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第20章 可愛いうさぎには旅をさせよ


「卯兎さん。私、ちょっと調べ物をしてきますので、この子たちと、お留守番しててもらっても、いいですか?」


 こと、と餌皿に乗せて出された、うさぎ用のペレット。


 もしやセクハラの代償に命を奪うとか、あるいは死なずとも半日は痺れて動けなくなる劇薬なんか入れてないだろうかと、俺は念入りに餌の匂いを嗅いでいた。餌皿も隈なく、耳で持ち上げて裏まで確かめたほどだ。


 アシュはその間、何故だかころころ笑っていたが。


 結局、一〇分ほど精査に精査を重ねても、怪しい点が一つも出てこなかったので、恐る恐る口をつけてみる。

 普通に美味しかった。


 アシュ曰く、

「可愛いものにお金をつぎ込むことを、貢ぐだなんて言いません。正義への奉仕なのです。謂わば当たり前の善行なのです」


 とのことらしく、俺含めここにいる元人間のうさぎたちは、日々割といい餌を食って暮らしている。美味い飯を食うと、やはり気分というのは前向きになるもので、食い終わる頃にはもう、アシュの奇妙な態度については気にならなくなっていた。


 この拠点に戻る頃には、脚も治っていたというし。


 それで機嫌がよいのだろう。あんな窮地を体験したのだ。不調が治っただけでも嬉しかろうさ。


 で、餌皿が、丁度空になった頃合いに。

 アシュは、突然にそんなことを言ってきた。


「っ、はぁっ!?」


 慌てて顔を上げると、アシュが屈んだまま、どこか困ったような笑みを浮かべていた。


 服装は、いつの間に服を変化させたのか、出会った時と同じようなワンピースになっている。よく見れば、折り畳まれた膝に毎度お馴染みlPadを乗せており、既に出かける準備は万端といった感じだ。


 しかし、調べものって。

 しかも、俺がここで留守番ってことは。


「ちょ、待て待て待てよアシュさんよ。あんた、一人で行くつもりなのか?」


「は、はい……」


「おいおいちょっと待ってくれ。あんた、昨日どんな目に遭ったのか、もう忘れたのか?」


 思わず問い詰めるような、強い口調が出てしまう。

 しかし、あれからまだ一日さえ経っていないのだ。

 崖から落ちて(聞いてみれば、うたた寝したら寝相で落ちたらしい。なんという間抜けな理由だ)、人外の身でありながら脚を骨折し、雨に降られて遭難したんだぞ。


 俺が目を離した、ほんの数分の間にだ。

 そのことを、忘れたとは言わせないし、懲りなかったとしたらドジを通り越して大バカだ。


 人間に、というかうさぎに心配されるなんて屈辱だろうが。


 これ以上、アシュが危険な目に遭うと、俺の心が持たないわ。

 ストレスで死ぬぞ、マジで。


「わ、忘れる訳、ないじゃないですか…………あんなの、忘れようったって、無理、ですよぉ……」


 と、何故か顔を逸らして、アシュはぼそぼそと言ってくる。


 思い出して恥じ入っているのか、なんだか頬が赤い。うん、いいことだ。どんどん恥じてくれ。そして二度と同じ過ちを繰り返さないでくれ。


「で、でもですね卯兎さん。今回はただの調べものですし、危ないことはしませんよ。約束します」


「……そう言われてもなぁ」


 意気揚々と小指を差し出されても、まずどうやって指切りするんだという話だし。

 そもそも、言い方は悪いんだが信用し切れん。

 なにせこいつ、舗装されていたとはいえ山道で寝たんだぞ?

