知らしめたはいいが
四郷監督が極秘会談を行っていたころ、ピッチでは選手たちがミニゲームや個人技練習で汗を流していた。現時点では大きな故障を抱える選手はなく、全員が同じメニューをこなしていることは、マスコミに報道されていない、あるいは大きく扱われていないことだが、日本代表のコンディションは結果に反して良好であった。
ただ、結果が出ていないことに対しての危機感は選手側にもあり、特に守備陣で経験の浅い小野寺や降谷は悲壮感すら漂わせていた。そんな二人を、リオ五輪でもチームメートである内海が幾度となく励ました。
「小野寺、降谷、そう硬い表情をするなって。失点はお前たちの責任じゃないんだからよ」
「んなことは分かってるけどよ…。実際、ここまで複数失点で連敗してるとなるとなあ…」
「デラはまだいいさ。俺なんか、守れてるって実感すらなんだよ。なんで俺代表に呼ばれたんだって今でも不思議でしょうがねえよ」
「まあ、取られてしまったものは仕方ない。過去は返られないから、あとは切り替えていくしかない。それに、まだ親善試合での失点だ。特にシンゴは肌で世界を感じていれば十分だよ」
とはいっても、内海にも少なからぬ不安はある。四郷監督の意図を図りかねていたのである。
(しかし監督は、ここまで戦い方をひた隠しにしなくてもいいのに…。さすがにこれじゃあ士気が上がらないぞ?)
だが、FW陣はこの重い空気はどこ吹く風だ。
「そらっ!」
右サイドから挙げられたクロスを、剣崎はダイレクトボレーで叩き込む。決まった瞬間、自然と顔がほころぶ。
「う~し、今日も調子がいいぜ。次の試合どころか、本番始まってもゴールを決めれる気しかしねえや」
その目の前で、今度は薬師寺がシュートを打ち、これも決まる。そして薬師寺は剣崎に言う。
「それは俺も同感だ。となると、W杯の得点王を狙うとしようか」
「お、いいね薬師寺。俺が1位でお前が2位だ」
「いや逆だ。俺が取る」
「はあ?俺だっての!」
「俺だ」
「俺だろ!!」
剣崎と薬師寺のやり取りを見て、竹内は笑い、西谷はあきれる。
「いいねえ、うちのダブルエースは。いい意味で浮かれきってる」
「あんなのに俺たちの勝ちを託さなきゃなんねえのかよ…バカバカしい」
「でも実際、日本代表が勝つには、あの二人にゴールをこじ開けてもらうのが一番手っ取り早い。俺たちはその決めそこないをしたたかに狙うか、あの二人をおとりにして出し抜くか。それぐらいの心づもりでいようぜ」
「おいおい竹内、ずいぶん腹黒いこと言うな」
「そうか?俺だって狙ってるんだぜ、得点王。世界に飛び出すにはいいアピールになる」
不意に漏らした竹内の野心に、西谷は目を見開く。
「ってことはお前、大会終わったら…」
「ああ。納得できるオファーがあれば、和歌山を出るつもりだ。今石さんには前から伝えてるし、年齢的にもそろそろチャンスがなくなり始めるころだしな。何もゴールに飢えてるのはあいつらだけじゃないよ」
さてそんなこんなで迎えたパラグアイ戦。日本代表はこんなスタメンを組んできた。
GK天野大輔
DF結木千裕
DF吉江麻央
DF降谷慎吾
DF永本佑太
MF内海秀人
MF南條淳
MF竹内俊也
MF西谷敦志
FW剣崎龍一
FW薬師寺秀栄
過去2試合と比べると、かなり安定感を感じられる編成となった。システムは四郷ジャパンのベーシックである4−4−2。最終ラインは降谷を除いてこれまでの主力を担ったメンバーで構成。中盤は南條と内海がダブルボランチを組み、竹内と西谷がサイドハーフに陣取る。2トップは最も決定力の高い組み合わせである。
