第31章 四面兎歌
「っ……なんの、つもりっすか!? ライリエル! ゼムシエル!」
振り返り、痛々しい傷跡を見せつけながら、ガブリエルが二人に詰問する。
ライリエルと、ゼムシエル――――そう呼ばれた二人は、山で出会った時とはまるで違う格好をしていた。
水やおにぎりを恵んでくれた方は、身体中にボンテージを巻き付けただけの、かなり際どい姿をしている。凹凸に乏しい身体が、ボンテージの締め付けがその僅かな膨らみを強調しており、背中の二対の翼がなければ天使とは分からない。紺色の髪で分かりづらいが、右目は黒く、そして紫の左目には、ガブリエルと同じく紋様が浮かんでいた。
もう片方は、ラベンダー色の髪を靡かせ、胸だけを覆うような大胆な水着を思わせる衣装で、下には短めのプリーツスカートを履いている。こちらも、翼がなければ天使とは一見して分からない、ふしだらな格好をしている。そしてやはり、左右で違う色をしたオッドアイは、左目の藍色に十字型の紋様が浮かんでいる。
「えー。今ライちゃんが言ったでしょー? ガブリエルさん。あんた、この期に及んで証拠隠滅とか狡いこと考えてたみたいだけどー、残念、お上さんは許してくんなかったですよー」
「……っ、ゼムシエル、あんたまさか……密告ったんすか……!?」
「人聞きが悪いなー。先に悪いことをしたのはそっちですよー。ねっ、ライちゃん」
「…………今回の……人間を、適度に減らす、作戦…………やり方は、私たちの神器を……使うよう、指示されてたはず、です……」
「そうそうー」
ゼムシエル、と呼ばれた方が、なにやら巨大な針のようなものを振り回しながら言う。ラベンダー色の髪の毛が、ひゅんひゅんと振り回される張りの起こす風で舞い上がっていた。
「『神の英雄』で魂ごと人間を動物に変え、『神の夜』でその人間がいた痕跡を消す。んでもってうちの『神の縒』で、その人間が消えたことによる不都合を縫合して修正する――――その人間がいたという、記憶も記録も全てまとめて、世界そのものから消し去るっつー作業ですねー。まぁ確かに面倒ですよ、面倒なのは分かるんですけど――――だからって、人間を殺すのは、アウトっしょ」
「……! お、おいそれって――」
「そうですよ神奈月卯兎くん。君のことですよー」
ゼムシエルは、なおも針を振り回しながら、俺の言葉に応えた。
「事故で昏睡状態にあった君の魂を、ガブリエルさんは『神の英雄』で抜き取ったんですよー。んで、君が助けたうさぎに移植し、うさぎ本来の魂と融合させたの。鏡見たことなかったかなー? そのうさぎ、君が死ぬ原因を作った子なんだけど、気づかなかったー?」
「…………!」
「でも…………それは、いけない、こと……」
見れば、両手に白と黒のナイフを携えているライリエルが、静かに言う。
「わたしたち、天使は……人を、殺しちゃ……いけない、の……。だから…………その禁を、破って…………神奈月卯兎を、人間として、殺した……ガブリエルさんは…………許せない……!」
「っ、そんな正義感振りかざして、なんの得があるっていうんすか!?」
どくどくと、背中に空いた大穴から血を流しながら、ガブリエルは吠えた。
「わざわざ上層部にまで密告っちゃってまぁ、ご立派っすよ本当に! そんなバカ正直でいたら、仕事がますます面倒なだけじゃないっすか! いいじゃないっすか、少しくらい楽をしたって! やっぱダメだと思ったから、こうやって挽回しようとしてんすよ!? 本人たちにバレちまったから――――だから、悪魔と動物一匹殺して、なかったことにすりゃいいじゃないっすか! 簡単なことすよねぇ!!」
「あー、もうその辺いいから」
欠伸交じりにゼムシエルは言って――――ふと、針を動かすのを止めた。
ひと一人分ほどの長さがある、巨大な針。意味もなく振り回すにしてはやはりでかいし、もっと言えば、鋭い。
凶器としては、充分過ぎるほどに。
「上層部の意見は満場一致。ガブリエルさん、あんたを亡き者にして、いえ、いなかったことにして、今回の不祥事は揉み消せってさー。ったく、上の方の天使は考えることが一緒だねー。事なかれ主義って気持ち悪ーい」
「っ、そんなの、了承する訳が――」
「ところで、ガブリエルさん。うちの神器『神の縒』の効力、覚えてますかー?」
「……は?」
「まぁ、身体で食らった方が分かりやすいっすよね――――示せ、『全因果悉至災禍』」
瞬間。
ガブリエルの身体がビクンっ、と跳ね――――一瞬で全身に裂傷が走っていた。
まるで、無数の刀で何度も切り裂かれたように。
全身から勢いよく、血飛沫が飛び散る。
「な、ぁ…………っ!?」
「ライちゃんの『神の夜』は、世界そのものの記憶から事象を切り取る。うちの『神の縒』は逆に、世界の記憶にある事象同士を、縫い合わせ、繋ぎ合わせるんすよ。今のは、こいつで風を切ったのと、ガブリエルさんの身体とをつなぎ合わせたっす」
な、なんだよ、それは。
つまり、針を振り回したことで風が切れたという結果を、ガブリエルの身体に置き換えたのか?
でたらめ過ぎる。正にチート能力だ。
そんなの、どうやって相対せば――
「で、ごめんね神奈月卯兎くん。それとー、名も知らぬ悪魔さん」
と。
血飛沫を上げ、そのまま落下していくガブリエルの。
その真横を、凄まじい速度ですり抜けて。
ゼムシエルが、針を構えて向かってくる。
「事情を知っているものは全員始末していいって、お達しが出てるんだー。悪いね、死んで?」
言って。
鋭い針の切っ先を、突き出してきて。
「――」
俺は。
咄嗟に。
反射的に。
「――」
アシュの。
胸を、蹴り飛ばし。
切っ先の正面に。
身を踊り出して。
――――――――――――――――ずぷぅっ――――――――――――――――
「っ、卯兎さんっ!?」
「あれー?」
「……!」
生々しい、肉の奏でる破砕音が脳に響いた。
俺の、白い腹に深々と。
まるで槍のように――――ゼムシエルの針が、突き刺さっていた。
「う、卯兎さぁあああああああああああああああああんンンん!!!!?!?!!?!」




