天使と帝都の神殿
3人仲良く同じベッドで眠った後のお話しです。
翌朝、3人は帝都内の中古武具店の前にあった。
「さぁセルティ、よさそうな弓を選んでくれる?」
「はい!姉様!」
帝都の中古武具を取り扱う商店に訪れたアセレア一行が商品の物色を始める。やがて店の奥から現れた店の主人にアセレアが事情を話すと、主人はセルティを一瞥し、大声を上げて笑い始めた。
「お嬢ちゃんが弓を?やめときな。そんな細腕じゃまともに射れないぜ?」
その言葉にややむっとした表情のセルティであったが、弓がいくつも掛けられている壁より1つの弓を手に取ると、笑っている店主に尋ねる。
「引いてみてもよろしいでしょうか?」
「かまわねぇよ。本当に嬢ちゃんが引けるんならな。その弓は玄人でも引くのがやっとってもんだぜ?おかげで売れ残っているがな。がははは・・・・は?」
笑ったまま固まった店主の目の前では、細腕と称された腕で弦を引き構えを取るセルティの姿があった。
何度か弦を引いては離すという動作を行っていたセルティは、やがて納得したように頷く。
「この値段でしたら、この程度でしょう。姉様。この弓でよろしいでしょうか?」
「ええ。セルティが選んだのならそれで。あとは矢と矢筒かしら?」
「はい。あまり大きなものでは移動に支障がでるので・・・。」
そう言うと、弓の掛けられた壁の脇から、やや小振りの矢筒と矢を1束手に取る。
「ではこちらの矢筒と矢を1束で。店主、これらのお勘定をお願いします。」
「あ、ああ・・・。」
店主は戸惑いつつも、それらの合計金額をアセレアに告げた。
セルティが弓を手に入れたこともあり、アセレア一行の魔物討伐は効率的に推移していた。昨日はロッキングバードのみを狙って狩っていたが、今日は特定の種を狙わずに狩りを続けている。魔物が近づく前にセルティが数を減らし、接近してきた魔物をアセレアが倒し、セリーが魔物から討伐の証となる素材を剥ぎ取る。そんな行為を何回も繰り返していた。
やがてセリーの脇には素材の山が築かれ、これ以上は持ち運べないというセリーの悲鳴により、その日の魔物狩りは幕を閉じた。
「嬢ちゃん達、相変わらず凄い数だな?軍の入隊試験を受ければ士官も夢じゃないぜ?」
掲示板脇のカウンターに積上げられた山に、昨日もアセレア達の対応をした男はやや呆れ気味に漏らす。
「私が仕えるべきはこの国ではありませんので・・・。」
言葉の取り方を誤ればやや危険なアセレアの発言ではあったが、カウンターの男はあまり気に留めずに素材の勘定を始めた。やがて勘定を終えた男から昨日以上の報酬と、提出したはずの素材の一部をカウンターの上に置く。
「すまんが、これは返品させてもらうぜ。」
返された素材はどれも依頼にあった物であったため、アセレアは首を傾げる。
「どういうことでしょうか?」
「実はあまり例がないんだが、依頼数以上の持込みだったもんで余っちまったんだ。また依頼が新たに出された時に出してもらうか、そちらで売ってもらうかのどちらかしてもらうしかないな。」
男の困った様子を見ると言っていることは本当で、どうやらアセレア達は魔物を狩り過ぎてしまったらしい。だが魔物討伐に"狩り過ぎ"というものがあるのであろうか。そんな気持ちが表情にでていたのであろう。男は申し訳なさそうに言葉を続ける。
「まぁ嬢ちゃんの気持ちは分からなくない。だが報酬に出せる金も無限ではないんでな。すまんが分かってくれ。」
