第15章 悪魔自大
ガチャァーンッ、と、なにかが割れる音。
あちこちから響く、ぱりん、ぱりんとまた一つ、二つ、三つ、たくさん。壊れて欠けて、使い物にならなくなっていく破砕音。その度に、同じように周囲から、私に向けて言葉が投げられる。
「××××××××。またやったのか」
呆れた声。
怒った声。
沈んだ声。
怒鳴り声。
罵倒の声。
落胆の声。
嘲笑の声。
『失敗』に対するあらゆる感情が、一斉に向けられる。
刺さるような視線、殴りつけるような言葉。思わず肩を抱いても、声は和らぐどころかますます大きく、際限なく強く酷く、響き渡り続ける。
「××××××××、またやったのか」「またあいつか」「いい加減にしろよ」「これで何度目だ」「間抜けめ」「今度はなにを仕出かした」「××××××××!」「懲りずによくやるな」「悪魔の恥さらしめ」「次はなにをやらかすんだ?」「××××××××は本当に駄目だな」「人間に騙された?」「またあいつの厄介事か」「いなくなればいいのに」「なんの役にも立たない奴」「いて意味あるのか?」「死んでも××××××××のようにはならないね」「また××××××××か」「天使にやられただと」「騙されて力を貸しただと?」「××××××××の除名を提案します」「××××××××よ、何故生きている?」「××××××××なんていない方がいいだろ」「××××××××はどこかへ行けよ」「××××××××なんて要らない」「××××××××なんか消えろ」「不要なんだよ」「必要ない」「邪魔なだけだ」「××××××××――――お前は死んで、初めて誰かの役に立つかもな」
†
「――――っはぁっ!?」
真っ暗だった視界が、一気に開けて鈍色の空を映します。
濛々と雲が立ち込める空…………が、心なし、さっきより遠い……? はて、今私はどこに――
「って、わきゃぁっ!?」
ぼきぃっ、と足元が嫌な音を立てて折れました!?
ぱきっ、ぱきぃっ、と小気味よく小枝たちをへし折りながら、ぬかるんだ地面へと着地しますぅっ!?
「ぅえっほ、えほえほ、げっほげほ……」
お手本みたいにお尻から着地した所為で、衝撃が体内で行き場を探して彷徨ってます……。く、苦しい……こほこほと、咳を何回か。
ようやく落ち着いて、尻餅をついた姿勢のまま、辺りを見回してみます。
視界にあるのは、どこを見ても、樹、樹、樹ばかりですね……というか、どこかで見たような……。
「…………あ、そっか」
くゎんくゎんする頭が、ようやく正常な思考を取り戻します。そして、思い出しました。
私――――××××××××ことアシュは、あのきつく険しい山道(主観)から、哀れにも落ちてしまったのでした。
で、ここは以前、私が人間からうさぎになってしまった子たちを拾い集めた、あの森ではないですか。道理で景色や匂いに覚えがある訳です。
こんな近くに山があったとは、ついぞ気づきませんでしたが、
まぁ、仕方ないですね。あの時は、うさぎ集めに夢中でしたから。いやぁ、楽しかったです。うさぎさんたちはいっつも鼻をぴくぴくさせてて、愛くるしいものですし。
「……どっかのセクハラうさぎさんは除いて、ですけど」
そうです、あの元人間のうさぎ。
神奈月卯兎さんという名のセクハラうさぎには、ほとほと困ったものです。
元はといえば、ぜーんぶ卯兎さんの所為です。
卯兎さんが服装についてあれこれ喧しいから、仕方なく、ほんっとーに仕方なく不承不承、渋々、嫌々服装を変化してあげたから、疲れちゃって疲れちゃって。だから、山道で寝るなんて愚行に走っちゃったのですよ。
眠くて疲れて限界だったのです。
お使い頼んでも、全然戻ってきてくれないし。
だから、気づいたら寝ちゃってて――――気が付いたら、寝相で崖から落ちちゃってて。
焦ってたから翼も生やせないで……それで崖下の森にまで落下とか。
…………絶対に他の悪魔たちには、バレないようにしましょう。
またぞろ、なにを言われるか分かったものではないですし。
「ん、とにかく……戻らないと――」
早く、あの山道まで戻らないと。
卯兎さんにまで。
下等な人間にまで、またバカにされてしま――――
「って…………あ、れぇ?」
ぐらぁ、と視界が歪みます。
頭に、霞がかかったみたいに、ぼーっとし、て。
「あ痛ぁっ!?」
どざっ、と。
再び視界が明瞭になるのに、多分、一瞬と経っていないのに。
気づけば、身体はまた倒れていて。
反射的に口から飛び出した『痛い』に、自分でも驚きました。
『痛み』なんて、魂しかない魔界では、存在しないものなのに。
ズキズキと痛みの囀る方へ、視線を落とします。
脚が――――まったく関節と関わりない場所で、無残に、折れ曲がっていました。
「ひ――――」
思わず叫びかけた悲鳴を、すんでのところで呑み込みます。
でも、わなわなと首が震え、見開いた目から暖かい液が漏れてきました。
頭も、もう、なにを考えているのか、分かりません。
とにかく、目の前の光景が、ぐにゃりと湾曲した自分の脚が、堪らなくグロテスクで。
自分の身体だと、とても思えないほどに気持ち悪くて。
「う、ぇ…………!」
なにか、吐き出したいという衝動が口を開けさせます。
びちゃびちゃと、さっき飲んだスポーツドリンクが逆流してきます。荒く呼吸を繰り返し、胃液の酸っぱい臭いが頭に沁みたところで――――ぞくりと、背筋が凍ったように冷たくなりました。
ここは、どこなんだろう。
震えの止まらない手で、胸元からlPadを取り出して――――あぁでも、画面に大きなひびが入っていて。ホームボタンを押して、圏外で、電源を切って、再起動。でも、ダメです。圏外。どこにも、通じてくれない。
とにかく、戻らないと。
起き上がろうとして――――「い、ぎぃいいいいいいいっ!?」全身を劈くような強い痛みに、思わず悲鳴を上げ、居ても立ってもいられず転がります。全身が泥で汚れて、汚くて、気持ち悪くて…………胸が、ざわざわと騒ぎます。
どうしよう。
どうすればいいんだろう。
脚、そう、脚を、治さないと。
でも、あぁでもどうするんだろう。どうすればいいんだろう。
なにも分からない、分からない分からないどうしようどうしよう。
怖くて、怖くて、どうしようもなく怖くて。
どうすればいい? どうすれば――
ぽつんっ、と。
「あ…………」
空から、大きな雨粒が。
追い打ちをかけるような雨に――――私は、気づけば獣のように、泣き叫んでいました。




