天使の森林行軍
アセレアとセリーは距離を縮め、"口無しの森"を進んでいます。
「ところでセリー、本当にこの方向でいいのかしら?」
アセレアは背の羽が横に伸びる木々の枝に引っ掛からないように身を屈めながら獣道を進む。
「ごめんなさいアセレアさん。通りづらい道だけど、ここを抜けるのが一番早くて安全だから。」
セリーが胸を明かした翌日から、二人は"口無しの森"の北東方向にあるであろう街道を目指し進んでいた。
すべてを打ち明けたセリーは、今までとは違い、たまに甘えるような視線を向けてくる。多分一緒に居てくれると宣言し包み込んでくれたアセレアに、年頃の子供のように甘えたいのであろう。そんなセリーにかつての妹分であるセルティの姿が重なり、少し心が締め付けられたが、今は目の前の新たな妹分のためにも気丈に振る舞うことに集中する。
日もすでに頂点を超えたが、小まめに休息を挟んでいるためか隣町へ続く街道はまだ見えそうにない。元々兵士であり、そして天使でもあるアセレアは休憩なしの強行軍でも問題は無かったが、セリーも一緒ということもあり無理に進めない。また空を飛ぶ際の魔力の消費量が想定より多かったため、空を飛んでの移動も控えていた。
「セリー?無理をしないでいいのよ?」
先程から歩く速度が遅れぎみのセリーを気遣い、アセレアが再びセリーに声をかける。本人は大丈夫と言ってはいるが、既に息が上がっている。アセレアはそんなセリーに休息を取ろうと告げ、木の影に腰を下ろした。
「それにしても心もとないわね・・・」
アセレアは自分達の荷物を改めて確認し、深く息をついた。エリーを抱き抱え、急ぎこの森に逃げ込んだため、それほど多くの荷物は持ってきていない。荷物はセリーがいつも薬草採取を行う際に持ち出すザックに、セリーが今まで貯めていたわずかな路銀。セリーの下着。日持ちする簡易食。そして水の入った水筒2本と、衛兵から奪った短剣のみである。路銀はセリーが肌身離さず持っていたものを、アセレアに預けてきたものだ。
「あの・・・アセレアさんは水飲まないの・・・?」
水筒の水を飲み一息ついたセリーが心配そうに声をかけてくる。
「大丈夫よセリー。心配してくれてありがとう。」
そんなセリーの気遣いにアセレアは微笑みで返す。戦場に出ればまともな飲食を取れないことも多かったため、アセレアにはまだ余裕があった。だがセリーのことを考えると食料と水を手に入れないと。アセレアは決意を新たにこれから進む道に視線を向けた。
結局"口無しの森"を抜け、街道にたどり着いたのは夕方近くになっていた。セリーはすっかり疲れ果てぐったりとしている。アセレアは付近を見渡し、夜営できそうな街道の脇にセリーを抱き抱えて運んでいった。
「ごめんなさい。足手まといになっちゃって。」
セリーは簡易食の中にあった干し肉の欠片をかじりながら、申し訳なさそうに声をあげた。
「いいから今日はゆっくり休んで。明日にはきっと町につくわ。そしたら少しゆっくりできるはずよ。もう少しだから頑張ってね?」
「うん、それで・・・ね。今日も一緒に寝ていいかな?」
そう言うと、セリーは上目使いでアセレアを見つめる。アセレアは優しく微笑みセリーを自分の膝枕に誘う。セリーはアセレアの膝の上でまるで猫のように丸くなり、静かに寝息をたて始めた。
まだ夜が明けきらぬ街道をアセレア達が目指す方向から、商人の馬車と騎馬数騎からなる商隊が通っていく。そして街道の脇で夜営しているアセレアとセリーを横目で確認した商人が、護衛の頭目を呼びつける。すでに商人の考えを察している頭目がすぐに自分の馬を馬車のそばに寄せた。
「あの娘ら。どう思う?」
「えぇ、1人は人族でもう1人は羽持ちでしたぜ?しかも荷物もほとんどもっていやせんでした。」
「んじゃ決まりだな。」
「えぇ、すぐに使いを送りましょう!懸賞金はともかく、情報料はいただきですね!」
その会話の後、商隊から離れた一騎が元来た道を戻る。先程商隊が立ち寄った町に、指名手配されている"羽持ちと少女の2人組"の居場所を伝えるために。