「ちなみに、これを売るにはどうすればいいの?」
それまで横でやり取りを聞いていたセリーが男に尋ねる。
「そうだな・・・。鍛冶屋街に魔物の素材を取り扱っている店があるはずだ。どれも酷い傷は付いていないし、そこに持ち込めば買い取ってもらえるぞ。」
「分かりました。では明日にでも探してみます。」
そういうとアセレアはカウンターの上の報酬と素材を手に取った。
翌朝、アセレア達は寝泊りしている宿の中でその日の行動を決めていた。昨日の話もあったため、今日は魔物狩りを行う予定はない。
「でしたら、"元の世界"について調べてみませんか?」
セルティの提案にアセレアは頷く。
「そうね。とりあえず生活する上での資金も揃いましたし。ですが何から取り掛かればいいのか・・・。」
そんな2人にセリーが手を挙げる。
「じゃあ、まずはこの世界の神である"リヴァナ神様"について調べたらどうかな?実は名前が違っているだけで、同じ神様だったりするかもよ?」
そんなセリーの提案に、アセレアは渋い顔をする。
「そうなると・・・神殿ですか・・・。あまりいい印象はないのですが・・・」
神殿とは因縁のあるアセレアとしては、あまり近づきたくはなかった。だが他に取っ掛かりとなるものが無いのも事実であったため、しばらく3人で検討し合った後、とりあえず神殿に行くというセリーの案が採用されるのであった。
「ここが帝都の神殿ね。」
帝都の神殿は、セリーの街の神殿とは比べ物にならないほどの規模であった。入り口の戸は開かれており、長椅子が建物奥の祭壇に向っていくつも置かれているのが見て取れる。そしてその祭壇で作業をしている初老の女性の姿があった。
「あの・・・すみません・・・!!」
アセレアが入り口から祭壇で作業をしている女性に向って声を掛けると、女性は手を止めてこちらを振り向き、ややしゃがれた声で答えた。
「旅のお方かしら?もうお祈りの時間は終わっておりま・・・あら?人族ではないお方が神殿に来るなんて珍しいですね。」
「そうなの?」
女性はアセレア達へと近付きながらくすりと笑うと、セリーの素直な疑問に答える。
「ええ。人族以外の方々はそれぞれ別の神を信仰されている方がほとんどですからね。ですが救いを求める者に種族の違いはありませんよ。それで、どのようなご用件かしら?」
「リヴァナ神・・・様のことについて、色々と知りたいと思いまして。」
アセレアの言葉に片方の眉を上げた女性であったが、3人の姿を一瞥した後に頷く。
「ええ、私が知っている範囲でよければ。ですが今掃除中ですので、できれば少し待っていただけますか?」
女性はそう言うと3人に神殿内の椅子を勧め、再び祭壇へと向っていった。
「ところで、見たところ貴女は鳥人族ではありませんね?」
作業をしている女性が突然言った言葉に、アセレアは身を固くする。だが自分の種族が一般的なものではないということを即座に見抜いた観察眼に興味が湧き、変に誤魔化すことなく逆に尋ねた。
「・・・わかりますか?」
女性は僅かに笑うと、アセレア達に背を向け作業を行いながら、アセレアへと投げかけた言葉の根拠を述べる。
「ええ。例え人族が信仰する神の司祭をしているとはいえ、他の種族の方との交流がないわけではありません。むしろ余計な軋轢を生まないように、積極的に交流を取っている種族もあります。」
