天使が知った真実
セリーに拾われたアセレアは、彼女とベッドでお話し中です。
「そういえばセリーに一つ聞きたいことがあるのだけどいいかしら?」
顔が赤いままのセリーに、アセレアは声をかけた。
「なんでしょう?アセレアさん」
「セリー、あなたは人族よね?」
突拍子もないことを聞かれ、セリーは頭を傾けながら答える。
「ええ、見ての通り人族ですよ?」
アセレアの予想通り、セリーは人族であった。
「そう、ではこの土地の所属する国はなんていう名前なのかしら?」
「んと、グロリア帝国ですよ?アセレアさんそんなことも知らずに旅をされてたのですか?」
この国名は聞いたことがない。どうやら物事はアセレアの想定する最悪のパターンにたどり着きそうである。
「ではこの国、いえ、世界の方々が崇拝されている神の名はなんていうのかしら?」
この質問ですべてが分るはずだ。
「それはそれぞれの種族により異なるはずですよ?私を含めて、人族は主にリヴァナ神を信仰しています。リヴァナ教の聖地は・・・」
種族の違いにより知らないだろうと勘違いをしたセリーは、生徒に講義をするのかの如く自らの信仰する宗教について述べ始めた。そんなセリーを尻目に、アセレアは言葉を失った。アセレアの国である聖ドメイヌ国を含め、世界中で神は唯一神であるミリアン神が種族を超えて信仰されていた。そのミリアン神の名前がでず、人族が未だに滅亡していない世界。
「そう・・・ここは私の世界とは違う世界線なのね・・・」
こうしてアセレアはどうやら自分が禁忌魔法により違う世界線に漂流してしまったことを静かに悟った。勿論他の可能性もあるが、そう考えるのが合理的だったのである。
自分の講義を全く聞いてないことに気づいたセリーは頬を膨らませつつも、とあることを思い出し、急に申し訳なさそうな顔になった。
「ところでアセレアさんに一つ言っておかないといけないことが・・・」
黙りこくったアセレアにセリーが覗き込みつつ言葉をかける。
「・・・ん?どうしたのかしら?」
「実はアセレアさんの治療の際に服を脱がせようとしたのですが、もう着れないぐらいボロボロだったので・・・その・・・」
そう言いつつ、ベット脇の籠よりぼろ布の塊を持ち上げる。どうやらアセレアの着ていた鎧の残骸らしい。
「それはもともとボロボロだったのだし、気にしないで大丈夫よ?」
「それと・・・アセレアさんの・・・裸体を勝手に・・・見てしまいました・・・ごめんなさい・・・」
セリアがやや頬を赤らめながら、頭を下げた。
「そんなこと気にしないで大丈夫よ。」
従軍していたアセレアとしては全く気にしていなかったが、少女であるセリーにとっては他人に裸体を見られるというのは一大事だったのだろう。アセレアの答えを聞いたセリーは胸を撫で下ろし、無事に笑顔に戻った。
それからの2日間、アセレアはベッドの上で体力の回復と怪我の治癒に努めた。勿論全く知らない世界線に漂流してしまったことについても考えはしたが、まずは身体が動かないと解決するものもしない。そう思い切ったのである。魔力も回復してきてはいるが、治癒魔法を唱えるまでは回復していない。なによりアセレアは元々槍兵であったため、治癒魔法が得意ではなかった。
最初は付き添ってくれていたセリーも、それまでの生活リズムに戻り、薬草採取に精を出していた。アセレアのための薬草も合わせて採取するため、帰り道は今までより重い籠を背負わなければならなかった。また自分の食事を減らしてアセレアと分け合わなければならない。育ちざかりのセリーには少し辛かったが、それよりも家に他のだれかがいる生活が久しぶりですごく楽しかったのである。
こうしてアセレアがセリーに救われ3日目の朝。
「よっと、うん。大丈夫みたい。」
「本当に大丈夫?」
アセレアはセリーに見守られながらベッドから立ち上がり、軽く部屋内を歩き回る。どうやら右腕と左脚の怪我は完治まではいかないが、通常生活には問題ない程度に回復していた。そもそも天使族は基本的に怪我の治りがいい。
「少し外に出てみようかしら。けど服が・・・」
「大丈夫、この服を使って!」
下着姿のアセレアはセリーの差し出した服に袖を通す。背中が少し大きく開いているため、羽が出ないという問題なく服を着ることができた。
「ありがとうセリー。けどこの服は?」
アセレアの着替えを見ていたセリーにアセレアが問いかける。
「お母さんが昔着ていたの。お古でごめんね。」
セリーが申し訳なさそうにしている。そんなセリーの頬を撫でつつ、アセレアは言った。
「こうやって服までいただいたのだから、セリーに恩返しをしなきゃね。今日から私も仕事を手伝うわよ?」
頬を撫でられ満足げな表情を浮かべていたセリーは、アセレアの言葉を聞いてさらに喜びの表情を浮かべ、アセレアの腕を引っ張り”口無しの森”へと向かっていった。
「ん?異教徒がこの地に住み着いているだと?」
でっぷりと太った司祭が若い神官の言葉に耳を疑う。この田舎町は大多数が読み書きすらまともにできない農民が大多数を占める。農民は非常に御しやすい。すべては神の御心であるとお告げを出せば大体が信じる。
そんな農民たちの"信仰"を失わないためにも、"異教徒"は徹底的に排除しなければならない。女子供であっても容赦はしてない。それが彼の流儀であった。
「して、異教徒はどこに住み着いているのか?」
司祭の問いに、若い神官は手元の書類をめくり答える。
「どうやら薬草採りのセリーの元に居ついているようです。羽の生えた少女がとの報告ですので鳥人族でしょう。」
神官の答えに、司祭は悪態をつく。
「あの餓鬼が、親の不幸を我が神殿のせいにするだけでなく、異教徒を招き入れるとは、許せんな。」
そして神官が町の領主の元へ赴くために司祭の部屋を退出すると、一人司祭は呟いた。
「この際、もっと町の締め付けを強化すべきか・・・まぁまずは魔女狩りだ。」