オレとヨメが無口なワケ
オレとヨメは自宅のリビングでは無口だ。いや、二人の部屋に行けばオレもヨメも話をするし、夫婦仲はいたって良い。なにせリビングにはオレのお袋がいる。お袋がよく喋るから、オレたちは黙っているしかないのだ。
お袋はただお喋り好きなだけで、毒親とか、嫁いびりの鬼姑って性格ではない。単純で、根は善良な方だと思う。しかし、年齢の所為なのか、いつまでも経ってもオレを年弱な子どもと思い込んでいるのか、オレたちの話を聞かない。オレたちの話より自分の話の方が重要で、正確だと思っているのだ。
オレがいない時にヨメがお袋と茶飲み話をしていたそうだ。
「今どきの流行りはミニスカートなのかしら?」
ヨメはファッションに詳しい女ではないが、流行ファッションくらい知っている。ガウチョパンツとかなんとか。しかし、テレビに映る女性アナウンサーのスーツのスカート丈が丁度膝小僧が見えるくらいの丈。それをミニスカートと表現されれば、ヨメも一言。
「今のタイトスカートの丈はあれくらいが普通ですよ。ミニスカートはもっと短いのを言うんですよ」
「トン子さん、わたしの言うことにそんな言い返さないで、うんうんと聞いていてくれない」
ヨメの言い草に傷付いたのか知らんが、お袋はそう言ったそうだ。それまで、茶飲み話の際に、流行りモノを教えたり、お袋の勘違いを正していたりしていたのだが、ヨメは気分を害して、その後お袋の話には相槌しか打たなくなってしまった。きっとそれまでも似たような思いをしてきていたのだろう。
オレにだって同じようなものだ。
「豚児、テレビに映っているのは何?」
と、大きな声で訊いてくる。映像で先に出てくるだけで、音声の説明が順に始まるのだから、せっかちにならないで黙って観ていればいいのだ。
「今、リポーターが説明しているんだから、黙って聞いて。テレビが聞こえない」
思わずリモコンを手にテレビの音量を上げる。
「うるさいから音量下げてよ」
ヨメとお袋が言うが、あれこれと話し掛けてくるお袋と最低限のつもりで返事しているヨメの声でテレビが聞こえない。折角の休みにリビングで寛ごうとしても、これでは休んだ気にならない。
ヨメはテレビを観ずに、むすっとして新聞を読んでいる。しかし、お袋は構わずにヨメに声を掛ける。
「トン子さん、あの花綺麗ね」
「ひどいニュースばかり流れるわね」
ヨメは仕方なしに返事をするが、あまり愛想が良くない。
「ごめんなさい。新聞を読んでいてテレビを観ていませんでした」
ひどいニュースというか、事件報道は毎日しているのだから、多分お袋は同意が欲しいだけで、世相に関する見解や意見を言ったとしても聞かないだろう。
この頃はヨメが新聞や本を読んでいようが、スマートフォンを操作していようが、お袋は、「テレビに映っているあの花が綺麗だから、観てごらんなさいよ」とまで言う。
ヨメは姑に対して必要な用件以外話し掛けなくなっている。
オレはオレで、寝っ転がってばかりいるな、たまには家の中の片付けをしろとお袋に言われる。毎日働いていて、休日寝っ転がっていようが、好きにさせて欲しい。
きちんと稼ぎ、結婚して、子どももいる年齢の男に対して、いつまでも母親に口うるさく言われて楽しいものか。オレも必要以外のことは無口で通している。たまヨメに外食に行こう、遊びに行こうと提案する。ヨメは賛成してくれるが、家族に対する説明、特にお袋に対しての説明には、「あなたのお母さんなんだから、あなたからきちんと説明してね。優しく丁寧な口調で」と怖い顔で頼まれる。
こうしてお袋に外食や外出の提案をオレからするのだが、お袋は、「洋食は嫌いだ。遊びに行くなら若い人で行ってらっしゃい」と言ってくる。そのくせヨメには「出掛けるのなら、何かご飯を作っていってね」と言っているらしく、「一緒に行こうとどうして優しく誘ってやらないのよ」と後から文句を言われる。だったらヨメが誘えばいいのだが、以前ヨメが言って相当楽しからざる思いをしたらしいので、オレに頼むのだ。
オレとヨメが話し相手にならないものだから、ヨメの両親がたまに遊びに来ると、一人でペラペラと話している。ヨメの両親はヨメと孫の顔を見に来たのであって、お袋に会いに来たのではないのだが、お喋りが止まらないようだ。
「若い人は何にも話してくれなくて」
などとお袋は話すが、オレたちの話に聞く耳を持たないから、自然話さなくなっているのだと気付いていないのだ。ヨメの親父さんはヨメと孫の顔を見たからとさっさと帰りたがっているのに、引き留めようとする。この点男ははっきりと行動すれば済むので、ついつい居続けて遅くなる、はない。
お袋は大切な母親だから、と愛情はあるのだが、どうもぎくしゃくしてしまう。同居は難しい。