サプライズ期待
リーグ戦も折り返しが見えてきた14節。アガーラ和歌山は、ホームスタジアムの紀三井寺陸上競技場にて、ジェミルダート尾道を迎え撃つ。その会場は、にわかに色めきたっていた。
それはバックスタンドに座ったあるサポーターの一言だった。
「おいあれ!メインスタンドの貴賓席、あれ四郷監督じゃね?」
オペラグラスを手にしたそのサポーターは、誰かに聞かせるように、あえて大袈裟に騒ぐ。一人、また一人とそのわざとらしいぼやきにつられて、そこを凝視する。しかし、それは本当だった。揉み上げから顎にかけて豊かな髭を蓄え、まるでライオンのような風貌をしているサッカー日本代表の指揮官は、遠目からでもよく分かった。
しかし、その状況で、やけに冷静な輩もおり、動じた様子もなく平然と言った。
「別に不思議やないやろ。ここにゃあ日本代表のエースストライカーとキャプテンが試合に出るんやで?主力に据えてる選手の試合を直々に見に来るんらむしろ普通ちゃうか?」
この情報、お忍びでもないので当然選手たちにも事前に知らされていた。これに色めきたっていたのは桐嶋である。
「カズ、お前わかりやすすぎるぞ」
ピッチでのウォームアップ中、いつもより飛ばし気味の桐嶋を見て、今季はじめてスタメン入りした栗栖は苦笑した。
「うるさい!俺はまだまだ代表はあきらめちゃいねえ!今日こそはゴールを決めて、逆転滑り込みだ!」
「まあ、カズみたいなスピードがある選手はいないからな実際。サプライズはありえない話じゃないしな。ただ、俺もまだあきらめちゃいないよ」
そこに割って入ってきたのは天野だった。確かにあながち見当違いではない。現在の日本代表のレギュラー争いにおいて、やや停滞している感があるのはゴールキーパーだ。唯一の海外組であるベテランの川城や、国内組の浦和・西山はパフォーマンスが停滞ぎみで、ガリバー大阪の東内は味方との接触プレーで骨折。一方で、同世代の友成や渡が成長著しく、天野自身もひけをとってはいない。普段は温厚でこう言った意気込みを明確に発することは少ない天野も、内心はかなりギラついていた。
そんな二人と会話を交わしたあと、栗栖はふと臨戦態勢の背番号9に目を移した。
今現在、和歌山に所属する選手の中で、剣崎と最も長い付き合いなのはこの栗栖だ。ユースはもちろんそれよりも前、幼少の頃からの幼馴染みであり、サッカーを始めたのも同じ時期だ。粗削りだった剣崎と違って早くから頭角を現し「紀州の神童」と呼ばれた頃もあった。ユース年代でも代表に呼ばれ、プロ入り後も司令塔として、特に剣崎とのホットラインで多くのゴールを生み出してきた。
しかし、ここ数年は自身の故障や新戦力の移籍、台頭もあってフリーキックの精度はさび付いてはいないものの影が薄くなった。今シーズンも、チーム内の争いすらなかなか勝ち抜けない状況が続く。
「まあ、日本代表が見えてるやつはうらやましいね。そこに混ぜてもらえるなら、足を引っ張らないことだけは意識するかね」
自分の思いを胸に、栗栖は一つ深呼吸をした。
さてピッチ上。スタジアムにはスタメンのアナウンスがこだましていた。まずはアウェーチーム、尾道のオーダー。
スタメン
GK1種部栄大
DF12茅野優真
DF2円山青朗
DF20讃良玲
DF15西東良福
MF8中原城吾
MF10亀井智広
MF19河口安世
MF13奈古一平
FW11野口拓斗
FW9荒川秀吉
開幕当初、あれこれメンバーを模索しつつ、一部選手の故障や不調などもあってやや停滞していた尾道だが、最近になってベストと言える陣容が整っている。不動の守護神・種部の前の最終ラインは4バック。ハードワーカー円山と群を抜く身体能力を誇る若手の讃良がセンターバックコンビを組み、サイドバックは右に攻撃自慢の茅野、左に守備に秀でた西東。中盤はキャプテンを務める生え抜きの10番亀井とパサーとしての能力が高い河口が中央に陣取り、右にはベテランの中原、左にはエネルギッシュなガッツマン名古がつく。前線はかつて和歌山でもプレーした大砲野口と、老いてなお血気盛んな荒川の2トップ。年齢、能力、コンディション、どれをとっても絶妙なスタメンとなっていた。
「スカウティング通りだな。向こうは右サイドが攻撃の要になるだろうな。特に中原のゲームメイクはやっかいだ」
ベンチに腰かけて腕を組んでいた松本監督は、展開をそう予想する。だが、その隣で宮脇コーチもほくそ笑む。
「だが、今の俺たちだって破壊力って点じゃ負けちゃいない。それに、今日は布陣がいつもと違うんだ。そのミスマッチに戸惑ってもらおうじゃねえか」
そう。これまでの和歌山の基本布陣は4-4-2だった。だが、松本監督は作戦を模索する中、最近は3バックや1トップを試している。そしてこんなオーダーで迎え撃った。
GK1天野大輔
DF2猪口太一
DF3内海秀人
DF20外村貴司
MF10小宮榮秦
MF8栗栖将人
MF15ソン・テジョン
MF7桐嶋和也
FW16竹内俊也
FW13須藤京一
FW9剣崎龍一
最後尾の天野はおなじみだが、最終ラインは3バックを選択した和歌山。小柄ながら屈強な猪口に、日本代表のキャプテンと務める内海、空中戦に絶対的な自信を持つ外村が並ぶ。中盤は小宮と栗栖のダブルボランチに、両翼は右にソン、桐嶋が左。この二人は『サイドハーフ兼ウイングバック』という感じ。そして『怪物』剣崎が1トップにそびえ、2シャドーは同じく日本代表の竹内と、絶好調の須藤が組む。尾道のヒース監督は眉をひそめた。
『ニシオカはベンチにも入っておらんのか・・・。中盤の組み合わせも妙だな。コミヤの相方でまさかクリスがくるとは思わなかった。彼は今日の和歌山の中では最も運動量を欠くタイプだが、どういう意図があると思う?』
『うむ・・・。あり得るとすれば、ケンザキやタケウチの攻撃力をより引き立たせる、というところだろうか。しかし、立ち上がりは苦労するかもしれんが、あのボランチの組み合わせで守備力は決して高くない。付け入るスキはあるだろう』
参謀役のアーサー・セントジョンアシスタントコーチともども、栗栖の起用は測り兼ねた様子だが、何かしらの雰囲気を感じ取っていた。
そしてキックオフの笛。センターサークルから剣崎がボールをけり出し、試合は始まった。