天使のフルスイング
アセレア御一行は帝都巡り中です
工員に教えられた道をしばらく歩くと、軍旗が掛けられた建物や厩舎が立ち並び始める。通行人も、行進し進む兵士達や武器を携えた男達が増えていく。
「どうやら、この辺りは軍の施設などが多いね。」
兵士がすれ違うたびに、アセレアの影に隠れるようにセルティが身を縮めるが、今のところ呼び止められたりすることはない。
「セルティお姉ちゃん、そんなんじゃ逆に怪しく見えるよ?」
「ですが、私はあくまでお尋ね者です。慎重にならなくてはいけません!」
そんなセリーとセルティのやり取りを聞きつつ道を進むと、やがてアセレア達が進む道の脇に、大きな掲示板とカウンターのある建物が見えてきた。掲示板の前では、兵士とは違う格好の男達がクエストボードを手に話し合っている。
「あれが兵舎前掲示板ね。ついでだから、この掲示板にも目を通していきましょう。」
そういうとアセレアは、後ろで未だに縮こまっているセルティを半ば引きずりながら、掲示板へと向かっていった。
「これは・・・。」
「報酬がすごいですね・・・。」
セリーとセルティは掲示板に掛けられる依頼を見て目を丸くする。
「ええ。ここの掲示板では魔物の討伐など武術に通ずる依頼が主みたいね。」
アセレアの言う通り、この兵舎前掲示板の依頼は、帝都近辺の魔物討伐に始まり、他の都市へ向かう商隊の護衛や軍事訓練の仮想敵など、主に武術を身に着けていなければこなせないであろう依頼ばかりである。そしてそれらの報酬はどれを見ても依頼料が高い。今まで見てきた依頼は基本的に銅貨単位であり、高くても総額銀貨1枚といった依頼ばかりであった。だがこの掲示板の依頼は基本的に銀貨が報酬の最低ラインとなっている。
3人が興味津々に掲示板を見ていると、先程掲示板を見ていた男達の応対を終えた、掲示板隣のカウンターの男が3人に声をかける。
「なんだ貴様ら、この掲示板の仕事は腕が無ければ受けれんぞ?」
アセレアはその言葉に少しムッとしたが、アセレアの服の裾を引っ張り首を横に振るセリーに苦笑を返すと、できるだけ下手に言葉を返す。
「私達は今日この帝都にたどり着きましたので、全ての掲示板の内容を一応確認しているところですわ。ところでお聞きしたいのですが、この掲示板では護衛の他に、魔物討伐などの依頼が多くありますよね?軍は魔物討伐はされないのでしょうか?」
アセレアの問いに、男は呆れ顔で答える。
「なんだ嬢ちゃん達、本当に田舎者みたいだな。軍はよっぽどのことがない限りは動かねえのさ。大規模な討伐ともなれば話は別だが、たかが知れた数の魔物の討伐じゃ割に合わん。」
確かに軍を動かすにはそれ相応の労力と費用が掛かるであろうが、小規模の部隊であれば十分可能な話である。そんなことを考えていたアセレアの納得していない顔に気づいたのであろう。カウンターの男はニカっと笑うと話を続ける。
「まぁそれは建前で、本当のところは軍を率いる貴族の坊主共が自分から危険に向かうことはない。それこそ余程出世できるようなもんでなければな。そういうことだ。」
男の説明にアセレアは納得する。セルティを捕えていた青年騎士も出世の為にと言っていた。軍というのは民を守るための盾となり、矛となるべきであるというのがアセレアの持論であった。だがこの国の軍は出世と名誉のためにしか動かない。アセレアは1人ため息をつくと、話の話題を変えた。
「ところで、この掲示板の依頼もボードを取ってから行けばいいのでしょうか?」
「護衛の場合はそうだな。討伐の場合は、ボードに書いてある討伐証明となる素材を取ってきてからボードを取って納品してもらう。ちなみに納品と報酬支払はこのカウンターでやっている・・・ってまぁ、嬢ちゃん達には関係ないことだがな!」
男はそこまで説明すると、カウンターの奥へと戻って行った。
「それでは姉様、どれにしましょうか?」
「そうねぇ・・・。」
「えっ!?!?」
アセレアとセルティのやり取りを聞き、セリーは目を丸くする。アセレアがこの掲示板の依頼に興味を持っていたのは分っていたが、まさか先程まで周りを警戒していたセルティまで、真剣に掲示板の依頼を吟味している。
「お姉ちゃん達、まさかこの掲示板の依頼をこなすの?」
セリーのその言葉に、掲示板を見ていたアセレアとセルティが同時に頷く。
「ええ。私達には向いているし、何より報酬が良いもの。」
「それに、馬鹿にされたままというのは気に入りません。」
どうやらアセレアは帝都に至るまでに消費した路銀のため。セルティはプライドのためにこの掲示板の依頼を請けるようである。
