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第13章 うさぎにへそ曲げる


「納得がいきませんっ!!」



 翌日。

 割としっかり舗装の為された、もう山道って呼ぶのも憚られるレベルの山道を、アシュはぷんすか言いながら歩いていた。


 右手には当然のようにlPadを持ち。

 左手には、もう定位置化のように俺を抱えて。


 唯一違うのは、服装だ。深夜にまで及んだ俺との舌戦の末、なんとか服装を変えることだけはギリギリ了承してもらえたのだ。あわよくば着替えシーンを見れるかも……、なんて淡い期待があったが、『受肉』だったか? その影響で、そもそも着替えという行為自体がカットされてしまった。


 まばゆい光にアシュが包まれ、待ち呆けること数十秒。

 ようやくアシュの姿が見えるようになったかと思えば、既に登山用の格好になっていた。

 膝まで伸びる銀髪を根元から括り、ばらけないよう幾重にも結び。

 頭にはやや時季外れの麦わら帽子をかぶって。

 軽やかなワンピース姿から、長袖のポロシャツに丈長のチノパンに。

 靴は動きやすいスニーカー仕様。

 更に腰元にはペットボトルホルダーを完備し、スポーツドリンクと水を携帯。


 本人は今もなお文句たらたらだが、仮にも山に登るのだ。俺が人間に戻れるか否か、その命運を握ってもらってるのだ。準備は万全と言わずとも、せめて十全にはしてもらわないと、ストレスでこちらの身が持たない。


「一〇〇歩どころか万歩譲って、装備一式は揃えましたけどね。卯兎さん。あなたの同行までされると、流石に侮られ過ぎと思います。正直、不愉快です!」


「侮られるっつーか、心配されるようなことを繰り返したからだろうが」


 覚えがないとでも?

 意地悪くそう問いかけると、アシュは悔しそうに顔を歪めた後、「ふんっ」と鼻を鳴らしてそっぽを向いてしまった。


 本当、ガキみたいな奴だ。

 対処が妹を相手取る時と似たり寄ったりだから、楽といえば楽だが。


「……それにしても、寂れた山ですね」


 はぁ、と深く息を吐くのと一緒に、アシュが言ってきた。

 言われて俺も、きょろきょろと辺りを見回してみる。確かに、もうすぐ山の中腹、休憩所があるところまできたが、誰ともすれ違った記憶もないし、今も周囲には人っ子一人いない。


「……まぁ、こんなものだとは思うけどな。今日はド平日だし、別に紅葉とかで有名な場所って訳でもないしなぁ」


 そもそも、紅葉が見たいなら、時季がやや早い。

 あと一ヶ月、といったところだ。


「ふむ…………となると、何者かが隠れて異変を起こすには、うってつけの場所ではあるのですね」


「さすがに登山シーズンだと、そこそこ人は来るぜ? 他に推す場所もない、中途半端な田舎だからな、ここって」


「ううむ。……とにかく、一旦は山頂、目指して、みましょうか……」


「んー、まぁそうだな。なにかしら痕跡があるな――――らぁっ!?」


 突然、俺の小さな身体を嫌な浮遊感が包んできた。

 抱えられたまま、がくんっ、と視点が下がる。フリーフォールに予期せず乗ってしまったような、下腹部が冷えるような感覚。


 どさぁっ、と。

 すぐ隣で、アシュの身体が力なく頽れたのが、伝わってきた。


「!? アシュっ!?」


 慌ててアシュの左手を振り払い、地面に降り立つ。砂利だらけではあるが、元の道が踏み均されて平らだから、うさぎの脚でもなんの問題もなかった。

 坂道に踏み止まるようにして、四つ脚で地面を掴む。


「ど、どうした? なにが――」






「つっっっっっっっかれましたぁああああああああああああああああああああああっ!!」



「…………えー……」


 幽谷響(やまびこ)が聞こえるほどの大声で。大音量で。

 何を言ってくれちゃってるんだ、この悪魔(笑)は。


「疲れました疲れました疲れましたつーかーれーまーしーたーっ! もう嫌です一歩も歩きたくありません脚がパンパンで痛くてもう嫌になりましたーっ! 帰りたい帰りたい今すぐ即座に帰りたいです帰ってあの愛しいモフモフたちに思う存分癒してもらうんですーっ! セクハラうさぎはお呼びじゃないのですーっ!!」


