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2018年、始動。

 2018年。年が明けた。今年も剣崎龍一は、紀三井寺に初もうでにやってきた。幼馴染であり、最近では徐々に恋人感が出てきた女子サッカー選手、相川玲奈と二人きりで。


「そらっ!」

 本堂のさい銭箱に500円玉を数枚放り込んだ剣崎。じっと目を閉じて願いを念じた。


「ねえ。何念じたの?」

「言えねえ」

「当ててあげよっか?」

「当たらねえよ」


 本堂を降りながら会話を交わす二人。相川はニヤリと笑った。


「ワールドカップでゴールを決めれますように、じゃない?」

「・・・なんで分かった」

「わかるわよそれぐらい。アンタが願うことなんて、特に今年はそれぐらいしかないじゃん」

「まあな。しかし、この俺がワールドカップか・・・プロ入ったときとか考えられなかったけどなあ・・・」


 剣崎はそう言って天を仰いだ。プロ生活7年目となる剣崎の脳裏に、ふとプロ入り当初の自分が蘇る。

 思えば、そもそもユースの選手になること自体が、周りからすれば奇跡であった。ドリブルもできなければリフティングもできない。戦術への理解力も欠如し、頭にあるのはゴールのみ。極端までにエゴイスティックなストライカーは、監督や保護者ら「サッカーの常識人」たちからすれば「チームワークを壊す害悪」とすら言えた。

 だが、その得点力が現GMの今石の目に留まってアガーラ和歌山のユースに入団すると、一人ひたすら得点感覚をさらに磨かされ、ゴールだけを追いかけてきた。プロ入り後、成長するにつれてそれだけでは生き残れないとうすうす感じ取り、遅ればせながら基礎的な技術を吸収していき、そのたびにグレードアップ。リオ五輪出場を目指すU23日本代表に選出されるや、瞬く間にエースとしてA代表入り。単なるエゴイストから、日本代表の救世主とまで言われるようになった。

 そんな剣崎にとって、ワールドカップは夢にすら見なかった大舞台である。


 その景気づけに、昨年末の東アジア選手権でも、剣崎は結果を残した。初戦の北朝鮮戦で先制点を挙げると、続く中国戦では2得点。そして最後の韓国戦では、先制を許して劣勢を強いられた中同点弾を叩き込んで逆転勝利に貢献。日本を全勝優勝に導き、自身も大会得点王とMVPを獲得。大いに弾みをつけた。そのせいで年末特番に引っ張りだこだったのだが、回復力も化け物の剣崎。疲れがないわけではないが、新シーズンを万全に始められる程度には、コンディションは良好である。


「今年が・・・ひとつの区切りかもな」

「区切り?なにが」

「ん?あ~・・・、まあなんとなくな」

「何それ。アンタまだ引退する歳じゃないでしょ?あたしと違ってこれからが伸び盛りなんだから、まだまだ頑張んなさいよ」

 感慨に浸った剣崎の背中を、相川は強くたたく。幼馴染からの手加減なしの一発に剣崎はむせこんだ。




 1月中旬。和歌山市内のホテルにて、アガーラ和歌山の新入団会見が行われた。


 今年は例年と比べて、かなりの少数精鋭である。新卒選手の獲得はなく、また毎年のようにいたユースからの昇格もなかった。

 ユース界隈ではこれはちょっとしたニュースとなりはしたが、これはレベルが落ちたというのも否定できないが、今の和歌山で昇格しても出番を得られる可能性が低く、選手としての寿命があるうちは、出番のあるクラブでプレーしたほうがいいという判断による。実際、他クラブに採用された選手が5人、レベルアップを図って大学に進学した選手も7人いた。


 そして特徴的だったのが、完全移籍で離れた選手の「復帰」だった。


 今回のメンバーで一番の目玉だったのが、J2松本から獲得したFW桐嶋和也だ。

「どっちかっつーと、俺の方から三下り半つきつけて出ていった格好だったんで、オファーを受けたときはすごく迷いました。でもオファーあったなかで一番最後に面談した時に、いきなり松本監督まつさんと今石GM、竹下社長の3トップ勢揃いだったんで・・・やられました」

