天使と奴隷商
アセレア達は無事に次の町へとたどり着いたようです。
港町ラベリュート。
貿易港として古くから栄え、この国での物流の一大拠点となっている。もちろん町の中にも様々な店舗が立ち並び、取り扱われる物は多岐に渡る。食材はもちろんのこと、建材や鉄材の展示を行っているような店もあった。そしてアセレアとセルティは、自分達には信じることができない"モノ"を商っている店をみて絶句する。
「あれは・・・囚人ですか・・・?」
店先には、手枷をはめられ、鎖によって数珠つなぎとなった人々が、馬車から降ろされていた。皆まるで死人のように生気のない顔をしボロボロな服を纏っている、中には赤黒い血の跡が服にこびりついている人さえ居る。
「ありゃ奴隷商の店だな。戦争の捕虜、犯罪人はもちろん、色んな理由で売られてきた者達を商っているんだ。」
そんな行商人の言葉はアセレアとセルティには届いていなかった。かつての自分達の世界に奴隷という存在がいなかったということもあるが、何よりも信じられなかったのだ。人の命に単価が付き、商売されているという現実が。
「なぜ・・・、なぜ同じ種族なのに・・・。」
そんなアセレア達の目の前で、先頭の奴隷が何かに躓き、数珠繋ぎとなった奴隷達が連鎖的に転倒していった。そんな様子を見てか、小太りの1人の男が奴隷達に駆け寄る。
「おら!さっさと歩かんか!この畜生ども!」
男はそういうと、右手に持つ鞭で奴隷達を打つ。打たれる度に漏れ出す呻き声。中には女性と思わしき声色の悲鳴も混じっている。
「まぁ・・・おれもあれはどうかと思うがな・・・。」
行商人はそういうと、視線を道の先へと向ける。本来であれば止めに入りたいアセレアであったが、依頼主を放っておいてそんなこともできず、唇を噛んで道の先に視線を戻して何とか耐えようとした。だが、セリーの言葉で事態が急変する。
「・・・セルティお姉ちゃん、大丈夫・・・?」
その言葉を聞きアセレアがセルティを見ると、顔が明らかに青ざめ、身体が小刻みに震えている。目の焦点が合っていないものの、鞭に打たれる奴隷達から視線が外れていない。アセレアはそんなセルティを抱きしめ、耳元で優しくかける。
「大丈夫よセルティ。大丈夫。大丈夫だから・・・。」
そんなアセレアの行為によってか、セルティの震えは次第に収まっていき、完全に収まった時には、気を失っているセルティが腕の中にいるのであった。
護衛の任を終え、依頼主の行商人から依頼金を貰ったアセレア達は、その足で安宿の1つに部屋を取る。部屋はベッドが2つならぶだけの質素な部屋であったが、清潔感があり手が行き届いている。そんなベッドの1つにセルティを寝かせたアセレアは、セリーが座るもう1つのベッドの上に、セリーと並んで腰掛ける。
「セルティお姉ちゃん、大丈夫かな・・・。」
「落ち着けば大丈夫よ。きっとこの世界に来てからのあの出来事を思い出してしまったようね・・・。」
心配そうなセリーの頭を撫でつつ、アセレアはセリーに問いかけた。
「セリーは大丈夫?怖くなかった?」
「怖かったよ・・・。だけど私の怖いは違う怖いだったの。こんなひどいことをする人族を、お姉ちゃん達は嫌わないわけない。だから私も・・・。」
次第に涙目になっていくセリーを抱きしめ、アセレアはセリーの背中を優しく叩きながら、あやすように言葉をかける。
「大丈夫よ。セリーはセリーなのだから。きっとセルティも私と同じように思っているわ。」
ついに堰が切れたセリーの目からは涙がこぼれ、アセレアの衣服に染みを作っていく。
「お゛ねぇぢゃん・・・。」
どうして人族は皆セリーのようになれないのであろう。アセレアは胸の中で泣くセリーをいたわりつつ、そう思うのであった。
