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天使たちの静かな夜

アセレアはセリーにいいところ見せようとして張り切り過ぎたようです

 その後も魔鳥ロッキングバードを狩り続けたアセレア達が帝都の北城門にたどり着いた時には、遠くの山に日が沈む頃であった。アセレアの手には、ロッキングバードの嘴が麻袋一杯に入っている。

「これだけ狩れば、セルティの弓も買えるかしら?」

 手に持つ麻袋をセリーに見せつつ、アセレアが尋ねる。

「うーん、武器の相場は私も分らないけど、多分大丈夫じゃないかな?」

 そう答えるセリーの両手には、薬草と思われる草が抱えられている。アセレアとセルティが狩りを進めている途中、手持無沙汰となったため、生えている薬草を見つけては摘み取っていたのであろう。

「これだけあればセルティお姉ちゃんの傷も多分良くなるよ!」

「セリーちゃん、ありがとうございます!」

 そんな和やかな会話をしつつ、3人は兵舎街の掲示板へと歩みを進めた。



「嬢ちゃん達、また来たんか??」

 兵舎前の掲示板にたどり着いた3人を見て、隣のカウンターでまたも暇そうにしていた男が声を掛ける。アセレアは掲示板に掛けられているクエストボードを手に取ると、運んできた麻袋と共にカウンターの男に差し出した。

「ご確認していただけますか?」

 アセレアから受け渡された麻袋を訝しげに覗き込んだ男であったが、中身を見た瞬間に目を丸くしながらアセレアに尋ねる。

「これを・・・嬢ちゃん達が・・・?」

「愚問ですわね。」

 そう言われた男は麻袋から嘴を1つ手に取り確認を行う。その後、カウンターの奥で麻袋の中身を全て出し、数を数えた後に、金貨混じり貨幣の山を、3人の目の前に積み上げる。

「こんなに狩ってくるとは思わなかった。嬢ちゃん達は有名な傭兵団の方かい?」

 興奮気味に尋ねる男に対し、若干引き気味の3人が揃って首を横に振る。

「そうかい!まぁ細けえこたぁいいが、またよろしく頼むぜ!」

「はい、またお世話になりますね。」

 アセレア達はそういうと、カウンターに積み上げられた貨幣の山を巾着と鞄に詰め込み、兵舎前掲示板を後にした。



 その後3人は、商人街へと移動し、屋台で久しぶりの外食に舌鼓を打つ。

「こういう食事は久しぶりね。」

「ええ。ここに至るまでは野宿ばかりでしたからね。」

 そう会話をするアセレアとセルティの隣で、満腹感からかセリーが船を漕いでいる。

「折角収入があったのだし、今日は宿を取りましょう。ね、セリー。」

 急に会話を振られたセリーが慌ててアセレアに頷く様子をアセレアとセルティは微笑みながら見つつ、早速3人は夜の街へ出発した。


   『すまねぇなぁ、今日は満室なんだ。』

   『今日は予約が一杯でねぇ・・・』

   『亜人なんかに貸す部屋はねぇよ!他をあたりな!』


 目につく宿を一軒ずつ尋ね歩いたアセレア一行であったが、思いのほか宿探しは難航していた。見るからに空いていそうな宿に空室を訪ねても満室と言われ、終いには人族以外泊める気がないとまで言われてしまった。どうやらその応対から察するに、この街では人族以外の種族は差別されているのかもしれない。

「人族以外への差別感がこんなに酷いなんて・・・。ごめんねお姉ちゃん達・・・。」

 先程まで眠そうにしていたセリーであったが、宿の主人達に浴びせられた罵声を受けて今ではすっかり目を覚まし、アセレアとセルティに頭を下げる。

「セリーは悪くないわ。」

「そうです!セリーちゃんは悪くありません!」

 アセレアとセルティは必死に慰めるが、ここまで異種族を邪険に扱われると、さすがに同じ人族として申し訳なく思ってしまうのがセリーの心情である。

「あとは、まだ明かりが沢山点いているあの辺りで確認して、無理ならばどこかの軒先で休みましょう?」

 そういうとアセレアは俯くセリーの手を引きつつ、夜が更けているにも関わらずまだ明るい街の一角へと向かっていった。



「この辺りは随分女性が道端に立っていますね。」

 セルティの疑問にアセレアが頷く。

「ええ、この辺りはどのような所なのかしら・・・?」

 そう言ったアセレアがふと手を引くセリーを見ると、未だに地を見て歩くセリーの耳が真っ赤になっていることに気が付く。

「セリー、何か知っている?」

「ふえぇえ!?」

 話を振られたセリーが情けない声を上げる。それからしばらく口をパクつかせていたが、セリーを見るアセレアとセリーの分っていない顔を見て、観念したように小さな声で答える。

