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第26章 大山鳴動うさぎ一匹


「……さ「…え……さ「え……さ「えさ「えさ「えさ「えさ「えさ「えさ「えさ「えさ「えさ「えさ「えさ「えさ「えさ「えさ「えさ「えさ「えさ「えさ「えさ「えさ「えさ「えさ「えさ「えさ「えさ「えさ「えさ「えさ「えさ「えさ「えさ「えさ「えさ「えさ「えさ「えさ「えさ「えさ「えさ「えさ「えさ「えさ「えさ「えさ「えさ「えさ「えさ「えさ「えさ「えさ「えさ「えさ「えさ「えさ「えさ「えさ「えさ「えさ「えさ「えさ「えさ「えさ「えさ「えさ「えさ「えさ「えさ「えさ「えさ「えさ「えさ「えさ「えさ「えさ「えさ「えさ「えさ「えさ「えさ「えさ「えさ「えさ「えさ「えさ「えさ「えさ――――――――」





「うぅるっせぇえええええええええええええええええええええええええっっっっ!」



 至福の睡眠タイムから、俺は勢いよく跳び起きた。


 比喩ではなく、本当に文字通り。


 目を覚ました瞬間に飛び上がり、反射的に脚で地面を踏み叩いていた。


 見れば、数十匹のうさぎたちが餌皿に群がり、ちらちらとこちらを見るような素振りをしている。それだけなら可愛いものだが、絶えることなく「えさ」と連呼しているので、現在進行形で耳がキンキンする。あまりに大量の声に、脳味噌が「えさ」の二文字だけで埋め尽くされてしまいそうだ。


 餌皿の状態を確認するべきかもしれないが、うるさくて近寄れない。

 というか、近寄りたくない。耳を身体に密着させ、聞こえにくくしてもなお、ほとんど振動となって声が押し寄せてくるのだ。あの中に飛び込めば、最悪発狂するぞ。俺は。


「んむにゅ…………どうか、したんですか……? 卯兎、さん……」


「お、おぉいいところに起きてくれた! アシュ! ちょっと、餌皿見てくれ!」


 目をこすりながら起き上がったアシュに、縋るように声をかける。

 寝起きで頭が働いていないのか、アシュは首を傾げながら、ふらふらと餌皿の方へ向かっていく。……そのまま転びやしないかと内心冷や冷やしていたが、流石に剥げた床に躓くなんてこともなく、ひょい、と餌皿を持ち上げた。


「ありゃ、空っぽですね」


「やっぱりか……頼む、ちょっと多めに餌を充填しといてくれ。さっきからうさぎたちがえさえさうるさくって…………あぁうるっせぇ! なんとかしてくれアシュ! このままじゃ頭がおかしくなりそうだ!」


「そ、そんなにですか?」


 うさぎの声が聞こえないアシュは、きょとんとした顔で訊ねてくる。

 だが、聞こえる俺にとって、今の状況はほとんど地獄だ。興味のない音楽を、大音量で聞かされているに等しい。ペットショップ巡りが趣味だった時分は、動物と喋れたらどんなに楽しいかと夢想したものだが、実際はとんでもない。聞こえる分だけ苦痛だった。


 実を言えば、今までもかなり、そうかなーりうるさかったのだ。


 とはいえ、今日ほどのものではない。ギリギリ我慢できる程度の騒音だ。餌を切らしてしまった今日の声量は、正直、我慢の限界を軽く超えている。


「で、でももう、餌のストック切らしちゃってて…………ずっとペレットばかりあげてたら、草とか食べなくなっちゃったんですよね、この子たち。ど、どうしましょう……」


 餌皿片手に、腕を組んで考え込むアシュ。

 やがて、酷く落ち込んだような、悲しそうな表情で餌皿を所定の位置に戻すと――――す、と右手を肩の位置まで持ち上げた。


 ごきっ、とアシュの内部から音がする。

 すると、アシュの右手は一気に鋭さと禍々しさを増し、一回り以上大きく変貌していた。爪が、まるで竜のように尖っている。漫画で見るような身体の変化に、俺はびくっ、と背を震わせた。


「な、なにする気だ?」


「……仕方、ありません。卯兎さんを困らせる悪いうさぎさんたちは――――私がこの手で、葬り去ります」


「待て待て待て待てぇええええええええええええええええええええええっ!!」


 いきなりなに言い出すんだこいつ!?

 いや確かにうるさくて地獄だったけど、そこまでは望んでねぇぞっ!?


「で、でももう、これしか、方法がない、のです……。新しく餌を用意しても、きっとすぐに、同じことの繰り返し…………ならば、原因を元から断つしかありません! 大丈夫、大丈夫です……! もふもふがなくっても、私は卯兎さんさえいれば……!」


「そんな断腸の思いで実行しようとすんじゃねぇよっ! ってか動物愛護の精神的にそもそも大反対だわアホがぁっ!!」


 だんっ、だんっと脚を踏み鳴らす俺。どうやら大分ストレスが溜まっているらしい。原因がうさぎの声なのかアシュの暴言なのかは分からないが…………両方かなぁ。


「と、とにかくアプローチを変えろ! 排除するっつー考え方じゃなく! 俺は、うさぎの声がうるさいから辛いだけなんだよ! それが聞こえなくなればいい、それだけなの!」


「え、えっと…………殺処分以外で、ですよね?」


「以外でだよ!」


 声を荒げて叫ぶと、アシュはなにやら考え込んでしまった。

 リノリウムの床に腰を下ろし、腕を組み首を傾げ…………まるで次回作の構想に悩む作家のようだ。こんな写真を、国語の教科書で見たような覚えがあるぞ。


「……んー。正直、この子たちを逃がしちゃうのが一番だとは思うのですが…………こっちの事情的に、それができない理由があるのです」


「事情って?」


「ほら、この子たちって元々は人間じゃないですか。『人類獣化事変』そのものがなんらかの形で終止符が打たれた際に、人間に戻る可能性があるのです」


「……そんな奴らを殺そうとするなよ」


「んー。でも、卯兎さんより可能性は低いと思うのです。だって、その、卯兎さんが聞いたっていう、うさぎになっちゃった人の名前。あれを頼りに調べてみたのですが、そんな人、記録に一切残っていなかったのです」


「? どういうことだ?」


「簡単に言えば、元からいなかったことにされているんです。うさぎに変えられた際、その人間がいたっていう記録そのものが、抹消されてるか、いじられています。ですから、それを元に戻すのはすっごい労力が要りますし、人間に戻せる可能性は低いかなぁ、と」


「……なんで俺は、そうなってなかったんだろうな」


「んー。犯人を捕まえて、訊いてみるしかないですね。――――それより、今はうさぎさんたちの声対策です。万が一ということもありますし、やはり一括で管理はできた方がいいですね」


 んむむむー、とアシュはそれらしい唸り声を上げてなお悩んでいる。


 人間に戻れる、か。

 俺はその可能性に賭けて、こうしてアシュと共に過ごしている。人間に戻りたいという願望が、欲望があるからだ。


 翻って、このうさぎたちはどうなんだろう。

 自分たちのことをどう思っているのか――――或いはもう、そんなことも考えられないのか。

 後者だとしたら、やはり恐ろしい。

 一歩間違えば、俺もこんな風になっていたのかもしれないと思うと――――背筋が凍る。




「はっ! 閃きましたよ卯兎さんっ!!」



 と、俺の気持なんか知る由もなく。

 ぱぁんっ、とアシュは唐突に手を打って――――驚いた俺は、反射的にまた脚を踏み鳴らしていた。


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