やがてアセレアとセルティは、1つの依頼に目星をつけた。
依頼内容:魔鳥 ロッキングバードの討伐
依頼主:依頼受付カウンター
報酬:1匹当たり 銀貨2枚
北城門より先の森に巣を作るロッキングバードを討伐すること
討伐素材として嘴を持参すること
「じゃあまずは腕試しにこの依頼にしてみましょう。他に魔物が出たら状況に応じて狩ったり逃げたりすればいいわ。資金ができればセルティの弓を調達しましょう。そうすれば資金集めも早くなるわ。」
「はい。お姉さまにはお手数をおかけしますが、私はセリーちゃんの身を守ることに徹しますね。」
セルティはそう言うと、心配そうな表情を浮かべるセリーの手を握り、にこやかな笑顔を向ける。
「本当にやるの・・・?」
「大丈夫よセリー。セリーも私の実力は知っているでしょう?たかが魔鳥には負けないわ。」
アセレアの実力はセリーも勿論知っている。アセレアの体格やその細腕に似合わない、手に持つ戦斧槍で魔狼の群れを薙ぎ払い、軍の兵士でさえも蹴散らしていたことを。だがその"目立ってしまう実力と容姿のギャップ"が何か問題になりはしないだろうか、それだけが胸の奥に引っかかっていた。
「この辺りだとは思うのですが、随分と街に近い所に魔物が居るのですね。」
先程帝都に立ち入った城門とは違う北城門より再び帝都の外へと出てしばらく歩いたころ、セリーの手を引いていたセルティがそう漏らす。
「うーん、街道沿いは比較的安全だって昔聞いていたんだけど、こっちの方角には目立った街がないからあんまり討伐隊が出ていないのかな・・・?」
セリーの推測はおそらく正しいであろうと、2人の先を歩くアセレアは考えていた。だが先程の男の話から推測するに、セリーの言う討伐隊というものの存在自体も疑わしく感じてしまう。魔物の討伐を依頼し、その成果を軍が行ったものとして公表すれば、それは軍の手柄となる。成果だけが独り歩きすれば、討伐隊という話が世に広がってもおかしくはない。本当にこの国の軍は一体何のために存在しているだろうか・・・。
そこまで考えたところでアセレアは歩みを止める。
「アセレアお姉ちゃん・・・?」
急に立ち止まったアセレアを不審に思ったセリーが声を掛けると、アセレアはセリーの隣に居るセルティに視線を送り、セルティも頷いてセリーの前に出る。その手には、アセレアが予備の武器として持っていた短刀が逆手に握られている。
「何か来るわ。多分目当ての魔鳥ね。セルティ、お願い。」
「分りました。セリーちゃんはお任せください。」
それから時を置かず、アセレアとセルティが視線を送る先より1羽の鳥が飛来する。鳥と言っても人ほどのサイズがあり、鋭く長い嘴とまるで岩鎧のような灰色の羽を纏っている。
「あれが討伐対象でいいのかしら?」
アセレアは1人呟く。かつて対峙した魔狼はアセレアの世界にも居たため迷うことはなかった。だがこの魔物はアセレアも初めて見る種類である。この魔物を討伐することに決めた理由は、依頼の中で魔鳥狩りの依頼がこれだけだったため、迷うことが少ないであろうと思ったからだ。
そうこうしている内に、魔鳥ロッキングバードがその自重を生かして急降下を仕掛けてくる。その自重を活かした急降下をまともに喰らえばアセレアとてただでは済まないであろう。だが、アセレアはそんなロッキングバードを睨み付けつつ不敵に笑う。
「襲ってくるならば!排除するまでです!!」
アセレアはそう言うと、両手で構える戦斧槍をタイミングよく振り切る。重い自重を活かした急降下を仕掛けていたロッキングバードは、回避することもかなわずに戦斧槍の一撃をまともに喰らった。
「まぁ、私にかかればこれくらい。」
アセレアのフルスイングを喰らって文字通り墜落したロッキングバードの亡骸は、頭部が完全に潰れており原型を留めていない。
「あの・・・アセレアおねえちゃん・・・?」
後ろでセルティと共に一部始終を見ていたセリーが、申し訳なさそうにアセレアに声をかける。
「何かしら?」
やり切った様子のアセレアは微笑みを浮かべてセリーを見る。そんなにアセレアに対して言うか言わないか迷っていたセリーであったが、やがて意を決して口を開く。
「その・・・、討伐した証として嘴を採取しなきゃいけないの。だから、できるだけ叩き潰さないようにしてね・・・?」
「・・・はい。」
それまでピンとしていたアセレアの背の羽が、へにゃりとうなだれる様子を2人のやり取りを見ていたセルティは見逃さなかった。
そろそろのんびり回をぶっこんでいこうかな!




