去年の貯金
ACLでの戦いもそこそこに、いよいよJリーグも開幕の時を迎えた。昨年限りでJ2降格の憂き目を見た、甲府、新潟、大宮に代わり、J1昇格を勝ち取った湘南、長崎、名古屋を加えた18クラブが、今年も日本サッカー界の頂点を争う。アガーラ和歌山はその日を敵地に乗り込んで迎える。相手は日本での監督経験が豊富で、攻撃的サッカーを志向する、ブラジルの老将レビン・クビル氏を新監督に迎えて再起を図るガリバー大阪である。かつては関西の雄としてアジアの頂点にも立ったことがあるガリバーだが、ここ数年は戦力に似つかわしくない順位に甘んじ、昨年は10位に終わった。新進気鋭の和歌山は彼らにとって、覇権奪回を果たす上での目の上の瘤である。
「…というのが、この試合を迎える上でのうちの評判らしいな」
大阪、吹田に向かうバスの中。サッカー専門新聞Jペーパー改め「ドッピエッタ」を手に、竹内が試合のレビュー記事に目を通して一言もらした。
「まあ、間違っちゃねえだろ。結木は横浜に行っちまったけど、A代表四郷ジャパンの得点源と守備の要がいるんだぜ?対してあちらさんは代表クラスが伸び悩んで、若い主力の海外移籍が続いて戦力も不安定。活きのよさが違うぜ」
そう言って、天野が自信を表すように笑みを浮かべた。
「おだてられるのは悪いしないけど、ちょっと露骨な感じもするな。実際うちとあっちじゃ、選手層の厚みが違いすぎる。まだまだ上回ってる実感はないよ」
「そういう謙遜があるのならまだまだうちは大丈夫だ。勝敗を分けるのは、ここ最近の実績でも積み重ねた歴史でもない。当日の結果だ。まずは、試合に集中だ」
内海のキャプテンらしい一言で場は締まった。ただ、バスの最後尾では、剣崎が大いびきをかいて寝ていた。
和歌山の開幕スタメンは以下の通り。
GK1天野大輔
DF15ソン・テジョン
DF4エデルソン
DF3内海秀人
DF22西岡陵眞
MF24根島雄介
MF2猪口太一
MF10小宮榮秦
FW16竹内俊也
FW9剣崎龍一
FW7桐嶋和也
結論から言う。試合は和歌山の完勝であり、終了直後の吹田スタジアムは、スタンドの8割強を埋め尽くしたガリバーサポーターの大ブーイングがこだました。
立ち上がりこそ中盤の攻防で互角の展開を見せていた両者だったが、小宮が桐嶋に対して通した一本のキラーパスがすべてを決めた。ギリギリのタイミングでガリバー守備陣の背後をとった桐嶋の動き出しと、小宮が放ったパスのコースとタイミングがどんぴしゃり。ボールが通った瞬間にキーパーと一対一となった桐嶋は、間合いを詰められる前に左足一閃。ニアのポストをかすめたがボールはネットの中に無事収まって先制点を挙げた。さらに試合再開直後、相手のMFがまさかのパスミス。根島がもらったボールをすぐさま右サイドに展開し、竹内が相手を交わしながらペナルティーエリアに侵入。この時に相手の足がかかって倒されPKを獲得。キッカーは竹内自身が務めて、落ち着いてキーパーの逆を突いた。そして後半開始早々、立て続けにコーナーキックのチャンスを得ると、内海がヘッドで、そして剣崎がオーバーヘッドで叩き込み突き放す。時間の経過に合わせて交代枠を守備固めに充てる余裕のベンチワークで、新シーズンのオープニングゲームを、4-0の圧勝劇で飾ったのだ。
勢いに乗った和歌山は、次節のホーム開幕戦。紀三井寺陸上競技場でのAC東京戦も暴れまわる。
スタメン
GK1天野大輔
DF15ソン・テジョン
DF20外村貴司
DF4エデルソン
DF22西岡陵眞
MF8栗栖将人
MF10小宮榮秦
MF16竹内俊也
MF7桐嶋和也
FW9剣崎龍一
FW6垣澤暁
立ち上がりこそ拮抗した展開だったものの、桐嶋の個人技から先制点を奪う。左サイドでボールを受けると、バイタルエリアに向かって強引なドリブル。相手を惹きつけるとすかさず折り返し、垣澤が流して最後は剣崎が押し込んだ。ハーフタイム直前にセットプレーから同点に追いつかれたが、慌てることなく後半はむやみに仕掛けず相手にボールを持たせて出方を伺い、最後は栗栖の意表を突いたインターセプトからのロングシュート。これはキーパーは気づいて何とかはじき出すが、しれっと小宮が詰めており勝ち越し。直後には栗栖がフリーキックのキッカーを務めて、それを直接放り込み3-1で突き放した。
「まあ、開幕戦と言い今日のホーム初戦と言い、まずまずの戦いができていると思っています」
試合後の会見で、松本監督は冷静に試合を総括した。
「ただ今は去年までの貯金で勝っている感じ。試合を重ねるごとに確実に練度を上げて、秋になっても同じような戦いができてないといけない。引き続き、選手たちを鍛えて、僕ら首脳陣もサッカーを勉強して、進化を続けたいと思ってます」
国内でのリーグ戦で上々のスタートを切った和歌山。だが、その裏で、実は苦戦も続いていたのであった。




