第19章 うさぎの霍乱
二度あることは三度ある――――そう、昔の人間は言い残した。
三度目の正直――――相反するようなそんな言葉も、言い残されている。
確かに二回も同じことが起これば、三回目が起きる公算もそれなりに高いとは思う。
そして同じくらい、三度目こそ結果が違うんじゃないかという願望も大きいだろう。
しかしそれよりなにより重要なのは、この諺を発した時点で既に、同じことが二回起こっているということだと俺は思う。
三度目が吉と出るか、凶と出るかの前に。
二度の繰り返しからことは始まっていて――――当然、三度目でも二度目でも大差なく、吉兆いずれかの結果は出てしまうものなのだ。
で、結局のところなにが言いたいのかというと――
「……………………!」
「すぅ……すぅ……」
顔を上げればすぐそこに、無邪気を絵に描いたような寝顔がある。
さらさらの銀髪が全身を優しく覆い、艶めかしい曲線を描くネグリジェを纏い。
牧草と藁をベッドに、うさぎたちをクッション代わりにして眠るアシュの、その。
胸元に。
というか胸に。
おっぱいに。
し、しかも…………地肌の、巨乳に。
「…………ぉ……おぉぉ……?」
俺ことうさぎこと神奈月卯兎は。
目覚めたら何故か――――アシュの胸に挟まれていた。
――ちょ、え、えぇ……?
ぎゅう、と抱きしめられるように腕が組まれ、抜け出すことはおろか動くことさえままならない。
や、柔らかい……!
歩いてる時もひたすらに目立つ胸だったが、ふんわりと優しく包まれると、張りと同時にあらゆるものを受け入れんばかりの包容力を感じざるを得ない。ひたすらに甘い、練乳と砂糖を焦げないように熱し混ぜ合わせたような香りに、噎せ返りそうにさえなってしまう。
人生で(兎生か?)二度目の、お胸様に包まれての起床。
得難く言葉にならない多幸感と共に――――ぞくっ、と背筋を冷やす経験が頭をよぎる。
一昨日、俺の家を訪ねる、その少し前。
自分の寝相に俺を巻き込んだ挙句、問答無用の鉄拳制裁を繰り出したアシュの姿が、脳裏を翳めた。
最初に出会った日にも、セクハラ発言をすれば繰り出される折檻の数々……!
況してや、今日は……!
「ぅ……にゃぅ……」
顔を上げた拍子に、耳が胸を撫でてしまった。
その瞬間、蕩けた声を上げるアシュ。
…………ヤバい、だろう。
意図しない狼藉千万を、既に働いてしまっているのだ。
そもそもこの位置が、もう、既に、超不味いのだ。せめて抜け出そう、自ら胸の谷間という虎穴に入ったのだという疑いだけは晴らそうともがくのだが。
身体は、アシュの腕で固定されてて、どうしても動かない。
なのに、なのにだ。
「…………ぉっ、……っ、ぉぉぅ……っ!」
雄としての、悲しき性が。本能が。
腰をかくかくと、意味もなく運動させてしまう。
その度に、ぴくっ、びくんっ、とアシュの身体が跳ねるのだ、徐々に紅潮していく頬、憂いの色を帯びてなお閉じられたままの瞼、甘い息を漏らす唇。
それを、視界に収めるだけで、何故だか。
――こわ、か、った……怖かった、ですよぉ…………!
――ひっぐ……えっぐ…………う、卯兎、さん……。
――…………探し、て、くれて…………ありがど、です……。
昨日見せてきた、あの顔が。
弱々しくて愛らしい、ぼろぼろに汚れた表情が。
浮かんでは消え、また浮かんできて――――なんだか。
このドジな悪魔のことを――
「…………む、にゅぅ……ふ、ぁ?」
ぱちくり、と。
アシュが目を覚まし、その大きな紅色の瞳で俺と視線を合わせた。
「…………い、いや、これはその、ち、違くて……だな……」
弱々しくて愛らしい、ぼろぼろに汚れた表情は、浮かんでは消えて――――消えたままになった。
完全に思考からログアウトなされた。
代わりに浮かんできたのは、一昨日、一昨昨日に食らった折檻の数々。裏拳に脚を捻られる、首元を掴まれるetc…………い、いや待ってくれ! 今回も冤罪だし!
俺は知らない、他意はないと!
このかくかく唸る腰は本能なのだと!
そう、盛大に言い訳を叫ぼうとした、その時。
「んにゅ…………お、はようございます、です……卯兎、さん」
そう言って――――アシュは、俺の額を優しく、愛おしげに撫でた。
手の平全部を使い、ゆっくりと。
力加減も絶妙で、思わずそのまま寝てしまいそうなほどに心地よい。
って…………え?
「あ、アシュ? ど、どうしたんだ? 一体……」
「……? いひひー。なんでも、ないですよーだ」
言って、俺を胸元から取り出すと、アシュはのろのろと起き上がり、大きく背を伸ばした。
そのままふらふらと、寝起き丸出しの動作で餌を保管している棚へ向かっていく。
背中に、態度に、表情に、怒りの文字はない。
寧ろ、楽しんでいるような、喜んでいるようでさえあって。
出会った直後や、一昨日なんかとは本当に、正反対で。
「…………な、なんか、悪いもんでも食ったのか……?」
困惑と、ほんの少しの恐怖。
それが身体を固まらせていたが――――腰だけはいつまでも、かくかくと揺れるのをやめなかった。




