第19話 ばっくぼーん?
「ここからは、私達の番だね。」
目を爛々と輝かせながら、眼下に倒れる少女を舐めるように見つめる金髪幼女の『西の賢者』。
そして真逆の立場にいる、痺れた体を必死に動かそうと地面を這い蹲る桃色ボブカット幼女の『狂戦士』。
双方とも幼女ということもあり、シリアスな現場のはずなのにかなり微笑ましい光景となってしまって俺の頬なんぞは先程からたるみっぱなしだ。
「ッ、アタシを殺す気なら、さっさとやりやがれってんだ!」
『狂戦士』が吼える。それに勢いこそはあるものの、その声には先程まであった覇気が僅かに消えかかっていた。
「ふふ。私としても君の体力を尋問できる程度まで削っておきたいのだが、残念ながら君の役職効果を考慮する限りそういう事はできなさそうでね。少しの間、痺れてもらうよ。」
「クソッ!」
「それにしても『狂戦士』か。これはまた随分と興味深い役職が現れたね。」
「興味深い?」
イチヤが可愛らしく首をかしげる。
「ああ。前に城で説明したと思うが、役職保持者が死んでその役職を持つ者がいなくなると、いくつかの例外を除き、何年かのスラングを経て再びその役職の保持者が現れるんだ。そしてその度に勇魔大戦が勃発し、『勇者』側か『魔王』側かのどちらかにそれぞれついてその流れを延々と繰り返していくのだが……」
「おい!」
怒声が響いた。見れば、這いつくばった彼女が憤怒の表情でエリスを見ている。
「テメー、あたしに喧嘩売ってんのか!?」
「売ってなどいない、ただ真実を述べているだけだ。」
「ッ、あたしだってなりたくて魔王についてる訳じゃねぇよ!あたしを拒否したのは、紛れもないテメーらだろうがっ!!」
元より険悪だった雰囲気は、より一層その鋭さを増した。なんだろう、これが俗に言う修羅場という奴なのか。エリスと少女が睨みあう。
「……それは仕方ないだろう。君の前代、前々代、更にその前からずっと『狂戦士』の役職持ちはその歴史に上塗りに上塗りを重ねてみたのだから。すっかり布地に染み込んでしまった漆黒をまっさらにするというのは、そう簡単にできるものではないんだ。」
「テメッ、あたしが同じ役職ってだけで決めつけやがって!調子こいてンじゃあねぇぞ!」
どういうことだろう。彼女は、ボブカットの『狂戦士』はエリスのいう「魔王側」ではないのだろうか。そもそも何故、勇者と魔王で分かれたりなんかする?
「ともかく、君の後ろにはいるんだろ?魔王を支持するバックボーン、がさ。」
エリスはあくまでもその態度を変えず、しばらくの間膠着の時間が続く。
この世界の役職持ちは、果たして双方に分かれて互いを潰し合うことが課せられた運命なのだろうか。もう、こっとラノベやアニメみたいに協力して強大な敵に立ち向かったりはしないのだろうか。
というか……
「この世界は魔物に困ったりとかはしてないワケ?」
「ああ、凶暴すぎて一般の冒険者が太刀打ちできない際には、その土地の領主直属の軍が出動、制圧するのさ。役職持ちは暇な時に少し手伝う程度だ。」
「ちったぁ働けよ!」
「役職持ちは基本、対する勢力の役職持ちとの戦いで忙しいのだ。それこそ軍の介入できないレベルの戦いで、万一にも市街戦になった場合には被害が大きすぎるからな。」
「だからぁ……」
「なんで同じ役職持ち同士なのに、戦ったりするのか、ってことですよ。」
俺の気持ちを弟が綺麗に代弁する。弟よ、完璧過ぎるフォローだがここは兄貴に決めさせて欲しかったな。
「そうだよ、何も毎回魔王やら勇者やらに分かれて戦争しなくてもなぁ。今回だってまだ始まってはいないんだろ?なら、今回は無しってことで良いじゃねぇか。」
エリス、そしてボブ幼女は押し黙る。イチヤは重みのある沈黙を保っていた。
「大体、その『勇者』と『魔王』ってのはそんなに強いのか?そいつらは一体どんな能力を使うん……」
「兄さん!危ない!!」
途端、どんっと物凄い勢いで押しのけられる。見ればイチヤが、俺のいた所に立っていた。
「『聖騎士』ッ!」
呼応に応じてイチヤの前に現れたのは、万物を打ちとめる光の大楯。
そしてそれにぶち当たったのは、禍々しい緑の瘴気を放つ「弾」だった。イチヤが俺を突き飛ばしていなかったら、今頃俺はアレの餌食になっていたかもしれないのだ。やはり持つべきは姉でも妹でも兄でも無く、弟だ。
「ほう、なかなかやるじゃアないか。」
この場にいた誰のものでもないくぐもった声が、先方から聞こえてくる。
そちらを向くと、そこに立っていたのは長身の男だった。鳥のクチバシを模した仮面を
「兄さん、あれはペストマスクっていうんだよ。」
そう、そいつはそのペストマスクを深々と被り、全身を緑の毒々しい燕尾服で決め込んでいる、なんだか薄気味の悪い男だった。マスクのレンズですら、黄緑にうっすら輝いている。
「君が、バックボーンだと考えていいんだな?」
「バックボーン?そんな大層な肩書きは私にァ似合わないよ。もっと気軽に呼んでくれ給え。」
「気軽にって言われても……」
「ンふふふ、そうだねェそうだねェ。気軽に呼ぼうったって、名前も素性も知らないような相手をどう呼べという話だよねェ。ンッふふふふふ!」
気味の悪い奴だった。マスクをしているのもあって、表情を読めないのが余計に不快感を与えてくる。なんか笑っているし。
「ンふふふふ!……ふぅ。じゃあ、こうしよう。私の役職を教えてあげるから、それで呼んでもらおう。といっても、そこの君にはもう筒抜けみたいだけどねェ?」
「え?」
エリスが、震えていた。そうだった。確かこいつは、俺たちが城に降ってきたときにも俺たち二人の役職を見事に言い当てて見せていた。ということは今回も、既に奴の正体が分かっているのだろう。
「おいエリス、アイツの正体が分かったのか!?」
「……ラ…」
「ラ?」
「ヒーラー…だ。奴は、勇魔大戦における勇者側の後衛の要、回復のエキスパート。『白魔術師』だ。」