しかし、日本の、特にマスコミサイドは、またも戸惑わずにはいられなかった。何せ、ここまで変則的な戦法を取り続けたところで、唐突にオーソドックスな戦術に戻ったのである。ならばパラグアイサイドの戸惑いもしかりである。
『日本を率いるキヨヒコ・シゴウは、テストマッチで一貫性のない戦いを続けているという。しかし、今日のメンバーはそれまでの戦いに回帰したものだ。お前たちも知ってるように、ヤクシジ、ニシタニは欧州でも活躍を続ける実力者だ。守備陣は油断することなく、確実に攻撃の芽を潰せ』
試合前、パラグアイを率いるドイツ人監督、ワルター・バウアーは選手たちにそう指示した。
しかし、試合が始まるや、パラグアイの選手たちは想像以上の猛威にさらされることになった。
「久々にやりやすい形だ。だったら、スカッと奪いにかかろうぜ」
キックオフから間もなく、右サイドでボールを持った竹内は、ピッチを切り裂くようなドリブルを見せてかけ上がっていく。4年後を見据えて若い選手や経験の浅い選手たちがスタメンに名を連ねたとはいえ、世界ランクでは格段に上のパラグアイを相手に竹内はそのテクニックを惜しげもなく拾う。そしてアタッキングサードに侵入するや、バイタルエリアへの仕掛けを匂わせる。
しかし竹内の選択はパス。受け手は、竹内と同じサイドでプレーし、たった今自分を追い越した結木だ。結木はボールをダイレクトで蹴りあげてゴール前へ。落下点には剣崎が相手DFと競り合いながら待ち構え、そして高く飛び、クロスをバックヘッドで逆サイドに流す。それを薬師寺が、角度のないゴールマウスの真横のような位置から、冷静に流し込んだ。
あっけなく先制点を奪ったその数分後、再び右サイドからチャンスを作る。結木が相手のパスをカットするとすかさず攻め上がり、竹内がそれに追走。結木から竹内へパスを戻すと、竹内はバイタルエリア前にパス。そこには南條が控えており、受けた南條は一拍呼吸をずらして、パラグアイの最終ラインの裏にスルーパス。オフサイドぎりぎりで抜け出した西谷が、キーパーをかわして追加点を挙げた。
四郷ジャパンのベストメンバーとベースのシステムに切り替えた途端の大爆発。パラグアイ代表の面々はもちろん、日本のマスコミと中継を見ていた日本のスポーツバーの店内は乱痴気騒ぎだった。
「はは、いい感じだ。やっぱお前らと一緒だと分かりやすくて最高だぜ」
「ケッ。それはこっちの台詞だ。お前みたいな単細胞だからこそ、やるべきことがはっきりしてるんだ」
剣崎の言葉に、西谷は眉をひそめつつも、そう言って笑い返す。実際、西谷は久々にやりやすさを感じていた。同じクラブで今なおプレーしている竹内は尚更で、この日の攻撃の場面ではほとんど顔を出し、相手にとって危険な存在であり続けた。
そして前半のアディショナルタイム、それまで攻撃に加わらず鳴りを潜めていた長本が、左サイドを突破しチャンスメイク。
「さーて、前半を気持ちよく締めようぜ!」
仕掛けた長本は右サイドへ大きく蹴りだす。大きく弧を描いたロングパスが竹内の足元に届く。竹内はそれをほとんどダイレクトでゴール前にクロスを放った。ニアの薬師寺が同じくダイレクトでヘディングを狙う雰囲気を見せ、相手DFが身体をぶつけてくる。しかし、薬師寺はそのクロスを頭で背後に流す。そこに剣崎がいた。
「おらよ!」
剣崎はそれをジャンピングボレーで叩き込んだ。駆けつけていた日本代表サポーターが大いに沸いた…が、直後にざわつきに変わる。剣崎をはじめ、日本代表の面々も血相を変えてゴール前に集まってくる。
薬師寺が、苦悶の表情を浮かべながら横たわっていた。