「ここら辺は、娼館街なんだと思うよ。その、女の人が男の人に、なんというか・・・。」

 あまり要領を得ないセリーの言葉にアセレアとセルティは更に首を傾げつつ、扇情的な恰好で壁に寄りかかっている女性達をただ眺めるのであった。



 ようやく見つけた宿屋の受付で、アセレアが部屋の空きを訪ねる。

「お泊りですか?大丈夫ですよ?」

 アセレア達を応対する若い受付嬢が、当たり前だといった様子でそう述べる。

「ではとりあえず1泊お願いします。それと、できれば身体を拭きたいので、お湯をいただけると助かります。」

 そういうとアセレアは受付嬢に提示された銀貨を受け渡す。受付嬢は奥の棚から鍵を1つ手に取ると、アセレアにその鍵を渡した。

「では階段を上がりまして、左端のお部屋をお使いください。お待ち合わせの方のお名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」

「待ち合わせ???」

 アセレアが首を傾げると、若い受付嬢があわてて取り繕う。

「い、いえお気になさらず。お湯は後程お持ちいたします。廊下とお部屋は暗くなっておりますので、こちらをお使いください。」

 首を傾げながら、受付嬢より受け取った燭台を手に持ち階段を上がっていくアセレア達を見つつ、受付嬢は3人に聞こえないように漏らす。

「女性だけの宿泊なんて珍しいわね。この宿がどういう宿なのかわかっているのかしら・・・?」

 アセレア達が入った宿は連れ込み宿。宿泊のみの客というのは居ないわけではない。だが、自分と同じ年頃の女の子が立派な斧のような槍を持っているのも、そんな女の子達が連れ込み宿に宿泊するというのも、受付嬢にとっても初めての体験であった。



 アセレアが指定された部屋の扉を開けると、そこには壁際に大きなベッドが1つのみ鎮座していた。ベッドの上には折りたたまれたシーツが置かれている。

「大きなベッドね。」

「はい。これならば3人並んでも寝れそうですね。」

 セルティはセリーがアセレアに続いて入ったのを確認すると、扉を閉め鍵をかけた。

「ベッドで一緒に寝るのは久しぶりね。セリー。」

「そうだね。前の宿では結局朝まで迎えられなかったけど・・・。」

 不安そうな表情を浮かべるセリーの頭を一撫ですると、アセレアは手に持っていた戦斧槍を壁に立て掛け、もう片方の手に持っていた燭台を部屋の隅に静かに置いた。それを見たセルティとセリーも身に着けていた鞄を部屋の隅に置いた。



 3人がベッドに並んで腰掛け一息ついた頃、扉をノックする音と共に、先程応対してくれた受付嬢の声が上がる。

「お客様ー!お湯をお持ちいたしましたのでこちらに置いておきますねー!」

 その言葉を聞いたアセレアが扉へ向かい開くと、湯気が立ち上がる木桶が扉の前に置かれていた。持ってきてくれたのであろう受付嬢の姿は既になく、階段を下りていく音だけが廊下に響いていた。一度部屋の中に木桶を仮置きし扉を閉めたアセレアは、部屋の空いているスペースの中央に木桶を置く。

「では、身体を拭きますか!」

 そういうとアセレアは、薄汚れた服を脱ぎ始める。

「はい、お姉様。」

 セルティもアセレアに習って服を脱ぎだした。

「・・・どうしたのセリー?ここならば他人の目を気にしなくていいし大丈夫でしょ?」

 すでに一糸纏わぬ姿となっていたアセレアが、未だに服を脱がずにこちらを凝視するセリーに声を掛ける。

「ひゃ、ひゃい・・・。」

 セリーは言えなかった。蝋燭の薄暗い明かりが照らすアセレアの裸体がとても幻想的であり、とても艶めかしく見えたこと。そんなアセレアを見ていた自分の胸の鼓動がなぜか高まっていたことを。



「あの・・・2人とも服は・・・・?」

 湯で身体を拭き終わった後も服を着ないアセレアとセルティに、セリーはそう尋ねる。

「大丈夫よ。幸いシーツも有るし、服を着なくても風邪はひかないわ。」

「ええ。私も姉様も、鍛えているので大丈夫でしょう。」

「はぁ・・・。」

 アセレアはともかく、つい先日まで生死を彷徨っていたはずのセルティまでもそんなことを言い出したため、セリーは2人にこの世界の常識で測ってはいけないんだと1人納得し、それ以上言及することはなかった。


 燭台の蝋燭が吹き消された部屋は暗闇に包まれ、3人の呼吸する音と布が擦れる音以外聞こえてこない。大きなベッドの上では、セルティを真ん中にし、川の字状に3人が並んで横になってた。そんな中、唐突にセルティが囁くような声を上げる。