そこまで言うと女性は言葉を一度切り、手元で行った作業を終えたのか、アセレア達の下へと歩み寄る。
「ですが、貴女のような鳥人族と人族の混血というのはこれまで見たことがありません。実はあまり知られていないのだけれども、学者達が言うには、"鳥人族の混血というのは生態系的にはありえない"と言われているのを知っている?」
どうやら"本当の鳥人族"を見たことがあるこの女性にとって、アセレアの姿は鳥人族の容姿とは違うのが一目で分かるようだ。
「さて、掃除も終わりましたし、お茶でも飲みながらゆっくりお話しましょう。」
そういうと女性はアセレア達を先導し、神殿の奥へと案内した。
アセレア達が案内されたのは、長机と椅子が数個並んだ殺風景な部屋だった。部屋の窓から光りが差し込んでいるためか、部屋全体が暗いということは無く、掃除が行き届いているためか埃っぽさも感じない。
「すみませんね、先程は私が一方的に喋ってしまいました。まずはあなたの聞きたいことにお答えしなければならないのに。」
アセレア達が椅子に腰掛けるのを確認すると、女性自身も向かい合うように椅子に腰掛け、話を始める。
「リヴァナ神様は、かつて何も存在しなかったこの世界に、陸と海、そして動植物や人族をはじめとする様々な種族を御造りになられた"原始の神"とされています。」
「原始の・・・神・・。」
アセレアが漏らすと、女性は頷き話を進める。
「それからしばらくはリヴァナ神様御一人でこの世界のすべてを管理されていたのですが、やがて御一人では手が足りなくなりました。そのため、神界より幾人かの神をお連れ頂いた。そしてリヴァナ神様は引き続き我ら人族の管理していただいている。これが種族毎に信仰する神が違う理由です。」
そこまで言うと、女性は椅子から立ち上がり窓際へと進む。女性は窓の外を眺めていたが、やがてアセレア達へと向き直ると、今までとは打って変わった口調へと変わる。
「ここまでが世間一般的に知られている、いわば常識的なお話。そしてこれ以上のことをはお教えできません。」
女性の突然の変わり様に警戒心を持ちながらも、あえて丁寧な口調でアセレアが尋ねる。
「なぜでしょうか?」
「まず貴女は我らがリヴァナ神を崇めるリヴァナ神教の信者ではありません。もっとも、たとえリヴァナ神教の信者であったとしても、"これ以上"のことは知る必要もないし、知ってはいけません。そして貴女はまだ私の質問にまだ答えていない。そこの小さい子は人族で、赤い髪の子はエルフ族と人族の混じり物でしょう。・・・では貴女は何族なのですか!!」
そう女性が言うのと同時に、男達が扉からなだれ込んでくる。突然の乱入であったが、アセレアはすばやく戦斧槍を構え、セルティはいきなりの出来事で身動きが取れていないセリーを男達から庇うようにして立つ。その様子を見ていた女性は、口元に笑みを浮かべながらも、冷たい口調を崩さない。
「いきなりごめんなさいね?でもこのところ、不審な者達が暗躍していると帝国全域に通達が出ているの。悪く思わないで?」
アセレアは正直迷っていた。自分とセルティの実力があれば、乱入者を倒すことなど他愛も無いであろう。だが、セリーを巻き込んでの戦闘というのはリスクが大きすぎる。また、この場でひと暴れすれば、確実に神殿から"お尋ね者"とされてしまうであろう。
(姉様、いかがいたしますか・・・!?)
