サイドの優劣
前半を終える直前に振り出しに戻った試合。ハーフタイムに入る選手たちの表情は、対照的・・・とはならなかった。
「ナイスパスだクリ。よく出してくれたぜ!」
「まあ、なんとなくだよ。第六感というか、お前がそろそろ決めそうな気がしたんでな。こっちも出したかいがあったよ」
剣崎に肩を組まれながら、栗栖はそう苦笑した。
「しかし、向こうの守りはなかなか固かったな。こりゃ後半もそう簡単に動きそうにねえな、試合」
「おう。あの讃良ってやつ、なかなか厄介だったぜ。この俺が競り負けるとは思わなかったぜ。まあ、手応えはつかんだし、後半に暴れるとするぜ」
剣崎はそう言って鼻息をひとつ吹いて、ロッカールームの扉を開いた。選手たちが全員戻ったところで、松本監督が入ってきた。
「剣崎、よく追いついてくれた。あのまま前半が終わっていたら反撃が難しくなる。さすがエースの仕事をしてくれたな」
「へへ。よせやいマッさん。照れるじゃねえか」
珍しく褒めてきたことに、剣崎は照れくさそうに笑った。松本監督は室内のホワイトボードにペンでいろいろ書き込みながらマグネットを動かした。
「後半、うちもサイド攻撃の圧力を上げる。須藤と交代で寺橋が入って左のサイドバック。ソンが一列後ろに下がって最終ラインは4バックに変える。猪口が前に上がって小宮とダブルボランチ、竹内が右のサイドハーフ、栗栖がトップ下に回れ」
「なるほど。俺と剣崎を近づけて、決定機を増やすってことか」
「そういうことだ。だからと言って、守備をしないわけじゃない。劣勢時は栗栖はボランチまで下がっていわゆる『フラット3』で中盤を守れ。前線の守備も怠るな。向こうの守備陣は決して足元が上手いわけじゃない。せっかく同点に追いついたんだ。この勢いを後半につなげて、引き離すぞ!」
松本監督の指示に、和歌山の選手たちは気合を入れ直した。
一方で尾道の選手たちも、剣崎の一撃にはある意味で割り切れていた。
「くそ。あいついったい何なんだよ・・・。最後の最後にあんな派手な一発かますんだからよ」
「ペナルティーエリアからすら結構距離あったのに・・・。あれぶち抜いてくるなんてホントバケモンっすよ、あの人」
グローブを外しながら種部はぼやき、讃良も舌を巻く。一方で円山はボールをあっさい失った亀井を責める。
「おいカメ。あんな奪われ方ねえだろ!もっとまわりに注意しろよ」
「すいません。ちょっと焦ってしまって」
「小宮の野郎がああいう『心底イラつかせる』プレーをすることぐらい頭にあったろうが。ちくしょう」
「まあまあ円山。サッカーにはミスはつきものだ。それを責めたところで仕方ないし、まだ同点だろ?取り返しはいくらでもつく。あんまりしこりを作るな、うん?」
「う、す、すいません・・・」
見かねた中原がそうなだめながら、円山の態度にくぎを刺した。やがて、尾道サイドのロッカールームに、どこか憮然とした表情を見せたヒース監督がやってきた。
『逃げ切れると思ったのだが・・・、やはり向こうはスキをものにするのが上手い。我々はまた一つ課題を突きつけられたわけだ。もっとも、それ以外に言わねばならぬこともあるがな』
ヒース監督は、一度視線を落としたのちに、再び選手たちを見渡す。
『後半、我々はサイド攻撃において大きな不利を強いられることになる。向こうのリザーブの中で19番の若い選手のアップの強度が高かった。恐らく守備を4バックに戻すのだろう。これは単に数が均等になるだけでなく、向こうのサイド攻撃に厚みが生まれることを意味する。後半に臨むにあたり、まずは守備の集中力を高めよ』
そして老将は河口を見やる。
『特にアンゼ。お前の働きは前半以上に、特に攻撃において重要になる。リンクマン(攻守の繋ぎ役)としてだけでなく、パサーとして積極的に仕掛けろ。ナカハラはそう長くはできん』
「おいおい…手厳しいねえ」
指揮官の毒気に、中原は苦笑を禁じえなかった。
さて、ほどなくして後半が開始。試合は老将が懸念したとおりになり、和歌山が施した守備のてこ入れの効果は予想以上の効果を発揮していた。
「おいおい、ここまでやりにくくなるものなのか?若いのにいい守備をするなお前」
中原は自分に突っかかってくる寺橋に、上から目線で誉める。寺橋の奮闘により、まず中原の驚異は半減した。そして守備の負担が軽減したことで、桐嶋の突破力がその勢いを増したのであった。
「前半は忙しすぎててんてこ舞いだったからな。その憂さ晴らしに攻めまくるぜ!」
左サイドをドリブルで疾走しながら、そう笑みを浮かべる桐嶋。対峙する尾道の右サイドバックの茅野はその対応に追われた。
(くそ。桐島はほんとやな奴だ。前はバイタルへの切れ込みばっかだったのに、最近はクロスも打つようになってる。プレーの幅が広がってるよなあ)
そしてさらに恐ろしいことになったのが右サイド。ポジションをスライドさせた竹内が本領を発揮。自分が仕掛けるだけでなく、ソンを活かすべく囮にもなれ、さらには前線からの守備も光る万能型FWは、瞬く間に自分のサイドを掌握。「和歌山の追加点は時間の問題」と言えた。
ならばと、尾道の老将も手を打つことにした。




