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少女の治癒魔法

アセレアが青年騎士と対峙している頃、セリーは・・・

 アセレアと青年騎士が対峙している頃、セリーは必死に宿営地から離れようとしていた。いつもの彼女であれば、それなりの距離が稼げていたであろう。だが今回は自分よりやや大きい少女を背負っているため、あまり距離を稼げていない。

「あっ・・・!」

 木の根に足をとられ、セリーは大きく体制を崩す。咄嗟にセリーは背中の少女が地に着かないように庇いながら、ほぼうつ伏せの体勢でその場に倒れこんだ。

「・・・いたい・・・。」

 口の中に血の味が広がり、最初に地についた左脚にも痛みが走る。だがセリーは傷ついた自身の身体に鞭うつと、再び歩みを進めた。背中の少女は、かつてアセレアと初めて対峙した時のように酷い傷を負っている。そしてセリーの大切な姉であるアセレアの大切な人でもある。大好きな姉の悲しむ顔は見たくない。それだけがセリーの原動力となっていた。

「はやく・・・はやく離れないと・・・!」

 セリーは痛みと疲労で震える膝に再び力を込めると、一歩一歩着実に宿営地から離れていった。


 日が傾き始め、段々とあたりが薄暗くなってくるころ、セリーはそびえ立つ崖に行き当たる。

「ここは・・・上がれない・・・。」

 あちこちに擦り傷を作ったセリーは、しばらく崖沿いを歩くと、運よく見つけた洞穴に背中の少女を静かに降ろす。そして一息つく間もなく、少女の手を握った。

「木の枝に流すように。木の枝に流すように・・・。」

 セリーは早速アセレアに頼まれたように、少女に魔力を流し込もうとするが、疲労のせいもあり中々うまくいかない。

「やっぱり・・・私じゃできない・・・。」

 自然と両眼から涙が零れ落ちる。自分を信頼して頼ってくれたアセレアを裏切ってしまう。自分のせいで目の前の少女が死んでしまう。そんな考えがセリーの脳内を駆け巡った。その時である。

「大丈夫よセリー。貴女ならできるわ。自分を信じて。」

 セリーが慌てて振り返ると、そこにはいつもの微笑みを浮かべるアセレアの姿があった。

「アセレアお姉ちゃん・・・。ごめんなさい・・・。魔力はまだ・・・。」

 セリーは顔を下げ、自分の不甲斐なさを詫びる。そんなセリーをアセレアは正面から抱きしめると、腕の中で泣き声をあげ始めたセリーを覗き込む。

「いいのよセリー。じゃあ私と一緒にやってみましょう?」

 そういうとアセレアはまだ泣き止んでいないセリーの手を取ると、横たわる少女の胸に置き、自分の手をその上に重ねる。

「落ち着いてセリー。まずは深呼吸して。そして意識を彼女と同化させるの。セリーと彼女の身体が一体になるように。」

 セリーは涙を自身の服で拭うと、必死に深呼吸を繰り返す。そして息を整えると、目の前の少女の呼吸に自身の呼吸を合わせる。

「そう。後は木の枝に流していたように、ゆっくり、ゆっくり流し込むのよ。」

「・・・うん。」

 セリーは頷くと、ゆっくりと魔力を流し込み始める。すると、先程まではまるで流し込めなかった魔力が、すんなりと少女の身体へと流れていった。だがさっきまでと違うのはそれだけではない。

「お姉ちゃん・・・手が・・・光ってる・・・!?」

 少女の胸に置くセリーの手がほんのりと光り、薄暗い洞穴を照らす。アセレアは自身の手を離した後もセリーの手が光が止まらないことを確認すると、1人頷いた。

「やっぱりセリーには魔法の才があったみたいね。」

 そういうと、未だ戸惑いの表情を浮かべるセリーに優しく微笑みかけた。



 日が完全に落ちたころ、横たわっていたセルティが意識を取り戻す。

「・・・ん?」

 目をうっすらと開くと、ぼんやりする視界の中で見慣れぬ少女が懸命に治癒魔法をかけてくれている様子が浮かんでくる。やがてその少女が自分の顔を覗き込むと、後ろを振り返り声を上げる。

