あっという間
ACLでは苦戦を強いられた和歌山だが、リーグ戦は好調を維持していた。
第三節の札幌戦は竹内の2得点で完封勝利。続く第四節の柏戦は、先制を許したものの、剣崎と緒方のゴールで逆転勝利を挙げた。
日本代表の主力である剣崎と竹内の両エースに、キャプテンでもあるDF内海は、この二試合もスタメン出場。チームを牽引し続ける。そして間もなく、日本代表に招集され、W杯本戦に向けた強化試合のために、フランスの地に飛んだ。現地ではマリとウクライナの両国と戦う。
和歌山にとって絶対的な三人が不在の中、リーグ戦は第五節を迎える。相手は今季好調の広島である。敵地に乗り込んだスタメンは次の通り。
GK1天野大輔
DF20外村貴司
DF2猪口太一
DF4エデルソン
MF17近森芳和
MF24根島雄介
MF15ソン・テジョン
MF10小宮榮秦
MF22西岡陵眞
FW33村田一志
FW7桐嶋和也
「カズ…。お前気負いすぎてないか?」
「ああ?」
試合開始前。整列したチームメートを見渡した時、猪口は表情を強張らせていた桐嶋が気になり、声をかける。返事にはそれが間違いでないと感じさせる感情がこもっていた。
「あんまり意気込みすぎるなよ。もっと肩の力を抜けよ」
「そりゃ無理だグチ。剣崎らがいない今結果残さねえと。それに俺、まだ代表あきらめてねえからな!」
聞く耳もたずといった感じの桐嶋。しかし、猪口は声をかけた。
「ゴールは意気込めばいいってものじゃないだろ?冷静さは忘れるなよ」
序盤、桐嶋の気負いは、懸念通り悪い方向に出る。村田のポストプレーからどフリーの状態でシュートチャンスを迎えたが、放った一発はクロスバーに嫌われ、再度訪れたチャンスでのシュートはポストに嫌われた。いつもの桐嶋ならすでに2点をとっていたであろう展開でノーゴール。桐嶋の気持ちはボッキリとへし折れた・・・と思われた。
だが、それでも先制点を挙げたのは和歌山。あえて相手に囲まれた位置でボールを受けると、そのまま強引に突破を図る。そのうちに足をかけられてペナルティーエリア内で倒され、PKを獲得。これを小宮がきっちりキーパーの逆を突いた。
「フン。路傍の石の分際で、ちょっとは考えたな」
「るせぇっ!今日はシュートの日じゃねえって分かったから、ドリブルに切り替えただけだ!」
小宮の毒づきに、桐嶋はそう言い返す。猪口は目を丸くした。
(すごい切り替え方だな・・・。まあ、自分を分析して適した動きができるってことは、冷静だってことだからな)
この日、桐嶋は無得点に終わったものの、攻めではバイタルエリアをドリブルで仕掛け続けて相手の守備を揺さぶり、守備でも前線から積極果敢にプレスをかけて、相手の反撃の出鼻をくじき続けた。小柄ながら無尽蔵のスタミナと驚異的なスピードを誇る、彼らしいプレーを90分続けてみせた。
ただ、試合は後半にセットプレーの一瞬の隙から失点。1-1の引き分けに終わった。
「結局お前のせいで負けたな。これじゃあ代表は無理だろ」
「ぐっ・・・。つ、次はゴール奪えばいいんだよ!」
小宮の毒づきに、桐嶋はぐうの音も出なかった。
さてそのころ、フランスの地にて親善試合を戦う日本代表。和歌山から選出された三人は、マリ戦とウクライナ戦の両方にスタメンでプレーしていた。しかし、マリ戦は開始10分もしないうちに、イングランドでプレーするFW薬師寺秀栄のセンタリングを剣崎がボレーで押し込んで先制したのだが、1分もしないうちに中盤でボールをあっけなく失ってそのまま同点に追いつかれてしまい、その後はシュートがほとんど入らないまま試合が終わってしまった。
そして続くウクライナ戦は、前半こそ無失点で折り返すも、後半開始早々に先制を許し、反撃が実らないまま時間を浪費していた・・・・。
「後半ラスト!!絶対取るぞ!!」
