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平成学生革命

作者: 讃嘆若人

「ええと、身分証明書を見せてくれませんか?」

 校門の前で、モデルガンかBB弾銃かを持った男子高校生が、この高校の新任教師の私に対して、身分証明書の提示を求めてきた。

「あ、はい。」

 私は、とりあえず、運転免許証を提示する。

「ちょっと待ってくださいね、直ちに紹介するので。」

 そういうと、彼は、私の免許証をスマホで撮影した。免許証に記されている名前を読み取り、相手が何者であるかを判別するアプリでもあるのだろう。

「はい、OKです。新任教師のかたですね?校門チェックを回避したいのであれば、近日中にナンバープレートの登録を宜しくお願いします。」

「わかりました。」

 そう答えつつ、私は、車をそのまま中に入れた。






 それは、突然、だった。

 いや、本当は、突然では、なかったのかも、しれない。


 平成20年代から30年代にかけて、この国の教師への不信感は、頂点まで高まっていった。

 いじめの隠ぺい、体罰、反日教育、教育委員会の不祥事、生徒の政治活動への弾圧や不当な干渉、不適切な生活指導、教科書採択を巡る収賄事件――これらの、諸問題の原因が、教職員の労働組合で、政治にも一定の力を保有する「全国教職員組合」(全教組(ぜんきょうそ))である、とされた。

 確かに、そういう面も、あった。

 全教組は、これまでの間、左翼的な教育を行っていたことでも有名である。

 平成20年代の世の中の右傾化と併せて、全教組は、次第に、批判を浴びるようになった。

 「反全教組」を訴える高校生団体や、大学生団体が、各地にできた。

 当初、政府は、それを、歓迎していた。

 「日本の右傾化」が進めば、「保守派」である自分たちの支持が高まる――そういう、計算からだった。

 だが、実際には、当時の安東政権は、決して、保守主義的な要素を持ってはいなかった。

 そのことに、学生たちが気付くのは、時間の問題だった――。






「愛国無罪!」

「造反有理!」

 高校の校舎に、大きな垂れ幕が貼ってある。

 私の母校、柚木高校の空気も、すっかり、一変していた。

「いいですか!この、柚木高校を拠点として、国家社会主義革命を遂行しなければ、ならないんです!」

 一人の生徒が、トラメガを使って、訴えていた。

 今は、授業中のはずであるが、誰も、彼を止めない。

 エスケープしていた生徒ら数十人が、彼の周りに集まっている。

 中には面白がってきている生徒もいるし、「そうだ!」と賛同の意を示す生徒まで、存在する。

「我々の目的は、日本を、いや、世界を、国家社会主義の国にすることです!アドルフ・ヒトラーは言いました、『政治とは、作られつつある歴史である』と。総統閣下の言うことは、いまでも、色()せてはいません!新自由主義政権のせいで、格差が拡大するなか、労働者階級を救うのは、だれか?それは、この、歴史ある柚木高校の、私たちなのです!」

 ヒトラー賛美とは、恐れ入る。

 実は、今の若者の間では、社会福祉制度の充実と経済成長を達成した、ナチスのヒトラーは一種の英雄視をされていた。

 だが、ヒトラーは、日本人をも差別していた、ということを、彼らは、知らないのであろうか?

 

 それにしても、私がいたころの柚木高校と比べると、ありえない光景だ。

 実は、この、柚木高校から、すべてが、始まった。


 そう、あの、数年前の出来事から――。






 平成30年代も半ばを過ぎ、そろそろ終わろうとしていた時のこと、私は、たまたま、ネットニュースで母校のことが載っていて、それを見ていた。

 見ると、思ったよりも大きな扱いで、動画に、複数の専門家のコメントまで、載っている。

 動画を見て、私は、衝撃を受けた。


 これが、あの、柚木高校なのか?――――私が通っていた、白鳳県でも有数の進学校の、姿なのか、と。

「全教組は死ね!!」

 大声で、ヘルメットに金属バットで武装した制服姿の高校生が、叫んでいる。

「お前ら、いい加減に反省しろ!!」

「全教組!全教組!この、クズが!!」

「貴様らのせいで、一体、何人の生徒が死んでいるんだ!」

「いい加減にしろ!この野郎!」

「愛国無罪!造反有理!」

 ――――彼らは、学校権力への憎悪を、むき出しにしていた。

「柚木高校の生徒が校内で自殺した問題で、教師の責任を問う一部の学生らが暴徒化、職員室や放送室をはじめ、校舎の一部を占拠しています。柚木市では、ここ数年、市内の中学校や高校で自殺する生徒が相次いでおり、教師の責任を問う声が高くなっていました。――――」