「アセレアお姉ちゃん!意識が戻ったみたいよ!」

 少女が言った言葉を聞き、意識が急速に覚醒する。間もなく駆け寄ってくる音と共に、セルティが待ち望んでいた人物の顔が視界一杯に広がった。



「セルティ、私が分かる?」

 焦点が未だ定まりきっていない眼をしたセルティの顔を覗き込みながら、アセレアは懸命に声をかける。やがてセルティの唇がかすかに動くと、震える声が漏れ出る。

「・・・ねえ・・・さま・・・?姉様・・・なのですか?」

 その言葉にアセレアは、眼から涙を流しながらしっかり頷く。

「そうよセルティ。私よ。アセレアよ。」

 やがてセルティの眼の焦点が定まると、涙が頬を伝わりながら流れ落ちる。



「ねえ・・・さま・・・!ねえさま・・・・・!」

 アセレアは自身も涙を流し続けながら、嗚咽するセルティの頭を優しく撫で続けた。

「セルティ、一体何があったの?なぜ貴女がこの世界にいるの?」

 やがて落ち着きを取り戻したアセレアは、同じく落ち着きを取り戻しつつあるセルティに声をかける。セルティはその問いに躊躇していたが、やがて決心しぽつぽつと話し始めた。

「あの後・・・。姉様に転移された後・・・。私は姉様の命に逆らい、姉様の元・・・。あの砦を目指していました・・・。」

 彼女には無事に生き延びて欲しいと願い、最期の魔力を使ってセルティを転移した。しかしそのことが、逆に彼女自身を苦しめる結果となってしまったようだ。アセレアは深く息をつくとセルティの言葉を継ぐ。

「そして、私と同じように、この世界に来てしまったのね。」

「はい。私が気づいた時は、全く見覚えのない草原の居ました。そこからしばらくは右も左もわからずに彷徨っていたのですが、行き着いた道にて1人の男に会いました。私はその男に人里への道のりを教えてもらいました。今となってはですが、私はその男に礼を言い、相手に背を向けたのです。」

 そこまでの話を聞き、アセレアの脳裏には青年騎士が言っていた"男"の存在が浮かぶ。

「そして・・・その男に襲われた?」

 アセレアの問いにセルティが頷く。

「はい。急速に大きくなった男の魔力に対して私も対抗しようと防御魔法を唱えたのですが、男が手を前にかざすと防御魔法は一瞬で破られました。」

 アセレアの知る限り、セルティレベルの使い手の魔法が一瞬で破られるということはない。あるとすれば、数段上の魔法の使い手による攻撃を受けたときであろう。かつてアセレアが自身の世界で受けた攻撃のように。

「そこからの記憶は曖昧で、気が付いた時にはあの軍勢に身を受け渡され、そして・・・痛みつけられました・・・・。」

「そんな・・・ひどい・・・。」

 それまで黙って話を聞いていたセリーが涙目になりながら言葉を漏らす。

「・・・食事もとらずに痛みつけられ続けた結果でしょうか、魔力の回復量も微々たるものとなった私には、抗う術などありませんでした。やがて嬲ることに飽きたもの達によって・・・私は・・・。」

 そこまで語ったところで、セルティは話を中断する。その表情は、どこか悲壮感が漂っている。

「セルティ、辛ければ言わなくていいわ。」

 アセレアの言葉にセルティは首を横に振ると、決心したかのように話を続けた。

「嬲ることに飽きた者達によって私は・・私は穢されました・・・。」

 その言葉に押し黙るアセレアとセリーに向かい、どこか諦めた表情を浮かべたセルティが言葉を続ける。

「・・・さすがに、種族の違う私とまぐわう者はいませんでしたが、それでも、この身体はもう清くありません。」

 そういうと、セルティは目を瞑る。

「その日から、私は僅かに回復する魔力を使うことをやめました。残された日々の苦痛から、死によって魂が解放される日が来るのを少しでも早めるために・・・。」

 そしてセルティは無理やり作った笑顔を見せると、話を締めくくる。

「ですので姉様、私をこのまま逝かせていただけませんか?こうして逝く前に姉様と再び巡り逢えました。私にはそれだけで十分なんです・・・。」

 アセレアは途中から言葉を発することが出来ず、ただその場に固まっていた。だが、セルティの最期の言葉を聞いたとき、自然とその硬直が解ける。アセレアは横たわるセルティの身体を両腕で抱き上げると、その傷ついた小さな身体を優しく抱きしめた。

