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ファーストシュートの明暗

「さ~て、始まっちゃいましたね監督。あちらさん、意外と普通な人選でしたね~」

 キックオフ直後の日本代表ベンチ。四郷監督の右腕である叶宮コーチがにやつきながらささやいた。


 コロンビア代表は、プレミアやセリエなど欧州のトップクラスで活躍する選手を揃える。中でも10番を背負うラモン・ドミンゲスは要注意人物して四郷監督もリストアップしていた。ただ、所属クラブではここ最近コンディションが上がらず、スタメンは当落線上であった。

 そして試合当日、コロンビア代表首脳陣らは、ドミンゲスをはじめ実績のある選手のうち、コンディションの良しあしに関わらず、全員をスタメンでそろえてきたのであった。

「もう少しコンディション重視で来るのかなと思いましたけど、ベタに来ましたね」

「ただ、『名前』で我々に挑んでくるのなら、いささか勝機はある。まずはどれだけ食らいつけるか・・・だが」



 だが、ベンチの思いとは裏腹に、日本対コロンビアの一戦は、開始から5分もしない内に山場を迎えていた。中盤でボールを組み立てようとしたところ、コロンビアのボランチ、ゴメスが鋭いスライディングでこれをカット。前線にスルーパスを通す。これを受けたFWドミンゴ・ゴンザレスが仕掛けた。抜かれたらそのままキーパーとの1対1になる。


「くそ、いきなりやらせるわけには!」

 すぐさまセンターバックの吉江が対応。チャージをかけてゴンザレスを揺さぶりにかかる。ところが、ゴンザレスはいきなり脱力。吉江はそのまま勢い余り、ゴンザレスを押し倒す形になってしまった。それも、よりによって背後から。笛を吹きならして日本サイドのペナルティーエリアに駆けつける主審には、“吉江がゴンザレスを押し倒した”ようにしか見えず、そしてそう判定されてPKをコロンビアに与えた。


(ちっ、うかつだったな・・・)


 同情の余地がないわけではないが、百戦錬磨の吉江にしてはあまりにも軽率な対応だった。だが、肩を落としていた吉江が顔を上げると、主審は信じられない動作をしている。


 赤いカードを高々と掲げ、吉江にピッチから去るように命令している。まさかの一発退場だった。


「そっ、そんなバカな!」

「なんでだレフェリー!赤出すようなプレーかよ!」


 驚きを隠せない吉江をはじめ、日本代表の選手たちが次々とイタリア人の主審に詰め寄る。しかし、主審は意に介さず、黙々とメモをとりつつ抗議を受け流す。一方でコロンビア代表の面々は、願ってもない先制のチャンスに、それを得た喜びを分かち合っていた。


 そんななか、日本代表のゴールマウスを託された友成は、給水ボトルから水を口の中に注ぎ、ブクブクとゆすいだ後にピッチに吐き出し、手にしたボトルをゴールポスト側に放り投げた。


「やれやれ、世話がやける上にみっともねえな。どう抗議したところで覆らねえよ。映像判定も聞いた上でこれなんだからよ。そもそも、レフェリーって人種は、自分の下した判定をそうそう変えやしないし、異議を唱えたところで余計なカードもらうだけだ。あきらめてすっこめ」


 仲間に対して塩をまくような、それでいてもっともな意見に、日本代表の面々は抗議をやめ、吉江は腕に巻いていたキャプテンマークを内海に手渡し、「悪いな。あと、頼むな」とささやいてピッチを後にした。その間、四郷監督は南條を呼びつけ布陣の変更を指示する。


 そしていよいよPKの時となり、コロンビアのキッカーは看板選手のドミンゲスだ。世界的プレイヤーで欧州での所属クラブでもその役割を任されているドミンゲス。降ってわいた先制点のチャンスに、サポーターはすでに得点を確信しているように喚く。だが、友成はむしろこの絶体絶命的な状況を、嬉々として楽しんでいた。


(ククク。こうも早くこの状況になるとはな…。この数か月、親善試合欠場して徹底的にPKキッカーの研究をしたかいがあるってもんだ)


 そう、友成がW杯の本戦を前にして強化試合をすべて欠場していたのは、試合の時間すらつぎ込んで、グループリーグで対戦する三カ国のセットプレーのゴールシーンを、徹底的に研究しているためだった。キッカーの特徴や傾向を体にしみこませていたのである。なぜそうするかというと、セットプレーは重要な得点源であり、時として試合の流れも左右するものだからだ。日本のような格下が上位国を破る常として、キーパーの獅子奮迅ぶりは欠かせないのであるが、友成はそれを果たすべく相手のセットプレーをすべて台無しにしてやろうと、これに明け暮れた。PKのシーンの研究だけで、再生プレイヤーを1台葬っている。


(ラモン・ドミンゲス、ここ数年コロンビアのPKは全部こいつが蹴っている。利き足は右、キッカーが本能的に蹴りやすい『ナチュラルゾーン』は、対峙する俺から見て右側だ)


 ゴールラインに立つ友成は、目を閉じて深呼吸しながら、頭に叩き込んだデータをアウトプットする。


(こいつのルーティーンは、主審が笛を鳴らした後、2秒後に二度足踏みしてからゆっくりと助走に入る。そしてキーパーの動きを見ながら蹴る方向を決めるわけだが・・・、その方向に癖がある。右足の振りかぶりが小さいときは、インサイドキックで俺の左側を狙い、スパイクが見えなくなるほど振りかぶりが大きいときは俺の右上を思いっきりついてくる。ほとんど真ん中、キーパーの正面には蹴ってこない。特にリーグ戦にしろこういう大会にしろ、『その舞台での一番最初のキック』は一度も真ん中を蹴ってない。4年に一度の大舞台だ。こういうシチュエーションじゃ、どういう選手だってリスクよりも確実性を重んじる)


 ピー・・・。主審の笛が鳴る。そして、それから確かに2秒の間があって、ドミンゲスがステップを踏んでから助走をつける。そして、右足を小さく振りかぶった。ボールが放たれると同時に、友成はボールが飛んでくる方向にドンピシャリに飛ぶ。ドミンゲスの唖然とする顔が見える。友成はボールをはじくのではなく、がっちりと抱き留めたのだった。


 完璧に読んで、はじくのではなく、抱き留めたのである。驚きの絶叫がスタジアムにこだまする。友成はすかさず立ち上がり、前線へボールを投げ放った。


「絶対決めろ!!!」


 友成の強肩がフルに発揮されたロングスロー。ボールはやや前がかりになっていたコロンビアDF陣の背後を突き、それを竹内が拾った。ほぼ無人の右サイドをドリブルで持ち上がる竹内。中央には剣崎と、それを追いかける相手CBが並走。剣崎が若干前を行く。そして叫んだ。


「トシッ!!来やがれっ!」


 竹内はにやりとする。


「ああっ!行ってやるさっ!」


 スピードに乗ったままライナー性のクロスを放つ竹内。それに剣崎が、飛び上がりつつ、バイシクルシュートでダイレクトボレーを放つ。そして、唖然と立ち尽くすキーパーの後ろで、ゴールネットを揺らした。


 絶体絶命のPKからの電光石火の先制点。


 これが日本代表、快進撃の号砲だった。

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