 しかし、一番、驚いたのは、彼らが、「闘争」に「勝利」した、という、ことであろう。

 一部の生徒は、食料等を持ち込んでおり、バリケードを築いて、何週間も籠城した。

 そこに、加わったのが、全国各地から集まった右翼団体の街宣車である。

 パトカーと右翼の街宣車がにらみ合う日々が続いた。

 そして、運動は、全国に飛び火した。

 柚木高校の占拠から約一週間で、50の高校が占拠された。

 その中にはすぐに占拠が解除されたところもあるが、2週間後に発表された、占拠が行われなかった高校も含め、全国の500の高校に所属する高校生による、「全国高校生共同声明」には、多くの大人たちが、腰を抜かさんばかりに驚いた。

 500校と言えば、全国の高校の一割である。そのうちのいくつかは、事前に、柚木高校の生徒らと連絡を取っていたはずだ。でないと、こんなに短時間に、全国の高校生が歩調を合わせられるわけがない。

 しかも、この共同声明には、各地の高校の賛同者の名前が記されていたのだ。人数で言うと、3000人の高校生が、名前を連ねていたのであるが、その中には、「生徒会長」の肩書を持つものが、約70人もいた。その他の生徒会役員も含めると、300人もの数に上った。

 柚木高校の生徒会長は、直接は占拠に加わっていなかったが、この共同声明には、一番上に、名を連ねていた。

 

 そう、これは、組織的な、念入りに準備された、高校生の「反乱」だった。

 彼らのエネルギーは、学校権力だけでなく、腐敗した社会そのものに、向けられていた。

 政府や警察はおろか、裁判所すらも、彼らからすると、「打倒すべき権力者」であった。


 柚木市と白鳳県の教育委員会は、高校生らに、妥協した。

 生徒の自治を認める、政治活動の自由を認める、いじめや体罰が起きないようにする、関係者の刑事告訴は行わない、高校内部に警察の侵入は認めない、生徒会による教師への監視を認める――――こんな、条件だった。






 こんなことになった背景には、もう一つ、存在する。

 警察の不祥事が、相次いでいた。

 誤認逮捕が、続出していたし、裁判で有罪になった人間が、実は冤罪だった、という事件も多発した。

 途中から、マスコミは、そうした冤罪事件を報じなくなった。

 政府が、情報統制を、行ったからだ。

 政府は、ネットにアップされたコピー動画を見ると、『著作権法』違反、スピードオーバーは『道路交通法』違反で、どんどん検挙し、政府批判の声を抑えていった。

 さらに、『軽犯罪法』も改正され、どんな些細なことでも「犯罪」とみなされるようになった。

「道を歩けば、犯罪者になる」――――人々は、そう、言っていた。

 結果、警察に逮捕されたところで、「悪い人」ではなく、「気の毒な人」と呼ばれる、世の中が出現した。

 厳しぎる法運営の結果、誰も、法を破ることに、罪悪感を感じなくなったのである。


 逮捕歴があっても、就活や推薦入試に、影響しなくなった。

 有罪判決が下っても、周囲の目線は厳しくない世の中になった。


 そういう状況だからこそ、彼らは、立ち上がることが、できた。


 仮に、自分たちが逮捕されたとしても、いつでも、社会復帰できる、うまいこといくと、同情や、称賛すら受ける――そういう、確信があるからこそ、彼らは、堂々と「造反有理」「愛国無罪」を叫ぶことが、できたのである。






 今日は、私の、初めての授業だ。

 モデルガンを持った生徒会役員が、教室の出入り口に立っている。

 私の言動を、監視しているのだ。

 私は、苦笑しながら、自己紹介を始めた。


 ここで、私が頑張ることこそが、日本再生の道なのだ、との、確信を胸に秘めながら―――。

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