 しかも寝相で転がって、崖から落ちるとか…………どういう寝相してんだよ。一度見てみてぇわ。


「うー……正直、今回は卯兎さんを連れてけないんですよー。納得してくださいよー」


「俺を連れていけない? おい、今度はどこに行くつもりだよ」


「市役所と、あと可能なら図書館ですかね」


 うわ。

 予想以上に動物NGな場所を挙げられてしまった。

 盲導犬ならぬ盲導うさぎとして潜り込むとか…………うん、無理だな。そんな画期的な制度、日本じゃ認可されるのは三〇〇年は先だろう。


「ってか、そんなとこでなにを調べんだ? そもそも、どうやって調べるんだよ。あんた、戸籍とか身分証明とかないだろ」


「あ、それはご心配なくです」


 言うと、アシュは自信満々といった面持ちで立ち上がった。

 そして、胸元から小さな指輪を取り出し、小指に嵌める。

 すると。


「…………おぉ?」


 アシュが、消えた。

 文字通り、大袈裟な比喩でもなんでもなく、言葉通りに消えたのだ。

 今この場にいた筈なのに、一瞬にして、姿がなくなった。


「あ、アシュ? どこだ? どこにいった?」


「ふっふっふー。ここですよ、卯兎さん♪」


 と、きょろきょろ見回す俺の耳に、アシュの声が届いた。

 さっきまでアシュがいたのと、同じ場所から。

 だが、目を凝らそうが集中しようが、アシュの姿はない。見えない。


「見えない…………透明?」


「正解ですっ」


 ばっ、と。

 なにやら決めポーズらしき姿勢を取ったアシュが、再び目の前に現れた。


「姿を……見えなく、してたのか?」


「はいっ。これが、私の悪魔としての能力の一つです」


「透明化ってことか? すげぇ能力じゃねぇか! やっぱアシュ、凄い悪魔なんだな!」


「ちなみに名前は『透過性健盲症(ヘルタースケルトン)』です! かっこいいでしょう!」


「アッハイソウデスネー」


「う、卯兎さんっ!? リアクションが悲しいのですが!?」


 いや、そんな中二感満載の名前を堂々と言われても。

 正常な一八歳男子としてはただただ恥じ入るばかりですよ。穴がないなら掘って入りたくなる。


「と、とにかく! この能力で、ちょこーっと役所で調べてまいります。潜入調査です」


「うわぁ、ドジ踏む予感しかしねぇ」


「だ、大丈夫ですって。流石に、昨日のでもう懲りてます。あんなドジはもう、御免です。二度と…………御免です」


 真剣な顔で呟くアシュ。

 lPadを握る手が、血をにじませるほどに力が込められている。なるほど、言葉通り相当に懲りて、反省したのだろう。二度と繰り返さないという、強い決意が見て取れた。


 まぁ、確かにどの道、役所内は動物進入禁止だし。


 俺も一緒に透明化して行く、というのも…………危険だろう。うさぎ自体は臭いの少ない動物だが、どうしても牧草や藁の臭いは残る。それに、アシュの魔力だか体力だかも、きっとゴリゴリ削られることだろう。


 昨日の山での一件は、無理に服装を変えさせて消耗させた、俺にも責任の一端があるしな。

 同じ轍を踏まないようにするには――――アシュだけじゃなく、俺も反省しなくちゃな。


「……分ぁったよ。あんたを信じる。言ってきてくれよ、アシュ」


「っ、本当ですか!? ありがとうございますです! 絶対にこの任務、果たして帰ってまいりますです!」


「いや、気合入れてくれんのはいいんだけど……」


「行ってきますね! 多分、お昼過ぎには戻りますので!!」


 なにかのスイッチが入ってしまったのか、人の話も聞かずに駆け出していくアシュ。

 ……ああいう猪突猛進なとこが、ドジ踏むポイントなんだろうなぁ。


 まぁ、行ってしまったものは追いようがないし、言ってしまったことには責任を持たんとな。

 あいつを――――アシュを、信じる。

 俺にできるのは、ただそれだけだ。


「……水でも飲むか――」


 と。

 水飲み場へ向かおうとした、その時。




「う、卯兎さんすみませんん! え、えと、……や、役所って、どっち、ですかぁ……?」



 あらまぁ、随分と早いお帰りで。


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