そして後半アディショナルタイム。コーナーキックのチャンスを前に、キャプテンマークを巻く内海が味方をそう鼓舞する。ウクライナのゴール前には、キーパーの友成を含めて日本のイレブン全員が集結。ボールをセットするのは、ドイツでプレーするボランチ、南條淳だ。そして南條は左足を振り抜き、芋を洗うようにごった返すバイタルエリアにボールを打ち上げる。まずはファーサイドの剣崎がヘディング。相手キーパーのセーブに弾かれると、こぼれ球に詰めたのは薬師寺。しかし、今度は味方に当たってさらに跳ね返る。そのボールを、攻めあがっていたGK友成が右足を振り抜く。ロングシュートはキーパーの正面を突いていたが、イタリア・セリエAでプレーするFW西谷敦志が直前でコースを変える。これが相手DFに当たってオウンゴールとなった。
「よっしゃ!まだ行くぞ!・・・って終わりかよ、くそ」
その直後に試合終了のホイッスル。ゴールの中からボールを拾い上げてセンターサークルに走ろうとした剣崎は、憮然とした表情でボールを叩きつけてた。
ロシアW杯の本番を想定した親善試合は、内容に乏しいものだった。四郷監督率いる日本代表は、選手の俊敏性と高速パスワークで相手を翻弄するサッカーをその土台としていたが、メンバーを固定して戦うために、主力選手のコンディションが結果に直結しやすい。招集のしやすさや、連携重視のため国内組を軸として戦ってきた弊害が、この遠征では現れたといえた。
選手個々で言っても、海外でプレーする西谷、南條、薬師寺が得点に絡んだ以外はめぼしさがなく、国内組に至っては得点を挙げた剣崎すら二試合で合わせて7本の空砲を打つなど消化不良極まれりといった内容だった。
「今回のフランス遠征は、これまで中核を担ってきた国内組の不出来が目立ちましたが…」
試合後の記者会見にて、日本の記者からは四郷監督に向けて厳しい質問が飛んだ。
「そういうケースは往々にしてある。彼らは普段から優勝争いをするクラブで主力を担っているわけだ。ならば疲労も溜まるし、代表への影響も少なからずある。だが、乏しい試合が続いたが破綻したシーンはほとんどない。連携のとりやすい国内組の利点は十分機能していたから、それほど深刻ではない」
対して四郷監督は淡々と返す。だが、別の記者がさらに噛みついてくる。
「しかし、選手の質が物を言う一対一の状況では優位に立てていませんし、ここ最近は海外組で活発な選手はいます。今回の薬師寺のように欧州で戦っている海外組をもっと招集すべきではないでしょうか」
「別に私は海外組を毛嫌いしているわけではない。この遠征では日程の関係で呼べない選手が多かった。その中で招集が叶ったのが薬師寺であったまでだ」
「では、この二試合を総括した折、FWの序列が変化することはあるのでしょうか」
この質問に、会見の場はしばし沈黙に包まれる。四郷監督は、わずかに眉を動かしたのちにこう言って会見を締めくくった。
「…それは本大会までの出来次第だ。結果が出ないのであれば、多少の変化はあり得る。この遠征で結果を出した者はそれを保ち、出せなかった者は気持ちを切らさずに向上に努めてくれると信じている」
「まあ正直…この二試合の出来はひどかったっすね。ゴールがあっただけマシか」
一方で剣崎。翌日のリカバリートレーニング後の囲み取材で、肩を落としていた。
「リーグ戦やACL、さらには代表と。疲労の蓄積もあったんじゃないですか?」
「どうなんすかね…。まあ、自分じゃそういう自覚はないんすけど、思った以上にシュートが上手くいかなかったってことは、なんか知らねえうちにたまってんのかも知んないっすね」
いつになく弱音を吐く剣崎に、囲んでいた記者たちは拍子抜けした。自分の不甲斐なさがよほどこたえたのか、ここまでマイナス発言を連発したことはなかった。
さすがの怪物も、初めてのW杯を前にナーバスになっているのか?そんな疑問が記者たちの頭に浮かぶ。
だが続けて言った一言にこそ、剣崎の本心が滲んでいた。
「まあ。もっかいJで暴れ直して、本番にむけてテンションあげるだけだ」
帰国の途についた日本代表は、またしばらく国内の戦いに精を出す。