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いきなり本番。それもアジアでの戦いで

 入団会見から僅か2日、アガーラ和歌山の選手たちは、沖縄に移動して一週間ほどの日程でキャンプを張った。いささか慌ただしい始動であったが、月末にACL本戦出場をかけたプレーオフがあるためで、新加入と既存選手との擦り合わせやコンディション強化に特化した一週間を過ごすことになった。


 その中で加入した5選手のうち、さっそくアピールに成功したのが、左サイドの切り札となるであろう西岡だった。

「せいっ!」

「ぬぐおっ!」

 サイドでの小競り合いで、西岡は竹内とマッチアップ。竹内のスピードに食らいつき、フィジカルの強さを活かして自由を奪う。そしてボールを奪うと、すかさず駆け上がる。

「やらせん!」

「甘いぜ」

「えっ!?」

 そこにソンが止めに入ったが、一瞬のシザースでタイミングをずらしてこれを交わす。そしてゴール前に鋭いクロスを打ち込み、これを垣澤がヘッドで押し込んだ。


「大したもんだな、あいつ。現役の日本代表と韓国の育成年代代表経験者をいなしたうえでアシストか・・・」

 キーパーを務めていた野本は、感嘆の声を上げる。

「ええ。すごいスピードとパワーですよ。かわすテクニックもそうですけど、身体の入れ方が上手い。あれだけ身体を強くぶつけているのに、レフェリーが笛を吹けないチャージですからね。攻撃に転じてからも早いですよ」

 内海も汗をぬぐいながらそれに同調する。そしてゴールを決めた垣澤も、自分の結果以上に西岡のプレーに唸る。

「あれだけ弾道が速いのに、まるで自分の頭に吸い付いてくるようにコントロールされてきた。うちのいい武器になりますよ、あのクロスは」



 さらに周囲の目を引いたのは、桐嶋であった。高校時代は鹿児島県下で西谷敦志(現イタリア・フィレンツェ)と2トップを組み、ストライカーとして名を馳せた。しかし、プロのキャリアをスタートさせた和歌山では左サイドバックを主戦場とし、ルーキーイヤーこそ地位を確立したが次第に出番を減らした。より前のポジションでのプレーを希望し、2015年に松本へ移籍。そこでFWとしてプレーする機会を得るや、鬱積うっせきさせていたストライカーとしての資質を開花させた。


「せぃっ!」

「うっ」


 今も天野との一対一の場面を制して、一呼吸早く放ったシュート。ゴールを決めた。その前には切り返しで交わす場面も見せ、その存在をアピールした。


 さてそうこうしているうちに、一発勝負のACLプレーオフ。対戦相手はタイの強豪・ブリーラムユニオン。かつては安パイと見られていた東南アジアのサッカークラブは、近年国内リーグの成長とともに実力をつけてきており、韓国や中東の金満クラブを破ることもあるなど侮れない相手となっている。


「普通にやれば日本代表選手を抱えている我々が負けることはない、そう見られていますけど一発勝負ですし、事前のスカウティングも含めて考察するとやられてしまう要素は十二分にある。それに少ないとはいえ人の出入りがあったばかりで基盤はあってもその上に立つ戦術の骨子はまだまだ出来上がっていない。まずは得点をすること以上に無失点でゲームを進めることを心掛けたい」


 試合が行われる和歌山のホームスタジアム、県営紀三井寺陸上競技場。そこでの前日会見で松本監督はそう述べて警戒を強めた。近年まれにみる寒波で余計に冷え込んだ試合当日の夜。和歌山は以下のスタメンとベンチ入りメンバーで臨んだ。


スタメン

GK1天野大輔

DF32三上壮一

DF3内海秀人

DF4エデルソン

DF22西岡陵眞

MF2猪口太一

MF17近森芳和

MF10小宮榮秦

FW16竹内俊也

FW9剣崎龍一

FW7桐嶋和也


ベンチ入りメンバー

GK25野本淳

DF20外村貴司

DF33古木光

MF24根島雄介

MF15ソン・テジョン

MF5緒方達也

FW6垣澤暁


 ゴールキーパーは今年も天野が不動。最終ラインはクラブの伝統とも言える4バックを採り、左サイドバックに注目の西岡が入った。中盤は猪口と近森のダブルボランチにトップ下小宮。前線は3トップを採用し、右竹内、左に桐嶋、センターには剣崎が入った。



