優劣つけがたい展開
得意のサイド攻撃から、再三にわたって尾道ゴールに迫る和歌山。やはりというべきか、和歌山の中核は決して代表ＦＷだけではないことを、尾道サイドの面々は感じていた。
しかし、和歌山サイドも複数回肝を冷やすシーンがある。今の尾道の攻撃を司る中原がボールを持ったときだ。
「行けっ、ヒデ！」
桐嶋を引き付けながら前線を見渡し、荒川が裏をとれそうな場所へパスを出す。世界を知る日本屈指のテクニシャンのチャンスメイクは、老いてもなお脅威である。
荒川にしても、身体能力に些かの衰えは見られるが、嗅覚と瞬発力はまだまだトップクラス。何より和歌山は、この荒川には幾度も痛い目に逢わされているのだ。
そして、またもパスが通ろうとする。しかし、荒川の周りにはコースがなくなっていた。
「ち。そう何度も裏をとらせてはくれんか。若きＡ代表のキャプテンさんよ」
「あなたの恐ろしさは、湘南時代から見知ったつもりですがね」
自分をつぶしにかかってきた内海とやり取りしながら、なんとかボールをキープする荒川。埒が明かないと、いったん中原に戻す。だが、中原もまた同サイドのウイングバック・桐嶋の激しいプレッシャーを受ける。ならばと亀井か河口に託して中央からの切り崩しを狙うが、彼らへのパスコースを切るように、小宮や栗栖がいやらしいポジショニングをとった。
「う～ん・・・思った以上に出しどころがないなあ・・・。どうしたものか」
それならと中原は、逆サイドに大きくけり出し、奈古を走らせる。尾道でも屈指のガッツの持ち主は、母堂派で鳴らすソンと真っ向勝負。激しく身体をぶつけられながら、なんとか野口にボールを通そうとした。しかし、そこで猪口はこのパスをインターセプト。猪口はすかさず最前線の剣崎目がけてロングボールを放った。再び讃良との空中戦となる。
「やらすか！」
「ぬぐぅっ！！」
ほぼ互角な体格の両者だが、この日の讃良は実に『ノっていた』。先に跳躍し、ボールをクリアし、剣崎に仕事をさせない出色のパフォーマンスを見せ続ける。帰陣する最中、剣崎は自分の不甲斐なさに怒りが沸いてくる。
（くそったれ・・・・。このガキがやるのは確かだが、やられっぱなしでどうすんだよ俺は！こんなんじゃロシアでまともなプレーができやしねぞ！）
八つ当たりに芝生を蹴り上げてみたが、それでどうにかなるものではないことぐらい、剣崎もわかっている。そして、頭をフル回転させて讃良の隙を探る。しかし、なかなか答えが出てこなかった。少なくとも、剣崎がこれまで対戦したセンターバックの中で、讃良の手強さは桁が違った。だからこそ、闘争心も沸く。
（絶対にぶち抜いてやる・・・。俺がこの程度なんて思うなよ！）
静かに剣崎は闘志を燃やしたが、試合の展開はこんな流れのまま過ぎていった。システムのミスマッチでピッチの中央は和歌山、両サイドは尾道が数的優位の状況ではあるが、互いにそれを攻撃に活かしきれていないところが、この膠着を読んでいたといってよかった。そんな状況に風穴を開けたのが、尾道の河口だった。
「よくよく考えりゃ、サイドの頭数はこっちの方が多いんだ。だったら使わない方がおかしいってもんだろ！」
そういって河口は右サイドへ、そして逆サイドの動きに合わせて、受けた中原が思い切ったサイドチェンジ。奈古が仕掛け、再びソンが止めにかかるが、ここで効いたのが西東のオーバーラップだ。
「ナコ！」
「ラジャー！」
ソンにつぶされる寸前、呼び込んできた西東にボールを託す奈古。西東はそのまま駆け上がり、ゴール前にクロスを入れた。今度は和歌山のゴール前で、外村と野口の空中戦。こちらも両者がかなりの大型選手のためになかなかの迫力がある。競り勝ったのは外村だが、クリアのヘディングが弱く、こぼれ球を亀井がダイレクトでシュートを打ち込む。これはクロスバーが跳ね返したが、河口が再度拾って左サイドに展開。受けた奈古は、今度は自ら仕掛け中央に切れ込み、シュートの気配を見せる。しかし、これは天野が飛び出して距離を詰め、瞬く間にコースを消し去る。だが、奈古は冷静だった。
「頼んます！」
奈古は天野が奪う直前に、荒川へヒールパス。密集地帯での意表を突いた動きに、内海の反応が荒川より一呼吸ずれる。それだけでこの稀代のストライカーには十分だった。がら空きとなったゴールに、荒川は冷静に流し込む。猪口がスライディングでクリアを試みたが、ボールともどもゴールに吸い込まれてしまった。
「くそっ！」
ボールを手にした天野は、珍しく怒りを露にして蹴り出した。無論、自分自身に対する不甲斐なさからである。あえて密集地帯に仕掛けた奈古に突破されてしまったことで焦り、慌てて飛び出した浅慮がスキをつくり、キラーぶりを見せる荒川に仕事をさせてしまった。客観的に見て、決して天野の『失策』と捉える声は少ないだろうが、先制点をノせてはならない選手に決められたことが、悔しくてたまらなかった。
それを察した内海は、すかさずフォローした。
「気にするな大輔。今のはお前のせいじゃない」
「・・・。分かってるよ、ヒデ。でも、警戒していた選手に決められるのは、やっぱ気分的にな」
「そうだな。特にあの人の抜け目のなさは、結構堪えるよな」
互いに苦笑しつつ、内海は前を向く。
「まあ大輔。まだ前半は５分残ってる。前の連中がなんとかしてくれるさ」
「そうだな。なら俺達は、その５分を守り通そうぜ。同点ないし１点差で折り返せば、なおのこと勝ち点３の望みはあるしな」
残り５分で破れた均衡。
これがこの試合の最初の波乱だった。