夕刻、意識を戻したセルティとセリーを連れ、アセレアは宿の近くの酒場へと足を運ぶ。宿では食事は取れないため、とりあえず近場のこの酒場へと入ったのだが、食事用のメニューも充実していた。
「姉様、セリーちゃん、取り乱してしまい申し訳ありませんでした・・・。」
自身が頼んだ料理を前に、セルティが2人に対して頭を下げる。
「気にしちゃだめよセルティ。あなたの気持ちが分かる・・・とは言えないけれども、あなたが悪いのではないわ。」
「そうだよ!セルティお姉ちゃんは悪くないよ!」
それでも何か言いたそうなセルティであったが、アセレアが目線で制すると頷き、目の前の料理に手をつけ始めたのであった。
「それでは、船に乗るのは難しいのですか?」
「そのようね。お金は払えるのだけれども、どうも人族以外が乗れる船というのは珍しいらしいの。」
1人情報収集をしていたアセレアの報告を聞き、セルティとセリーは肩を落とす。セリーとしては乗ったことのない船に乗ってみたかったのであろう。セルティは一考すると、アセレアに問いかける。
「それでは、やはり陸路で別の国を目指すしかなさそうですね。」
「そうね。幸い、海沿いに街道があるみたいだし、海を見ながらのんびり行くのもいいのかもしれないわね。そうなると、どこかで荷馬車でも仕入れなければならないかしらね・・・。」
そんなことを3人で相談していると、酒場の戸が勢いよく開き、数名の男が入ってくる。その中の1人がアセレアとセルティの姿を一瞥すると、厨房に向かって大声を上げる。
「おい店主!この店では劣等種共が席を使ってもいいもんなのか!」
その言葉を聞き視線を声の主にやると、そこには昼間鞭を振るっていた小太りの男がいた。やがて厨房の奥から腰の低い店主が現れると、二言三言挨拶し、言い訳を始める。
「しかし、うちの店は小さいので、人族だけではやっていけなくて・・・」
たしかにアセレア達以外にも、人族以外の客は居るようであった。だがアセレア達以外は屈強そうな男であったためか、小太りの男はアセレア達以外には目も向けていない。やがて小太りの男は鼻をならし、店主を怒鳴りつける。
「ふんっ!まぁいい!それより酒だ!はやくもってこい!」
おびえた店主が奥へと引っ込むと、取り巻きを従えつつ小太りの男がアセレア達に近づく。
「なんだ貴様ら、俺に文句でもあるのか?」
できるかぎり視線を合わせないようにしていたアセレア達の周りをうろつくと、不意に縮こまっているセリーの顎を無理やり上げて一瞥すると、取り巻きに聞こえるように大声をだす。
「なんだ、乳臭い餓鬼ばかりだが、容姿はまぁまぁだな!おい!こいつらをつれてけ!いい値がつきそうだ!」
その言葉を待っていたか、取り巻きの男達が手に短剣や棒を持ち、アセレア達を取り囲もうとじりじり近づく。アセレアは再びの恐怖に震えるセルティと、そんなセルティを介抱するセリーをかばうように立ち、小太りの男を睨み付ける。
「何をなさるのです?私達はあなたの奴隷では・・・。」
アセレアの言葉に激昂した小太りの男は、大きな舌打ちを1つすると、取り巻きに命令をだす。
「うるせえぞ!劣等種共が人間様に楯突く気か?おいおまえら、この一番でかい糞女はいらねぇから斬っておけ!」
その言葉に、護身用の短剣をアセレアが引き抜くと、短剣を振りかぶりつつ、一番手前に居た男が前に踏み出す。
「姉ちゃん、そんな短剣でなにができるってんだ?抵抗せずに斬られちまえよ!!」
男の手により振り下ろされる短剣をアセレアは自身の短剣で受け流すと、お返しとばかりに短剣の鞘で相手の喉を打つ。打たれた男はその場に崩れ落ち、激しく咳き込みながら、言葉を発する。