「ね・・・姉様!?」

 アセレアの突然の行動に、セルティはまともに動かない身体で必死に抵抗する。

「姉様止めてください!こんな汚れた身体!姉様まで穢れてしまいます!!」

「そんなことどうでもいいの!貴女となら例え穢れてもいいわ!!」

「そんな!?姉様は強く清く、孤高の存在でなければなりません!私なんかと違っんん!?!?」

 アセレアは必死に口答えするセルティの口を自身の唇で塞ぐ。そして唇をゆっくりと離すと、目を見開き惚けるセルティを再び抱き締めた。

「セルティ・・・これで私も貴女と同じよ・・・。だからお願い。軽々しく死ぬなんて言わないで。お願いだから・・・。」

「ね・・・ねえさま・・・・。」

 せっかく涙が止まったセルティの赤い瞳の眼が涙で満たされるまで、そう時間はかからなかった。



「時に姉様、このお方は・・・?」

 眼前で繰り広げられた出来事の一部始終を間近で見ていたせいで、顔がすっかり真っ赤になったセリーに、アセレアにより再び横にされたセルティが視線を移す。

「そういえば、紹介がまだだったわね。」

 アセレアは思い出したかのようにセリーとセルティの間に居直ると、セリーに向かって告げる。

「セリー。彼女が依然話をしていたセルティよ。」

「手当てをしていただだいてありがとうございます。大分楽になりました。」

 セルティの礼に、セリーは身振りを加えて謙遜する。

「そんな!私のできる程度なんて!」

 その様子に微笑んだアセレアは、今度はセルティに向かって告げる。

「セルティ、この子はセリーよ。私がこの世界に転移されて、一番最初に出会った人族の子なの。この子は今までの人族とは違うから、安心して大丈夫よ?」

 アセレアの言葉にセルティが頷く。

「はい、彼女は大丈夫だと思います。」

「えっ!?でも会ったばかりなのに!?」

 まだ会話もきちんとしていないセルティに認められ、セリーは首を傾げる。その様子を見たセルティは理由を話し始めた。

「あなたの魔力はとても温かかったです。まるで姉様の魔力のように。そのような人が悪いわけありあせん。」



「そういえばアセレアお姉ちゃん。」

「ん?何かしら?」

 やがて再び眠りについたセルティを横目に、セリーは声量を抑えながらアセレアに問いかける。

「その、セルティさんはお姉ちゃんのように背中に羽がないし、その、天使じゃないの?」

「ええ。彼女は天使族ではないわ。彼女はエルフ族なの。」

 その言葉に、セリーは驚きの声を上げる。

「やっぱり!エルフ族だったんだ!私初めて見たよ!」

 やや興奮して眠るセルティを覗き込むセリーに、アセレアが微笑む。

「この世界にもエルフ族が居るね。ちなみに、なんでセリーはセルティがエルフ族だと分かったのかしら?」

 アセレアの問いに、セルティを覗き込んでいたセリーが、セルティの耳を指し示す。

「耳が笹穂のように長いもの。私は今まで私は見たことなかったけど、話には聞いたことあるもの。」

「そうね。セルティの耳はとても可愛いのよ?」

 そういうとアセレアは、寝ているセルティの髪を掬い上げる。そこには、細長い笹穂の耳がピクピクと動いていた。

「けど、エルフ族は肌が白いって話も聞いたことあるんだけれども・・・。」

 その言葉にアセレアは表情を曇らせると、掬い上げていた髪を戻し、戻した髪を撫でるように梳く。

「私の世界でもそうだったわ。だから、褐色の肌に赤い瞳のセルティは、ずっと忌み嫌われていたの。彼女自身には何の罪もないのに・・・。」

「そんな・・・。」

 アセレアの言葉に、セリーが声を詰まらせる。

「そのせいで色々苦労をしていたわ。最も、私に出会ってからはずっと共に行動していたから、少しはマシだったと思うけれども・・・。」

 そう言いながら、アセレアはセルティの今後を憂っていた。どうやらセルティの容姿は、この世界の一般的なエルフ族とも異なるものらしい。元の世界ではアセレアという保護者がいたが、この世界ではそのアセレア自身も人族から見れば異端である。

「私は気にしないよ!だって私と同じ、アセレアお姉ちゃんの妹だもの!」

「ありがとう、セリー。」

 アセレアはセリーの優しさに心から感謝しつつ、セルティの髪を梳かし続けていた。



 セルティを捕えていた帝国軍の野営地では、兵士達の死体の山とそれを貪る魔狼、そしてセルティを帝国軍に渡した男の姿があった。

「まさか囮もろとも逃がすとはな。まぁ人族なんぞに何の期待もしてはいなかったが。」

 そういうと男は目の前で絶命している青年騎士を蹴り飛ばす。蹴り飛ばされた亡骸は魔狼の群がりへと転がっていき、やがて血溜りを残して食い尽くされていった。

「だが、これであの魔力の持ち主の素性が分かった。まさかこの世界に天使が転移されているとは思っていなかったが・・・。まぁいい。たかが1人の天使がどこまで抗ってくれるか、楽しませてもらおうじゃないか。」

 そういうと男は、腹を満たした魔狼と共に影へと消えていった。

年度終わりと年度初めの忙しさがひと段落したので、ぼちぼち更新していきますかね。

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