「あ〜寒」

 一通りのセレモニーが終わり、キックオフ前に円陣を組む際、剣崎は思わず本音をもらした。


「まさかまだ1月に国際試合するとは思わなかったぜ。こうなるなら2位になっとくんだったな〜」

「試合前にそういう愚痴はよせよ。これからやるのは一発勝負だぞ。エースならもっと緊張感を持て」


 内海は剣崎をそうたしなめるが、小宮は剣崎に同調する。


「い〜やヒデ。このバカのいう通りだ。俺達の今年の照準はあくまでもJリーグ優勝争い。こんな『ちょっと豪華な練習試合』でそれに響くような怪我をさせられちゃたまったもんじゃねえよ」

「小宮…それは不謹慎だろ。ACLはそんな生半可で戦える舞台じゃねえんだぞ」

 やや乱暴な小宮の表現に、桐嶋が眉を潜め語気を強めた。

『おいおいエデル。こいつらなんかすげえな。アジアの舞台でずいぶんなめてかかっていやがる』

『ハハハ…まあ、こういうやつらなんだよ。こいつらは』


 呆れきった西岡がこぼす愚痴に、エデルソンも苦笑いである。


「まぁまぁみんな。思うところはいろいろあるんだろうけど、まずは集中しようぜ。どっちにしろここで負けてたら、Jリーグの優勝なんかできやしないだろ」

「そうタイ。一戦必勝、まず今年最初の公式戦を勝って、リーグ戦への弾みにせんといかんバイ」


 竹内と近森がそうまとめると、チームはピタリと落ち着いた。改めて内海が喝をいれる。


「この試合、絶対とるぞ!!」





 キックオフのホイッスルが、紀三井寺陸上競技場のピッチに響いた。



 一発勝負故か、立ち上がりは和歌山が慎重なパス回しで相手の出方を見る。すると冷え込みの厳しいピッチコンディションにもかかわらず、ブリーラムの選手たちは猛烈にプレスをかけ、猛禽類のように奪いにかかってきた。ボールを持つ小宮は、早速標的になり、チャージやスライディングの雨あられにさらされる。


「ふ〜ん、サッカー途上国にしちゃあ様になったプレスだな。なら早めに仕掛けるか…」


 言いながら右サイドを見やる小宮。視線の先にいた竹内も、ブリーラムのプレスを見て早い仕掛けを狙っていた。目があったのはコンマ何秒。迷わず小宮は右サイドにパスを出し、竹内はマンマークについてきた相手選手より数歩先にボールを受け、そのまま駆け上がった。しかし、マーク役も竹内のスピードにきっちり食らいついてくる。

(思った以上にスピードがあるな。なら!)

 アタッキングサードを通過するあたりで、竹内は切り返し。マーカーは勢い余って身体が流れ、マークをはがされてしまう。フリーになった竹内は、ゴールに向かってセンタリング。クロスというより、シュートのような強烈なボールを放つ。

(このスピードでも、あいつなら反応できるはずだ!)


 あいつ。竹内期待の男、剣崎は弾丸のようなクロスに、ちゃんと反応していた。

(ギリ間に合う!頭だ!!)

「うおおおっ!!」

 ボールに向かって、剣崎は頭から飛び込むが、剣崎にももちろんマークはついている。そのマーカーは引きちぎられそうになりながら、懸命に身体を寄せて剣崎のバランスを崩しにかかる。その執念が実り、わずかに剣崎の体幹がずれる。

(ぐっ!?当たれ!!)

 だが執念なら剣崎だって負けていない。ボールは何とかミートし、竹内のボールに反応し、重心を傾けていたキーパーの逆を突いたのだった。


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