は、主に学問所の師範を通じ、世間一般に広く知れ渡ることになった。同時にこれまでの医学の中心であった、漢方その他の知識と照らし合わせが行われ、今日こんにちに続く器官系の基礎ができたとか。

 同時にそれは、男女の性差による体つきの違いを知らしめることになり、男は女よりも頑健なるものとみなされ、一部の地域だと、「解体新書」の出版段階では意図していなかったであろう、女性差別を助長する結果になってしまったとも聞く。

 ここから話が転がり出すんだ。

 

 江戸時代の末期。二人の男が茶店の前で、取っ組み合いのけんかをしていた。なんでも、茶を服にこぼしただのなんだのと、言いがかりから殴り合いに発展してしまったらしい。

 二人の暴れっぷりはじょじょにひどくなり、野次馬たちは遠目から見ているばかりだったが、やがてその囲みの中から山伏姿の男が一人。彼らに向かって近寄っていく。

 

「そのいさかい、私が預かる。うぬらはどちらも、この世に生まれ落ちた二つとない命。それをいたずらに傷つけ、損なうことなかれ。そなたらの身体にも命にも、意味がある」


 山伏が諭すが、頭に血が上っている男たちは耳を貸そうとしない。「お前も痛い目にあいたいか」と殺気さえ、飛ばしてくる始末。

 山伏は肩をすくめると、野次馬の一部に頭を下げて、道を開けてもらった。そこは茶店の脇で、大人が数人寝そべることができるくらい、巨大な石が置かれていたんだ。

 大の大人が束になってもびくともせず、これまで旅人たちの座る場所になっていたが、道に張り出していて、やや迷惑でもあった。

 山伏はその石の前に立つと、握っていた錫杖を手放す。両足を開いて、息を整えたかと思うと、その右拳を石に向かって叩きつけたんだ。

 するとどうだ。石は拳を起点に真っ二つに割れ砕けた。あっけに取られるみんなの前で、さらに山伏は信じられないことに、それぞれの岩を片腕ずつ同時に持ち、米俵よりも一回り大きいかと思うそれらを、頭上高く持ち上げたんだ。


 圧倒的だった。喧嘩をしていた二人はたちまち平伏。野次馬の中には悲鳴をあげて逃げるものと、歓声をあげてほめたたえるものの二種に、大半が分かれた。

 彼らの反省した様子を見ると、山伏は岩を下ろし、「今後は一切、このようなことはするな」と告げて、その場を去ろうとしたんだ。

 だが、二人はその裾に追いすがった。その金剛力、どのようにしたら身につけられまするか、と山伏に教えを請うたんだ。「俺も、俺も」と野次馬たちもそれに続いた。

 山伏はじろりと集まった皆を見据え、悪用しないという条件を守れば、教えてやると告げる。集まった者たちがそろってうなずくと、山伏は語った。

 

 この地方には、土地の臓器とも呼べる山が、九つ存在している。その頂にて、十分に黙想すると、その臓器の力を賜ることができる。

 ただし順番や作法などが決まっており、俗人のやみくもな取り組みでは、恩恵にあずかることはできない。

 そこで二日後の朝。この先ほど割った石の前で、自分は待っている。希望者は山伏の格好を整えて、ここに集まるように、とみんなへ向かって申し渡したんだ。

 元より力を求めて残った連中。迷いはなかった。彼らは支度をして、家族のいる者には事情を話し、説き伏せることができたものは、例の集合場所へ向かったんだ。

 

 山伏の話によると、一つの場所で黙想を捧げたのちは、身体を慣らす期間を設けなくてはいけないとのこと。ただ、あまり長い期間を空けると、これまでの力はあっという間に衰えて消えてしまうのだという。

 志願者は家に帰るたびに、身につけた力を披露した。かの山伏が見せたような剛力。遠くの木に這う毛虫の数を、正確に測れる目の良さ。水の中で数時間、息を止めることができる肺活量など、以前よりもはるかに増した身体能力を見せつけられた。

 その凄まじさを目にした者は、一体、それほどまでの力がなぜ必要なのか、何を相手にするつもりなのか、と尋ねたほどだったらしい。


 やがて、九つのうち八つを終えた頃には、彼らは並ぶ者なき偉丈夫と化していた。知識のある者は、かの者たちの器官系のうち、八つが超人の域に達したと判断した。残る一つは……生殖器系。

 九つ目はおそらく、その器官の強化。ここを終えれば無双の力を得られる。

 そう家族に語って、彼らは出発した。彼らはこれまでも出発前に、十日で戻ると家族に告げ、事実その通りに帰って来ていた。


 しかし十日が二十日になり、ひと月になっても、彼らのうちの誰一人として音沙汰がなかった。

 家族たちの嘆願と情報により、捜索が行われる運びになったが、話に聞いた目的地になかなかたどり着くことができない。というのも、あると聞いたはずの山がなく、霧深い湿原がそこには広がるばかりだったんだ。

 更にその霧の中から、無数の赤子の鳴き声が聞こえてくる。それは人のようでありながら、犬のような、猫のような、もっと違う何かにも感じられたという。

 

 不気味さもあって、一度は退いた捜索隊だが、今度は霊験あらたかな寺の住職を伴い、かの地へ向かった。

 住職がお経を唱えると、霧も湿原も消え、そこには、荒々しくとがった小石があちらこちらから飛び出した地面。そして、山伏の衣装の切れ端を身につけた、あられもない姿の女たちらしきものが転がっていたんだ。

「もの」というのは、その女たち。女であることを示す部分以外は、顔も体つきも、いなくなった男たちそのままだったからだ。

 彼ら、いや彼らだった彼女らは、捜索隊に負ぶわれてその場を去ったが、このひと月あまりの間に何があったかについては、頑として口を割らなかった。

 ただ、彼らの背中をあざ笑うかのように、あの何者ともつかない赤子の鳴き声が叩きつけられるように浴びせられたという。

 最初に彼らを案内した山伏の姿も、二度と目にする者はいなかったという。


 のちに住職は語る。

 九つ目にあたるというあの場所で、あやつらは生み出されたと。その誕生に耐えうる身体を得させるため、「母になるべきものたち」に、前もって八つの場所を巡らせたのであろう、と。



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