天使の悪夢
アセレアは疲れて眠ってしまったようですが、なぜ泣いているのでしょうか。
アセレアは小高い丘の上に居た。遠くには自分の家のある街並みが広がっている。視線を隣に向けると、そこにはセルティが居た。彼女はいついかなる時でも自分の隣にいた。食事の時も寝る時も、いつも自分に付き添っていた。そんないつもと変わらない日常に気が緩め、視線を前に戻した。
だが戻した視線の先には、先程まで広がっていた風景ではなく、暗黒の空間が広がっていた。あせったアセレアはセルティが居るはずの隣に再び視線を向けるが、先程まで居たはずのセルティの姿も消えていた。辺りを歩き回り、力の限り叫んだアセレアであったが、反応もなく誰もいないことが分るとその場に座り込み、膝を抱えて顔を伏せる。
戦場で生き残った時も1人だけだった。死を覚悟した時も1人だけだった。そして今も1人である。
「1人はもう嫌・・・。嫌なのよ・・・。」
どれくらいの時が経ったであろう。温もりがアセレアの身体を包んだ。ふと顔を上げると、そこには新たに出会ったセリーの姿があった。
「よかった。怖い夢は終わったみたい・・・。」
涙が止まり柔らかい表情の寝顔となったアセレアを見て、セリーは胸を撫で下ろす。
「お姉ちゃんも辛いんだよね。私がしっかり支えてあげないと・・・!」
そういうとセリーは、アセレアの腕を抱いた手に持つ枝に意識を集中する。だが枝に変化は現れない。
「お願い・・・!お姉ちゃんを支えてあげたいの・・・!」
先程アセレアが自身の魔力を使った時の感覚を思い出しながら、再び意識を集中する。すると、身体の中を何かが流れるような感覚がセリーを襲う。慣れない感覚に思わず瞑ってしまった目を開けると、枝から1つの新芽が息吹をあげていた。
「・・・でき・・た?私にもできっ・・・!!」
思わず大声を上げそうになったセリーは慌てて口を塞ぐ。そして自身の声でアセレアが起きなかったことを確認すると、眠るアセレアに小声で告げた。
「・・・お姉ちゃんが私を守ってくれるなら、私がお姉ちゃんを守るからね!」
そういうと、セリーは別の木の枝を手に取ると、黙々と魔力を流す練習を続けた。
「すごいわセリー!初めてにしては上出来よ!」
目を覚ましたアセレアと食事に出たセリーは、屋台で買い揃えた夕食を前に、先程まで練習していた木の枝をアセレアに見せる。あれから何度か練習を重ねた結果、木の枝から小さな葉を1枚つくまで魔力を流せるようになっていた。アセレアの予想以上に、セリーには魔法の適正があるようだ。だがセリーの表情は曇っていた。
「けど、アセレアお姉ちゃんみたいにはまだできないの・・・。」
「そんなに早くできるようになられたら、私が困ってしまうわ。けどそうね。その時は私がセリーから魔法を教わろうかしら?」
そんなアセレアの冗談に、セリーが慌てる。
「そ、そんな・・・!?」
「ふふ。冗談よ。意地悪を言ってごめんなさいね、セリー。」
「ふん!またお姉ちゃんが泣きながら寝ていても、知らないんだから!」
勢いでアセレアが泣いていたことを暴露してしまったセリーは息を呑む。セリーの言葉を聞いたアセレアは口に運んでいたスプーンを途中で止めると、元の食器へとスプーンを戻した。
「そう・・・。私泣いていたのね・・・。」
「・・・うん。怖い夢でも見たの・・・?」
セリーの心配する表情に、アセレアは苦笑する。
「そうね。とても怖い夢だったわ。けど今はもう大丈夫よ?セリーが助けてくれたから。」
その言葉にセリーは驚く。
「えっ!?起きてたの!?」
アセレアはセリーの反応にきょとんとするも、セリーの言葉から彼女が寝ている自分に何かしてくれていたことに考えが至る。