「ゴゥホっ!!ゴホゴッゥホ!!貴様!!何をした!?」
「今何かいたしましたか?あまりに遅い剣速でしたので、遊んでいるのかと思いましたが・・・。」
アセレアが冷たい視線を足元で倒れこんでいる男に向けると、あっけにとられていた周りの男達が武器を構え、一気にアセレアへと襲い掛かってきた。アセレアもできる限り問題とならぬように、致命傷を避けて反撃をするが、室内という狭い空間ゆえ、次第に囲まれていく。そしてついにアセレアが恐れていた状況へとことが運ぶ。
「そこまでだ!糞餓鬼!」
「なっ!?」
そこには今まで様子を見ていた、まったく知らない人族の男達がセリーとセルティの喉元にナイフをあてがっていた。その隣に小太りの男が居ることから察するに、どうやら取り巻きではない一般の男達をその場で買収したようだ。アセレアはその行為を察知することができなかった自分に苛立ちつつ、小太りの男に短剣を向ける。
「・・・2人を放しなさい、今すぐ!」
短剣を向けられた小太りの男は、アセレアを小馬鹿にしたような笑みを浮かべる。
「おめぇさん、状況がわかっているのか?こいつらを放すのは、てめぇが斬られてからだよ!まぁ放すといっても首輪をつけてそれからだが・・・。さぁ武器を捨てな!!」
「この外道共・・・!」
口ではそういったアセレアであったが、一度に2人の男の手からセリーとセルティを救う手段はもはやなく、しかたなく手に持つ短剣を足元へと置く。それを待っていた取り巻きの男の1人が、ナイフ片手にアセレアへと近づく。
「へへへ、気の強い姉ちゃんだが、泣き叫ぶ姿はどんなんだろう・・・なっ!」
そう言うと、ナイフで撫でるようにアセレアを斬りつける。が、アセレアからは悲鳴は上がらず、逆に斬った男から驚愕の声が上がる。
「おい!なんで斬っているのに、かすり傷ひとつできねえんだ!」
もちろんそれは、アセレアが自身の魔力で防御魔法を使っているためである。かつてセルティがこの世界に来て一瞬で破られたと聞いた時、まさか効果がないのかとも考えていたが、どうやら効果があるようである。だがこの結果がまったくもって面白くない小太りの男は、口からつばを飛ばしながらアセレアに怒鳴る。
「おい糞アマ!お前の仕業だろ!今すぐこの妙な真似をやめるんだ!あの小娘達の命ががねぇってわかってんのか!?」
その言葉に呼応するかのように、セリーとセルティに宛がわれている内部が、彼女達の肌に更に突き立てられ、力加減を誤れば一瞬でその身体に突き刺さってしまいそうなほどであった。
それを見たアセレアは、防御魔法を解除すると、深く息を吐き、これから自身の身に起こるであろう事柄に対して覚悟を決める。そして意を決したならば、小太りの男を睨みつつ、こう発するのであった。
「・・・わかったわ。2人には手をださないでください。斬られるのは私だけで十分です。」
「んぐっ!?」
「ぎゃははは!それそれ!!」
「おらおら!もっといい声で鳴けやこの糞アマが!!!」
「ガファ!!」
「いやあああああああ!!おねえちゃん!!!」
「姉様!私は大丈夫ですから!だから!!!」
「うるせえぞ餓鬼ども!おい!さっさと店に連れて行っておけ!」
「ふん!いい酒の肴だったわ!おい!戻るぞ!」
「へぃ!へへへ、旦那、あのちっこい小娘の初物が味わっていいですかね?興奮がとまりゃしねぇや!」
「馬鹿野郎!傷物にしたら高く売れねぇじゃねえか!そんなこともわかんねぇのか!」
だいじょ・・・うぶよ・・・ふた・・・とも、すぐにたすけ・・・いくから
すぐ・・・いく・・・
すぐ・・・
次回、ついにアセレアがこの世界を滅ぼす!!
とはなりません。
たぶん。