 移籍の経緯についてそう振り返って苦笑する。ともすれば無節操と紙一重であるが、それだけ桐嶋の獲得に本気だった証左であり、まだまだマネーゲームに首を突っ込めるわけではない和歌山がみせることができた「最大限の誠意」であった。後々判明することになる和歌山の提示額は、同じく複数年契約を提示した浦和の6割弱だったという。


 同じように京都から復帰したMF根島雄介も、古巣でのプレーに胸を踊らせる。

「出番云々で言えば京都にいた方が良かった。でも猪口イノさんに近森チカさん、前田とレベルの高いライバルと切磋琢磨したほうが自分のキャリアとしていいと判断しました。必ず戦力になれるように頑張ります」

 復帰となった二人の背番号は、それぞれ前回の所属時と同じ7番と24番に決定。

「リーグ優勝に貢献できたって言うのは、ものすごい自信になりました。この得たものをJ1でのプレーに還元したいです」


 J3秋田への武者修行から帰還した若手DF古木光は、表情や語り口に一皮むけた様子が見られた。背番号は33をつける。


 その一方で、大卒ルーキーのDF羽生田がJ2千葉、ユース出身のFW成谷がJ3鳥取、高卒ルーキーだった安久保が同じJ3秋田へのレンタルが発表された。またJ2水戸にレンタル中のGK秋川は期間の延長が決まっている。


 さて新加入は二人。まずは同じJ1のガリバー大阪から引き抜いた長身ストライカー、垣澤暁かきざわ・さとる。190センチ78キロという体躯を誇り、空中戦はもちろん高い足元の技術を駆使したキープ力を武器に、清水でデビューし大阪へ移籍後はエースとして2年連続で二桁得点をマーク。日本代表のエース格とのレギュラー争いに魅力を感じて契約を残しながら移籍を決断した。


「FW陣が強力ですから余程のことをしないと試合にすら出られないかもしれない。でもその環境で勝ち抜いてこそだとも思うので、全力を尽くします」

 初々しさも感じさせつつ意気込みを語った垣澤。背番号はFW登録では珍しい6番を背負う。


 そして長くチームのアキレス腱であった左サイドバックのスペシャリストとして、J1復帰を果たした名古屋からDF西岡陵眞を獲得した。

 高校、大学とも無名のまま過ごしたのち、単身ブラジルに飛び南米3ヵ国で5クラブを渡り歩いたのち、昨年J2の岐阜に入団。開幕スタメンを勝ち取ると前半22試合にフルタイム出場し、夏の移籍市場で名古屋にヘッドハンティングされ、移籍後もレギュラーでプレー。J2の選手で最も多くのクロスを放ち、その成功率も8割を超えた。サイドからのクロスが和歌山の攻撃における重要なピースなだけに、この引き抜き成功はフロントの勝利であった。


「俺のクロスはそんじょそこらのそれとは訳が違う。期待してくれて結構」


 トーンの低い声ではあるが、はっきりそう言い切った西岡。海外で揉まれ、J1クラブへの移籍にまでこぎ着けた己の技術に自信を覗かせた。背番号は昨年まで仁科勝幸が背負っていた22番をつける。ちなみに仁科は、今季からJ2の栃木に入団したようだ。



 今年の和歌山の入団会見で記者たちを驚かせたのは、高校生や大学生といった新卒選手の獲得がなかったこと。これはクラブ史上、Jリーグ加盟前も含めて初めてのことであり、全国的にも珍しいケースであった。その意図を今石GMはこう説明した。

「今のメンバー、年齢層を加味して、うちには新卒をとる必要性がなかったからそうした。別にとらなきゃいけないってルールはないし、一般企業でも頭数が足りているなら採用しない年もあるわけだし。それにとらなかったからといってクラブの歴史、伝統が途絶えるわけではない。今いるメンバーをさらに鍛えて、それらをより濃くすることが大事だと判断したからこうなりました」


 そして松本監督はこう抱負を述べた。


「去年一年間、優勝争いに身を置き続けたことで力は証明できた。そのなかで課題も認識できた。今年はそれらを確実に自分達に還元して頂点に、立ちます」


 指揮官は言いきった。


 和歌山の2018年が始まった。

 今シーズンもよろしくお願いします。

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