「あ・・・あの、セリーちゃん?」

「どうしたの?セルティお姉ちゃん?」

 うつらうつらしていたセリーであったが、話かけられ身体をセルティに向ける。そんなセリーに、セルティが問いかけた。

「あの、セリーちゃんは私が怖くないのですか?その、エルフなのに肌が褐色だし、瞳の色も赤いし・・・。」

「全然怖くないよ?セルティお姉ちゃん以外のエルフ族に会ったことがないから、肌の色とか目の色とかはよくわからないけど、セルティお姉ちゃんはセルティお姉ちゃんだよ?」

 セルティはそんなセリーの言葉に身体を震わせる。今までセルティを蔑視する者は多々居たが、自身を"姉"と呼び、まるで"家族"のように扱ってくれた人は、アセレア以外は誰も居なかった。そんな優しい目の前の少女に、セルティはおもいきり抱き付く・

「ありがとうセリーちゃん!!」

「ちょっと!?!?」

 急にセルティに抱き付かれ、先程までやや夢心地だったセリーの目が一気に覚める。セルティよりやや豊かな胸の膨らみが、セリーの服の布1枚を隔てて伝わってくるため、同じ女であっても気にならないわけがない。抱きしめるセルティと抜け出そうとするセリーの攻防は、傍から見れば歳の近い姉妹がじゃれあっているような、そんな可愛らしいものであった。



「そういえば、私もお礼を言わなきゃ。セルティお姉ちゃん、今日はありがとね。」

「なにがですか??」

 セルティの抱き付きから脱出したセリーの言葉に、セルティは首を傾げる。

「まだ身体が万全じゃないのに、私を守ってくれて・・・。」

 申し訳なさそうな声をだすセリーに、セルティは微笑み返す。

「大丈夫ですよ。万全じゃないとは言っても、激しく動かなければ大丈夫です。それこそ、本来の弓を引くことぐらいならばもう出来ますよ。さすがに"精霊術"はまだ無理そうですがね。」

「"精霊術"??」

 聞きなれない言葉をセリーが聞き返す。

「我々の世界のエルフ族は、"精霊"を使役することができるのです。ですがこの世界に飛ばされた際に、使役した"精霊"は元の世界に置き去りとなってしまったようで、もう一度使役しなおさなければなりません。」

「"精霊"・・・って"妖精"さんみたいなの?」

「使役する精霊により姿は様々ですが、セリーちゃんの言う"妖精"というものに似た者もあるかもしれませんね。」

 セルティはそう言うと、セリーの髪を梳くように撫でる。そうすると、やがてセリーは半目だった目を閉じ、静かに夢の世界へと旅立つ。セルティはそんなセリーにシーツをキチンと掛けなおすと、それまでセリーが間に居たために目が合わなかったアセレアと目を合わせる。

「寝てしまいましたね・・・。」

「ええ。セリーはまだ小さいもの。」

 やがて寝返りをうち、アセレアにしがみつく様に抱き付いたセリーが寝言を漏らす。

「・・・おねえちゃん・・・。」

「あらあら、甘えちゃって・・・。」

 アセレアは抱きついてきたセリーを抱きしめ返すと、その様子を微笑みながら見ていたセリーに視線を戻す。

「ね?セリーはとてもいい子だから大丈夫だったでしょう?」

「ええ。疑っていたわけではありませんが、本心でそう思っていてくれているというのが分かると、とても嬉しいですね。」

 そう言うセルティの顔色の中にどこか"うらやましさ"を感じたアセレアは、ささやかな悪戯をセルティに仕掛ける。

「そうだ!どうせだったらセルティも抱きしめてあげようかしら?」

 その言葉を聞いたセルティは、一瞬輝くような笑顔を向けたが、やがて顔を赤くし慌てだす。

「姉様!?何をおっしゃってるのですか!?!ふざけないでください!」

 アセレアはセルティの慌て様を声を抑えつつ笑った後に、セリーが起きないように抱きかかえながらベッドから降りる。セリーと自身の寝る位置を変えると、片腕と片羽でセリーを抱きつつ、空いた腕と羽でセルティも抱きかかえる。

「ねえ・・・さま・・・。」

 アセレアの腕と羽で抱かれたセルティは、声にならない声を上げつつしばらく恍惚の表情を浮かべていたが、やがてポツリと呟く。

「こうやってこの先も、3人で仲良く過ごせたらいいんですが・・・。」

「・・・そうね。」

 この時アセレアは、セルティが言わんとしていることが何なのかを薄々ではあるが感じ取っていた。"それ"は、アセレア自身も考えていたことであり、未だ答えを出せていないことであった。だが、せめて今は、この時の幸せな時を静かに過ごしていたかったため、アセレアもセルティも、それ以上のことは口にしなかった。



 やがてベッドの上には、幸せそうな寝顔を浮かべ、仲良くひと塊となりながら眠る3人の姿があった。

こんなのんびりした話もいいよね!

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