第27章 うさぎの矢が立つ
「なんっ……だ、こりゃ……!?」
開いた口が、どうしても塞がらない。筋肉が弛緩し切り、茫然と脱力し切っていた。
驚愕と、ある種の感動。圧倒的なスケールを目の当たりにした時の、無力感とざわめいた興奮。それらが全てごちゃ混ぜになった感情が、頭の中を白く塗り潰していく。
あまりにもそれは、でっかくて。
あまりにもそれは、非現実的で。
あまりにもそれは、圧巻だった。
かつてアシュが遭難し、俺が雨に打たれた、山の麓にある森。
その奥深くの一角に――――家が建っていた。
柱や床は全て樹木。壁はその大半が牧草や藁で造られており、適度に開いた窓にガラスなんて不純物は嵌め込まれていない。
自然素材だけで造られた、二階建ての家。
それがほんの数分で、忽然と、この場に現れたのだ。
「っふふんっ♪ 凄いでしょ卯兎さん! これが私の能力その二! どんな建造物でも一気に完成させてしまう! その名も『千夜一夜墨俣城物語』ですっ!!」
入口と思しき扉の前に立つのは、腕を組み、得意げに笑うアシュだ。
ほんの数分前まで、影も形も存在しなかった家。
――――発端は、アシュの思いついたとんでもない策だった。
塒である廃墟でうんうん唸っていたアシュは、うさぎの管理を、もっと別の隔離された空間で行えばいいと結論付けたのだ。目を離すことになるのは不安だが、しかし相手は所詮うさぎ。柵などで堅牢に囲めばどうとでもなるというのが、俺たちの共通見解だった。
そこで候補に挙がったのが、元々うさぎたちが放たれていたこの森だった。
しかし、森そのものだと広過ぎるし、逃げてしまったり、最悪俺が助けたうさぎのように車に轢かれてしまうかもしれない。そう危惧すると、アシュはたわわな胸をぱんっと打って、
――大っ丈夫ですよ、卯兎さん。
――この私に、任せちゃってくださいです!
やけに自信満々なアシュは、善は急げと(悪魔が言っていいことじゃない気がするが)行動を開始した。うさぎたち全員を翼に乗せ、俺を胸に挟んで森へと移動したかと思えば、うさぎたちの管理を俺に任せ、なにやら作業をしていた。
一体なにをする気なのやら、と。
期待半分、不安半分で待っていて――――そして、今。
「…………アシュ。これぁ、一体なんだ……?」
理性が現実に追い付かず、呆けた質問が口からこぼれる。
アシュは嬉しそうにその大きな胸を張り、「えっへん♪」と口で擬音まで言っている。俺の虚を突けたのがそんなに嬉しいのか、その場で小躍りまでしているのだ。
とはいえ、まぁこれは、呆気に取られる。
誰が予想しようか。まさか自分のすぐ背後で、数分で家を造られるとは。
「そうですねぇ。『人畜無情荒羅家情緒』とでも名付けましょうか。ここが! 卯兎さん以外のうさぎさんたちの、今日からのおうちです! ふっふっふー、張り切っちゃいましたよー!」
「閃いたって…………うさぎのために、わざわざ家を造ったのか……?」
「ちょーっと体力使うんですが、でもこのくらい、卯兎さんの安眠のためなら安いものですよ!」
いや、そこまでしゃかりきになってくれるのは嬉しいのだが。
スケールがでか過ぎて、正直引いた。
「じゃあ、ここでうさぎたちを飼うっていうのか? 餌とかは?」
「家の中に、自動で餌を補給するギミックを造ってあります。補充さえ怠らなければ、全然大丈夫ですよ。二、三日に一回は、様子を見に来る必要はあるでしょうけど」
「二階建てか…………ちゃんと階段造ったよな? うさぎでも登れる奴。あと、落ちて怪我とかしない奴」
「も、勿論じゃないですか! ちゃんと壁で囲った、緩やかなスロープ式です!」
「窓の高さとか、大丈夫か? あとは床の強度とか、壁だって脆いと意味ないし……」
「……卯兎さん、私のこと、お間抜けさんだと思ってません?」
「あぁ、思ってるぞ」
「力強く肯定されました!?」
なにを今更。そんなショッキングな顔をしなくても、分かっていることだろうに。
馬脚を完全に露わにしたのが、そういえばこの森だ。ここでこいつに遭難された時は、控えめに言っても大変だった。泥だらけで、心拍数バクバクで走り回ったとか…………思い出しただけで疲れが込み上げてくる。
「わ、私はこれでも、昔はとある一国の大宮殿を建造したりもしたんです! こと建築に関して、私の右に出る者はあんまりいませんよ!」
「逆に言えば少しはいるのかよ。あと昔って、一体何年前だ」
「…………さ、三〇〇〇年くらい前」
「あてにならない自慢をありがとう」
「う、うーっ!」
からかい過ぎたか、とうとう人語を捨てて唸り始めてしまった。
――――ともあれ、まさかのうさぎ専用の家を造るという方法によって、我らが塒の騒音(俺限定)問題は無事に解決したのだった。
ようやく、静かに寝れる…………そう思うと、肩からどっと力が抜けた。
どこら辺が肩なのか、自分でもよく分からんけどな。