視線でそう聞いてきたセリーに対し、アセレアは首を横に振ると、戦斧槍を下ろして口を開いた。
「信じていただけるかは分かりません。ですが、できればまずは貴女御一人にお話したい。」
アセレアの言葉に女性は一瞬驚いたものの、やがて笑みを浮かべて頷いた。
「かまいませんよ。ですが、武器だけは預からせてもらいますよ?」
その提案に悩んだアセレアであったが、意を決すると乱入してきた男達の内の1人に戦斧槍を渡す。そして未だに武器を渡していないセルティを視線で促すと、再び椅子に腰掛けた。
「さて、では改めて聞きましょう。貴女は何族なのでしょうか?」
男達が部屋から退出し、最後まで警戒していたセルティが椅子に腰掛けたのを確認して、女性が再び口を開く。アセレアはい
「私は・・・私は天使・・・です。」
アセレアのその言葉を聞いた女性は、目を見開くと、場にそぐわないような笑い声を上げる。その調子に戸惑う3人であったが、やがて女性は笑いをこらえつつアセレアに問いかける。
「ふふふ、まさか天使とおっしゃられるとは思いませんでした。で、貴女は神界からいらっしゃったのですかね?地上界には少女を侍りにきたのかしら?」
アセレアを小馬鹿にしたようなその言葉に、隣に座っているセルティの殺気が膨らむ。アセレアは慌ててセルティを手で制すると、努めて冷静にその問いに答える。
「私が居た世界がこの世界でいうところの神界であるのかは分かりません。ですが私とそしてこのエルフ族の子は別の世界より転移されてきた・・・と思われるのです。」
アセレアの答えに、女性は腹を抱えて再び笑いだした。ひとしきり笑った後、目に浮かぶ笑い涙を手で拭うと席から立ち上がる。
「そうですか。それは大変でしたね。ですが私も忙しいので、これ以上与太話には付き合っていられないの。」
そういうと女性はアセレア達を残し、部屋から1人出て行ってしまった。アセレア達はそれぞれ顔を見合わせると、力なくため息をついた。
神殿からの帰り道、アセレアは再びため息をつく。結局神殿では何の手がかりも得られず、目を付けられるだけの結果となってしまった。
「やはり、というべきなのかは分からないけど、この世界の神職者とは分かり合えないようですね。」
「しかたないかもしれません。私と姉様はこの世界からみたらいわば"異物"ですから。」
セルティはそう言うと、神殿から出る際に受け取った自身の弓の調子を確認する。幸いにもアセレアの戦斧槍とセルティの弓は、神殿から出たところで返却してもらっていた。やがて弓に異常がないことを確認し終えると、セルティは言葉を続けた。
「ですが、こうなった以上あまりこの土地にいるのはよくないかもしれません。」
「ええ。先程からつけられているわね。」
「えっ!?」
アセレアとセルティのやり取りを聞いていたセリーは慌てて後ろを振り返る。神殿からの道には人の気配は感じられなかったが、アセレアとセルティが言うだけあって事実なのであろう。やがてセリーは視線を前に戻すと、ポツリと漏らした。
「ごめんねお姉ちゃん達、私が神殿に行こうなんて言ったから・・・。」
「セリーちゃんが気にすることはありません。悪いのはあちらです。姉様の話を鼻から信じていませんでしたし。」
セルティの言葉に少し気が軽くなるセリーであったが、目を付けられるきっかけを作ってしまったことには変わりなく、罪悪感は拭えなかった。そんなセリーの頭を撫でながら、アセレアは微笑みかける。
「幸い、武器の無いあの場で何もしてこなかったということは、こちらから何もしなければ何もしてこないでしょう。だから大丈夫よ。もう少し路銀を貯めたら、この都市を離れましょう。」
そういうと、落ち込むセリーの手をアセレアとセルティが左右から引きつつ、宿へと戻っていくのであった。
アセレア達が神殿から立ち去っていくのを自室の窓から見ている女性に対して、部下の男の1人が口を開く。
「司祭様、いかがなさいますか?」
「何もしなくていいわ。監視はつけているのだから、不審な行動をすればすぐに分かるだろうし。」
司祭と呼ばれた女性に対して、別の男が意を唱える。
「ですが、やつらは不敬にも天使様を名乗られたのですぞ!?」
「いいじゃない。可愛げがあって。私はそういう"身の程も弁えない子"って嫌いじゃないわ。」
そういうと、豪華な椅子に腰を下ろした女性司祭は、机の書類に目を通しながら一人言葉を漏らす。
「だけどもあの様子、嘘をついているようには見えなかったわね・・・。」
「大司教様に使いを出して頂戴。もしかしたら、我らの"勇者様方"の出番かもしれないとね。」
女性司祭はそういうと、再び自室の窓より遠ざかる3人の姿を見やる。そして、とても聖職者とは思えないほど口角を上げた、いやらしい顔を浮かべるのであった。
デスマが終わって久々の投稿です
これからはちょくちょく上げれれば・・・いいなぁ




