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第12章 蛙鳴兎噪


「ふむ…………山、ですか」


 塒にしている廃ビルに戻り、紺ネザーから得られた情報を聞いたアシュの第一声がそれだった。


 うさぎの大半は、のびのびとしたこの場所が心地よいらしく、夜行性としての性を残しているらしい。夕方時になり、もぞもぞと起き出す奴もいれば、まだまだ夢の中の奴もいる。

 聞けば、アシュが一人で拵えた住処らしいが、隙間風もないし、かといって寒過ぎもしない。明かりが裸電球一つなのも、特に苦ではない。室温の調節も万全で、うさぎの身としてはありがたい部屋だ。


 なるほど、確かに小動物好きは伊達ではないようだ。


 俺も、ペットショップ巡りが趣味だったし、動物は好きな方だ。だからこそ分かる。アシュの、うさぎたちに対する偽りのない愛情が。


 ……人語を介する俺は、どうやらその範疇から漏れてるらしいが。


「うん、まぁ山っつーのも気になるけど。俺的には、人間をうさぎに変えたっていう女の方が気になるぜ?」


「人間が小動物に変わっているという時点で、人間業でないのはほぼ確定ですからね。犯人探しよりは、この異変の実態を暴く方が重要です」


「ふー、ん……」


 よく分からんが、どうやらそういうことらしい。

 お仕事の話は難しいなー。高校生の俺にはよく分かんないなー。


「しかし、これだけ数がいるのに、話ができたのは一匹だけですか…………はぁ。困りました。運ぶの苦労したんですよ? みんなを一気に運べるケースとかありませんし…………仕方がないので、翼をこう、お腹の下で丸めて、そこに乗せて飛んで帰ってきましたけど」


「俺の時は疲れるからとか言って飛ばなかったくせに…………って、ん?」


「? どうかしましたか?」


「いや、アシュ。あんた今、『一気に』って言ったか? ってことはこのうさぎたち、全員同じ場所にいたのか?」


「え? えぇ、そうですよ。えーっと確か……」


 言いながら、アシュはlPadを胸から取り出し、ぽて、と藁の敷かれた床に置いた。

 指先でいくつか操作すると、端末の画面上に、ふぅっ、と街の立体映像が浮かび上がったのだ。

 青白く輝きながら、指のスライドに合わせて目まぐるしく動いていく。

 やがて、アシュは指の動きを止めると、立体映像の真ん中辺りを指差した。


「この辺、ですね。やけに反応の多い場所を探していたら、森になっていたので、よく覚えています。大変だったんですよー。服とかもう泥でべちゃべちゃになっちゃいますからね。服とか靴も受肉で作っているので、すぐ綺麗にできますけど、面倒だし疲れるのです」


「そうなのか…………って、んん? ってことはつまり……本来のアシュは、魔界でははだかぶべっ!?」


「わ、わわわ訳の分からない発想をしないでくださいセクハラうさぎっ! そんな訳がないでしょうっ! 向こうには向こうの服があります当たり前ですっ!」


「わ、悪かったって…………んお?」


「っ、こ、今度は何ですか……」


「いちいちセクハラ発言におびえんなよ、それでも悪魔かよ…………いや、この、もうちょい左に、確か……」


 たしっ、たしっ、と。

 lPadの液晶をなぞり、立体映像をずらす。うさぎのもふもふの手ではなかなか動かなかったが、ようやく目的の場所が見えてきた。


 現代社会は、どうやらうさぎになっても情報化には追い付けるらしい。


「あー、やっぱここだ。焚槻山(たきつきやま)


 森から地続きに、緑に覆われた山が立体映像で浮き上がってくる。

 あの国民的アニメの裏山のように、頂上にバカでかい杉の樹が聳え立つこの山は、地元じゃ名の知れた場所だ。小学校の遠足やら課外活動やらで、頻繁に使われている、緑が豊かで、傾斜もそこまでじゃないのどかな山だ。


 思い出せば懐かしい。子供の頃の俺は、山の中腹に寂れた自販機が設置されていて、先生たちの目を盗んでジュースを買えないかと、あれこれ画策したものだ。


「この町の近所に、他に山はないんだし、ここじゃないか? っつーか、ここにいるうさぎたちが、元々いた場所の隣だぞ? 普通怪しまないか?」


「平面モードで見ていたから、山があるなんて知らなかったんですもん」


「いや、それでもだぜ? その森が怪しいってことも、十二分に分かる筈だろ?」


「卯兎さん」


「なんだよ」


「世の中には大事なものなど、たった二つしかないのです。自分と、自分が大事に思うものです。私にとって、この可愛らしいうさぎたちはその一つなのです!」


「いやあんた、仕事で人間界来たんだろうが」


 しかも聞いた話じゃ、仕事をわざわざ強奪してまで来たんだろうが。

 働けや。


「とにかく、この焚槻山が、こいつらがうさぎに変えられた場所だって可能性が高いな」


「分かりました。んー。では明日、私が見に行ってきましょう」


「へ?」


「え?」


 アシュの宣言に、俺は思わず疑問符を返していた。

 対するアシュもとぼけた調子で返してくるが…………いや、いやいやちょっと待ってくれ。


「アシュ? あんた、一人で行く気か?」


「? 卯兎さんこそ、なに言ってるんです? 普通に一人ですけど」


「えーっと……準備は?」


「lPadがあれば大丈夫です!」


「いや、いやいやいやいや」


 首をぶんぶんと降り、積極的な否定を遂行する。


「いや、悪いけどせめて服は変えろよ。ワンピースて。山舐めてんのか。一応あの山、子供用の緩いコースもあるけど、高尾山の二倍ちょいあるからな?」


「たかおさん? 誰ですそれ?」


「とにかく! 山を舐めるな! そして自分の鈍臭さを少しは自覚しろ!」


「ぐ……ふ、ふんだ! 卯兎さん、私はこう見えても悪魔なんですよ? 人間界の山ごとき、どうってことありません! 所詮、煉獄山の足元にさえ届かないのですからね!」


「あんたはどこまでフラグを立てれば気が済むんだ!?」


 思えばこの悪魔、昨日からドジだらけなのだ。

 飼育小屋の左右は間違えるし。

 押し戸と引き戸は間違えるし。

 入ろうとして躓いてこけるし。

 この鈍臭さとドジっ娘属性を、山に一人で解き放つ…………やっべぇ惨劇の予感しかしねぇぜ。


「とにかくダメだっつーの! 俺は何度か登ったことあるし、ルートとかも分かるから、俺が案内する! あんたは放っておくとなに仕出かすか分かんねぇし、見とかないと俺が不安!」


「な、ぅ、ぐぐ、屈辱です! なんで私が人間に、っていうか今はうさぎな人にそこまで心配されるのですか! バカにしないでください! 私、悪魔なんですよっ!?」


「いやあんたにもしものことがあったら、俺が人間に戻れねぇだろうがっ!!」


「ある訳ないでしょうそんなこと! 何度も言いますが、私、悪魔なんですよっ!?」


 その後も、喧々諤々、というかほぼ喧嘩のように舌戦を繰り広げていた。

 俺は引くつもりなどないし、かといってアシュもプライドが許さないらしい。


 だが正直、本当に死活問題なのだ。


 アシュが飼育小屋の時のようにやらかして、例えば崖下に真っ逆さまで死んでしまったりしたら、俺はどうすればいい? ここにいる元人間のうさぎたちと、心中なんて真っ平御免だ。

 だから俺は、力の限りごねてみせた。


 その結果は――


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