「…………」


 こ、この悪魔っ娘は……。

 山頂を目指すとか、言ったその舌の根も乾かぬ内に……。

 座り込んでへたり込んで、ぶんぶん首振りながら乳に似合わぬ子供っぽいことを……。


「……あのー、アシュさん? まさかとは思うんだけど、それ、本気か?」


「本気に決まっているでしょうっ!? なにを言っているんですか卯兎さんはっ!?」


 こっちの台詞だわ。

 なにを本気で意外そうな顔してんだよ。ガチだわ。真剣に呆れてるわ。


「いや、この山ってさ、幼稚園児でも登り切れるんだぜ? 途中で疲れたからって、そこまで喚くかね普通」


「ぬ、ぐぅぅぅっ! だ、大体! わ、私がこんなに、疲れているのはですね! 卯兎さん! あなたにも責任があるんですからねっ!?」


「はぁ? どういうことだよそれ」


「私、前に言いましたよねっ!? 元々の私は、魂だけの存在なのです! 人間界という物質的な世界に来るに当たって、魂で無理矢理肉とか骨とか服とか作っているのです! 着替えるだけでも非常な重労働なのです! 疲れるのです! それを、それを卯兎さんが、無理矢理に……!」


「えー……そこ俺の所為になるのかー……?」


「そもそも! 保育園児でも登れるような山なら、こんな装備要らないのです!」


「そうだな。あんたが引くほどのレベルでドジじゃなければな」


「し、しつこいのです! だ、大体、私は言うほどそこまで、ドジはしてないのです!!」


「……昨日、俺の家に行った時」


「ぎく」


 あ、思い当たる節はあるようだ。

 ってか、口で「ぎく」って言う奴初めて見たぞ。


「アシュ、最初に地図を上下逆さまに見てて、おかげで昼前には着くはずが、二、三時間押しで着いたよな?」


「ぐ……」


「あと、帰りにペットショップに寄った時、意気揚々とカゴに詰め込んでたの、全部猫用のトイレ砂だったよな。探してたの、うさぎ用の餌だったのに」


「うぐ……」


「あと夜、寝ぼけてトイレに行こうとしたら、うさぎ用のトイレでしようとして」


「ちょ、まままま待ってくださいっ! なななな、なんですかそれっ!?」


「やっぱ覚えてなかったか……。いきなり近くでパンツ下ろそうとしてくるから、俺は慌てて止めたんだぞ……。しかもその後、ふらふら出ていくから心配して追いかけたら、どこでトイレ済ませたんだか知らねぇが、階段の近くですやすや寝てやがったし――」


「う、わ、うわうわうわうわぁああああああああああ」


「他にもだな、出会った日の夜だって実は――」


「ももももももういいですぅっ! いいです分かりました認めますっ! 私は魔界でも類稀なる超ドジっ娘なのですこれでいいですかぁっ!?」


「い、いやそこまでしろとは言ってないが…………大体、帰るにしたって、また同じ道を戻んなきゃだぜ?」


「う、ぐぅぅぅぅ……」


 徐々に涙目になってくるアシュ。

 ちなみにアシュのドジっぷりは、出会って数日なのに既に枚挙に暇がなく、まだまだ挙げられる。列挙できる。


 ……なんだろ、背筋がぞくぞくと震え上がる。歯を食い縛って堪えているようなその顔が、なんだか可愛らしく見えてくる。

 とはいえ、いじめてばっかりじゃ話が進まないし、なんも解決しないので、そろそろ助け船を出してやるか。俺ってば優しい。


「とにかく、この坂道を上がれば休憩所がある。そこで座って、飲み物でも飲んで少し休もうぜ。進むか帰るかは、そこで考えて決めりゃいいじゃねぇか」


「……あ、あと一体、何百メートル進めばいいんです……?」


「そんなにねぇよ、精々数十メートルだ」


「……喉、乾きましたぁ……お腹も、空きましたぁ……カラカラのぺこぺこで、動けないですよぉ……」


「いやアシュ、ペットボトル三本も」


「全部飲んじゃいましたよぉ! あれっぽっちで足りる訳ないじゃないですかぁっ!!」


「だーもう分かったから。騒ぐな余計疲れるぞ。ほら、休憩所には自販機もある筈だから。そこでなんか買おうぜ」


「うー。いやですー。だるいですー。ジュースのみたいですー」


「幼児退行すんな。こんな胸のでかい幼児がいるか」


「うっさいですセクハラうさぎーっ!」


 あだっ!?

 な、なんか顔に飛んできた! ってこれ…………一〇〇円玉?


「それで美味しいの買ってこいですーっ! セクハラ発言ばっかりで、人のおっぱいばっかりいじってきて…………少しは働いて償うですセクハラうさぎーっ!!」


「えー……無茶言うなよ、俺は見ての通りうさぎで」


「早く行くですーっ!!」


「わ、分かった! 分かったからその辺の砂利投げつけてくんな痛ぇんだよっ!!」



 仕方なく、塩を撒かれたように俺はその場を退散した。


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