眠らぬ怪物
低調な内容に終わったフランス遠征から帰国した剣崎、竹内、内海の三人は関空につくやいなやそのまま和歌山に戻り、翌日には全体練習に合流した。
「お前らいいのか?そんなすぐに動いて。時差ボケとかあるだろ」
気遣って松本監督が休養を進めるが、内海は首を振る。
「大丈夫ですよ監督。確かに俺たちは今のところは代表のレギュラーですけど、リーグ戦で動けるところを見せとかないといけませんから。俺たち以外に代表に呼べるような選手も実際いますしね」
「特に僕や剣崎のようなFWの選手は得点という明確な結果を生み出すか絡むかしておかないとね。次のリーグ戦、フル出場行けるように身体作りますから」
そういって竹内も笑顔を見せた。
何より、リーグ戦での巻き返しを誓っていたのは、他ならぬ剣崎だった。
時系列はフランスの地で最後の夜にさかのぼる。夕食ビュッフェでいつものように山盛りの食事を胃袋に流し込んでいると、剣崎の座るテーブルに西谷がやってきた。
「相席いいか?」
「んあ?別にいいけど?珍しいな、アツが俺んところに来るなんてよ」
かつて同じ和歌山でプロとしてのキャリアをスタートさせ、一足早く海外に舞台を移して、常に結果を求められるFWというポジションで明確な結果を残し続ける西谷は、和歌山時代はもちろん、こうして代表でプレーしている時も、自分から剣崎に声をかけることは少なかった。
だが、席につく前から西谷は苛立っていた。そして開口一番、剣崎をくさした。
「無様なもんだな。エースって呼ばれてるわりには、この二試合はロクな仕事できてなかったな」
「なんだよ・・・。友成みてえな毒吐きやがって。悪口言うなら後にしろ。メシがマズくなる」
「そうはいかねえな。こっちは本場のヨーロッパでいつ首切られるか分からねえなかで、死に物狂いでプレーしてる身としては、『ぬるい』日本にこもってる怪物が不甲斐ないと反吐がたまるんでな。帰る前に吐き出さないとクラブでのパフォーマンスに影響が出んだよ」
西谷の言いように、剣崎の手が止まる。そして西谷と目を合わせる。お互いに火花が散りそうな鋭い眼光をしていた。
「・・・相変わらず、『愛国心』の強い奴だな。Jリーグをバカにされんのがそんなにムカつくのか?」
「ったりめえだろが。てめえ、分かっててなんでんなこと言うんだよ。てかそれだけ言いに来たのか?」
剣崎から徐々に殺気のような雰囲気が漂うが、西谷はひるむことなくふんぞり返る。
「まあ、半分正解・・・か。実際、言おうと思ったのはさっきだしな。ただ、今回のお前には歯がゆさがあったからぶつけときたかったんだよ」
「歯がゆい、だと?」
「お前さ、確か言ってなかったっけ?『Jだけでも世界を相手にできる選手になれる』って。まあ、単細胞だから覚えてないだろうが、そういうニュアンスは常に言ってるし、そういうスタンスでやってるよな。・・・だったら、いつも海外組がかき消されるぐらいのパフォーマンスを常に見せてくれねえと困るんだよ。まだまだ日本人の評価は、世界の舞台じゃ良くて下の上。特にFW、『ストライカーは存在しない国』として見られて、常に安く買いたたかれがちだからな」
「何が言いたいんだ?小難しいこと言われても、俺にゃわかんねえぞ・・・」
「・・・そりゃそうか。だったら言っとく。『結果出せ』。お前は今の、いや日本の歴史上でただ一人と言っていいぐらいの才能を持ってるんだ。ドイツどころか、チャンピオンズリーグに出るレベルの欧州クラブを見渡しても、お前と同程度の選手は片手で数え切れるぐらいしかいない。現地で見てて実感すんだよ。だからJリーグやアジアのクラブ同士の試合だったら、無双が当たり前でねえと困るんだよ。・・・同じピッチでプレーした身としてはな」
「アツ・・・」
「もっとJを蹂躙しろ!戦う前からひるませろ!そんで日本代表で同じようなことをやってくれよ!!ロシアで俺らが戦えるかどうかはお前次第なんだぞ!!」
長らく自分を敵視しながら実力を高めるためにもがき、今は日本人でもトップクラスのFWとなった西谷からの激励に、剣崎が燃えないわけがなかった。
まずその脅威にひれ伏したのは磐田だった。敵地に乗り込んだ和歌山のスタメンは次の通り。
GK1天野大輔
DF4エデルソン
DF2猪口太一
DF3内海秀人
MF15ソン・テジョン
MF17近森芳和
MF10小宮榮秦
MF22西岡陵眞
FW16竹内俊也
FW7桐嶋和也
FW9剣崎龍一
この試合、松本監督は最終ラインを3バック、前線を1トップ2シャドーというシステムを形成。この布陣において、最前線に立った剣崎は、持ち前の身体能力をもって磐田の守備陣に圧力をかけた。
「うおうりやあっ!!!」
ゴール前の空中戦、磐田の屈強なブラジル人センターバックとの競り合いに、剣崎は雄たけびを上げながらことごとく競り勝った。バイタルエリアで体躯の強さを見せつけて守備陣形が乱れたところを、桐嶋や竹内がドリブルで切れ込み、シュートを打つ。そして時には自ら強引に仕掛けてシュートを打つ。日本人、いや人間離れした剣崎の馬力に、、磐田の正GKでポーランド出身のカデンラスキーは背筋を凍らせた。
(こいつ、相変わらずすごい・・・。来日前に噂には聞いていたが、会うたびに化けてやがる・・・)
前半、剣崎が最前線でつぶれながら確実にポストプレーをこなすことで、桐嶋と近森がゴールを挙げて折り返す。後半に入っても剣崎の猛威は止まらず、小宮のキラーパスに鋭く反応。ネットを揺らして試合を決定づけた。
今の剣崎は、西谷の言うように、Jリーグを蹂躙できるポテンシャルを持っており、実際した。
第7節ホームでの湘南戦、第8節アウェーでの鳥栖戦、さらに第9節の名古屋戦も勝利した和歌山。スコアは2-0、3-0、3-1といずれも相手を圧倒。フランス帰りの剣崎は、リーグ戦4連続ゴールを決めてみせたのだった。