「あら、私が言ったのは"夢の中のセリー"が助けてくれた話よ。けど、どうやら現実でも助けてくれていたみたいね?」
「夢の中の私・・・?」
アセレアは頷くと、セリーに微笑みかける。
「ええ。私は夢の中でも現実でも、セリーに守られてばかりね。」
「私が・・・守っている・・・?」
全く身に覚えのないセリーは首をかしげる。
「そうよ。」
そう言うと、アセレアは諭すようにセリーに告げた。
「セリー。"守る"と言っても、色々な形があるのよ。決して力で守ることだけが"守る"ことではないの。むしろ力で守るということはとてもリスクがあって危険なことなの。それを忘れては駄目よ?」
セリーには、アセレアの言葉の意味するすべてを理解はできなかった。だが、今の自分でも大好きな姉を守れている。その満足感が頷くセリーの顔を笑顔にするのであった。
翌日。昼前まで寝ていた二人は、宿の従業員が隣室を掃除する物音で目を覚ます。
「少し寝すぎてしまったわね・・・。」
アセレアは、隣で寄り添うように寝るセリーに苦笑する。そんなアセレアに、セリーは抱きつきながら答える。
「けど、今日は元々休息する予定だったし、アセレアお姉ちゃんは疲れているんだから、まだ寝てなきゃだめだよ!」
アセレアは自身に抱き付くセリーの頭を撫でながら、やんわりと微笑む。
「あら、そう言うセリーが本当はこうしていたいのではないかしら?」
「そ、それは・・・。」
自分の考えを言い当てられたセリーは慌てながら言い訳の言葉を探す。そんなセリーの様子を見たアセレアは、背の羽でセリーを包むと、自身の腕でもセリーをぎゅっと抱きしめる。
「じゃあ、セリーのご厚意に甘えて、今日はのんびり過ごそうかしら。」
「んん!!んんんん!!!!」
アセレアに抱きしめられたセリーは、顔を真っ赤に染めながら、しばらくアセレアの胸の中でうめき声を上げていた。
少し遅めの朝食を食べながら、アセレアは気になっていたことを口にする。
「それにしても・・・」
「どうしたの?アセレアお姉ちゃん?」
「昨日から1つ気がかりになっていたのだけれども、なぜ魔狼が出たことを帝国軍は知っていたのかしら?」
突拍子もない言葉に驚きつつも、考えを巡らせ自身の考えを述べる。
「他にこの町にたどり着いた人がいたんじゃないのかな?」
セリーの考えに、アセレアは首を横に振る。
「私の魔力の探知が正しければ、私達以外には居ないはずよ。それにあの騎士は私達を"町で唯一の"と言ったの。」
「・・・?だって逃げた中では私達が唯一ってアセレアお姉ちゃん自身が言った・・・あっ!?」
セリーは自分が言った言葉の中の矛盾に気づき、思わず驚きの声を上げる。
「そう。私達は"逃げた中では唯一"だけれども、あの町には"立て篭った人達"も居たはずよ。それなのに、私達を"町で唯一の生き残り"と言ったの。」
アセレアはそこまで言うと、セリーに問いかける。
「ねぇセリー。滅多に現れない魔狼が出現した隣町に、都合良く帝国軍の部隊が居るものかしら?少し話が出来過ぎとは思わない?」
その問いにセリーが頷くのを確認すると、アセレアは言葉を続けた。
「誰かがあの帝国軍の部隊に、宿場町が魔狼により全滅したことを伝えた。それを聞いた帝国軍は、隣町のこの町へまずは急行した。いったい誰が伝えたのかしら・・・。何が目的で・・・。」
魔狼に襲われた宿場町へ向かう帝国軍の隊列。その隊列の比較的後方に位置する幌馬車の中に少女は居た。手足は縄で縛られ、露わとなった身体は傷だらけであり、今なお流血している箇所もある。
「主よ・・・どうか救いを・・・。助けて姉様・・・。」
褐色の肌の少女は、その赤眼に涙を溜めながら、残る体力を使い必死に祈りを捧げていた。
本業がいそがしいいいいいよおおおおおおおお




