10話 【痛みの天秤】
奪われたら奪い返せ。
当たり前のような言葉。
しかしその言葉はどこか悪意を感じる。
奪い合うだけでは争いしか生まれないと言う人も居るだろう。
しかし、今の彼——真夜にはそんな言葉は不要でしかなかった。
一方的に真琴が奪われたのだ。
それだけで彼は争う覚悟だってある。
——必ず……迎えに行く!!
握り締められた真夜の拳の中には、今もあの時のコインがある。
このコインを使って彼女は空間を渡っているらしい。
そして一度使われたら、その後反応はしない。
つまり一方通行でしか用途を得られない代物のようだ。
「シンくん……? どうしたの?」
真夜の握り締められた手にそっと添えられたのは幼い少女の手。
司と共に救い出した親子は今も真夜の側に居てくれた。
真琴を拐われ、ふさぎこんでいた真夜の顔を上げさせてくれたのは、この二人のおかげと言っても過言ではない。
——どっちが助けたのか解らなくなってくるな。
思わず苦笑いが浮かぶ。
そして同時に、自分の手に添えられた小さな手の存在を優しく撫でてみせる。
「大丈夫だ! ありがとう!」
「マコちゃんはへーきだよ! だからシンくんはあしをはやくなおして、むかえにいかないと!」
「この子の言う通りです。 真夜さんの脚は私がどうにか治療します! だから……今は我慢していてくださいね。」
少女の言うマコちゃんとは真琴の呼び方らしく、いつのまにか仲良くなっていたのには驚かされた。
親子は互いに笑いあい、そして真夜を励ます。
立て続けに問題が起きていたから自己紹介は出来ていなかったのだが、ここで二人の紹介をしておこう。
柔らかい笑顔が印象的、綺麗な黒髪が腰まで伸びていて、なによりスタイルが良く胸が大き……。
はっ!? 誰かの蔑む様な視線が!!
「どうなさいました? 真夜さん?」
「いえ……。 なんでもアリマセン。」
そう言いながら今、懸命に真夜の脚を治療してくれているのは母親。
——神崎 麻弓
聞く話によると、どうやら麻弓さんの旦那さんは海外から来たやり手の医者らしく、その経営する病院で婦長をしているらしい。
その為医療に関しては凄まじく頼もしいの一言に尽きる。
年齢に関しては……『ひ・み・つ・です☆』だそうだ。
「むぅ! シンくん……お母さんのおムネばっかりみてる!」
悪意のない少女の発言ほど怖いものはない。
「ちょっ! そんなっ!」
「あらあら! まぁまぁ! 困ったわね〜!」
頬を赤く染め上げ艶っぽい笑顔で笑う麻弓さん。
さすが人妻の色気というものだろうか、見惚れてしまう。
そんな真夜を横からジト目で見つめ、むぅ! っと鳴いている幼い娘。
——神崎 アリス
少女は幼いながらも、母親から受け継いだ柔らかい笑顔がやはり印象深い。
父親は外国籍らしく金色の髪はキラキラしていて、その髪に付けたピンク色の大きなリボンが特徴的だった。
「むぅ! アリスだってお母さんみたいにおっきくなるもん!」
そう言いながら、一生懸命背伸びをしてみせるアリス。
同じ遺伝子を継いでいるのだ、間違いなく将来は期待出来るのだろう。
真夜は心の中で深く頷くのだった。
そうこうしてる間に、麻弓さんの治療の手は止まり他の器具を新たに出し始めている。
「ある程度の手当ては済みました。 どうやら神経などは上手く傷付けないように逸らされたようです。 治療も残るは傷を塞ぐだけなのですが……。」
「どうしました?」
「あくまでもここは医務室なので……麻酔が……。」
なるほど。
要するに麻酔なしでの傷の縫い付けになるようだ。
正直、そんな痛みに耐えられる自信はない。
だが……真琴が居なくなる痛みに比べたら、それこそどうということはない。
「大丈夫です。 ……やっちゃってください!」
「……解りました。 アリスはお外でいい子に待ってられるかしら?」
「どうして? アリスもお手伝いできるよ!」
「そうよね! アリスもお手伝い出来るわよね。 なら……お母さん喉が渇いちゃったから、お外の自動販売機でなにか買ってきてほしいな♪」
「むぅ……。 わかった! お母さんとシンくんの為にのみものかってくる!」
そう言ってアリスは心なしか寂しそうに医務室の外へと向かっていった。
「すいません……気を使ってもらって。」
「いいえ。 なるべく痛くないようにするので、真夜さんも気をしっかりと持ってくださいね!」
そっと見えないように脚にかけてあったガーゼを取る。
——うげ! どれだけ見ても血だけは慣れないな。
アリスには見せられるものじゃない。
むしろこの場にいられたら、きっとトラウマにすらなるのではないか。
それくらい脚の出血は酷かった。
「真夜さん……これから脚の傷を縫います。 麻酔は残念ながらこの場にはないので、そのままですが……本当によろしいのですね?」
「……はい! 時間もあまりないので……よろしくお願いします!」
壁にかけてある時計にチラリと視線を向ける。
Ri:Nとの約束の時刻まで……残り6時間程といったところだろう。
そんなに悠長にしてられる時間もなさそうだ。
「それでは……始めます!」
「いっ……! さすがに……麻酔なしの治療は……っ!」
医務室からは真夜の苦痛の呻き声が漏れている。
買い物に出ていたアリスが数十分で戻っていたのだが、その声を聞き医務室には入らずジッと外で待っていた事はきっと麻弓しか知らないだろう。
何度も気を失いかけ、その度痛みで意識を引き戻されること一時間。
真夜の脚は無事治療を終えていた。
「それで……真夜さん。 これからどうなされるおつもりですか?」
「……真琴を助けに行きます! このまま放っておくことなんて出来ないんで。」
「その脚で無茶などしたら……歩けなくなる可能性だってありますよ?」
「それでも……俺にとっては唯一残された家族ですから……。」
「そうですね、きっと私が同じ立場でも……有栖を救おうと動くはずです。 だから約束してください……必ず真琴さんを連れて帰ってくると。」
優しく真夜の手を両手で握る麻弓。
その温かさに勇気が貰えた。
必ず真琴を取り戻そうと。
「それじゃ……アリスちゃんが戻る前に俺は行きますね。」
脚は……まだ痛むが歩けないほどではない。
それだけ麻弓さんの腕が確かだったってことだ。
真夜は医務室のドアノブに手をかけた。
「解りました。 アリスには私から伝えておきます。 どうか……お気を付けて。」
「色々と……ありがとうございました!!」
真夜はその場で回れ右をして、麻弓に頭を下げる。
「こちらこそ、また何処かでお会いしましょう。」
その優しく柔らかい麻弓の言葉と笑顔に押され、真夜は今度こそ医務室を後にしたのだった。
真夜が出て行った医務室に入っていく一人の小さな少女。
両手には飲み物が握られていた。
そしてその瞳からは大粒の涙が……。
その後、医務室からは少女の泣き声とその声をあやす優しい母親の声が聞こえたという。
どうにか10話更新出来ました!
風邪をひいてしまい更新遅くなって申し訳ありませんでした。
今回はあくまで次回への繋ぎのお話にさせていただいております。
ここにきてやっと親子の名前も出てきました。
麻弓と有栖
この二人の出番もまたそのうちあったらいいなと思います!
次回はとうとうヤツの登場です!
もうそろそろ出さないと忘れられそうなので!笑
というわけで次回もお楽しみに!




