天使の魔法教室
ようやく次の町にたどり着いたアセレアとセリーですが・・・
「町だ!町だよお姉ちゃん!!!」
遠くに見え始めた家々に、セリーが歓声を上げる。
「ええ。これで安心して休めそうね。」
疲れた表情のアセレアも安堵の表情を浮かべる。魔狼の群れから逃れて数日、アセレアとセリーは次の宿場町が見える所まで辿り着いた。
「アセレアお姉ちゃん、大丈夫・・・?」
アセレアの表情を覗きこみながら、セリーが心配そうな表情を浮かべる。
「ええ。ちょっと疲れがでただけだから。心配かけてごめんなさいね。」
ここまでの道中、アセレアは気を休める時が全くなかった。夜はセリーと共に横にはなっていたが、付近の安全を魔力の探知で行っていたため、睡眠どころか仮眠すらとっていない。いくら天使であるとはいえ、さすがに疲労は溜まっていた。
「けどこの先も長いですし、あの町でゆっくりしましょうか。セリーに色々教えなきゃいけないこともありますしね。」
「本当!?じゃあ早く行こうお姉ちゃん!!」
アセレアの言葉を聞いたセリーが、アセレアの手を引きつつ歩みを早める。アセレアはセリーに手を引かれつつ宿場町へと向かっていった。
宿場町の建物や人々が肉眼で識別できほど接近した時であった。
「ねぇセリー、あの旗は何かしら?前の町には無かったけれども・・・。」
アセレアは町の入り口に掲げられる2つの旗に気づき、指し示しつつセリーに問いかける。セリーは指示される方向へ視線を向けたのち、その問いに答える。
「あれは軍の軍旗だよ。上の段の旗が所属する国の旗で、下の段が部隊旗のはずだよ。」
「なるほど。通りであの町から感じられる魔力の数が多いのですね。あの旗の部隊はどのような部隊なのですか?」
セリーはしばらく考えていたが、やがて首を横に振る。
「んー・・・この地方の軍の旗だとは思うんだけど・・・」
「そうですか。あまり大規模な軍勢ですと、宿が空いていないかもしれませんね。教えてくれてありがとう、セリー。」
そういうとアセレアは申し訳なさそうな表情を浮かべるセリーの頭を撫でると、前方に近づく宿場町の入り口へと向かった。
「そこのお前たち!止まれ!」
宿場町の入り口で立ち番をする兵士が、アセレアとセリーの行く手を阻む。
「お前たち、どこから来たんだ!?」
「この街道の前の宿場町からですわ。」
アセレアがセリーを庇いながら、兵士の問いに答える。その答えを聞いた兵士は驚愕の表情を浮かべる。
「あそこは魔狼に襲われて全滅したと聞いているぞ。お前たちは生き残りか!?本当に!?」
兵士の怪しむ言葉に、セリーが鼻息荒く一歩前に出て答える。
「本当よ!アセレアお姉ちゃんは兵士だったんだもん!魔狼くらいへっちゃらだよ!」
その言葉を聞いた兵士は、アセレアとアセレアの持つ戦斧槍に目をやると、後方に居た別の兵士を呼ぶ。呼ばれた兵士と言葉を交わした兵士がアセレアとセリーに向きなおると、命令口調で告げる。
「ふむ・・・とりあえず騎士殿に報告しなければ。2人共一緒に来い!」
そういうと、アセレアとセリーの返答も聞かず、宿場町の中へと歩みを進める。アセレアとセリーはしぶしぶと兵士の後に続いて行った。
案内された天幕には、立派な鎧を纏った青年騎士が地図を広げていた。アセレア達を案内してきた兵士は青年騎士に声をかけ、事情を説明すると天幕を後にする。
「ふん。貴様らがあの町の唯一の生き残りか。逃げのびただけでなく、魔狼を仕留めたとか?」
「そうだよ。アセレアお姉ちゃんは兵士だったの。」
セリーの言葉を聞き、青年騎士はアセレアを品定めするように眺める。
「ふん。主君に仕えきれなかった兵士崩れ風情がな。」
その言葉にアセレアの表情が固まる。確かにアセレアは自身の世界の戦闘で重傷を負い、結果的には砦に見捨てられるように取り残されてしまった。だがそれはアセレアの望んだことではなかったし、何より最期まで兵士であろうと思ったからこそ、砦と運命を共にしようとしたのだ。だが今この場でその信念を訴えるには、アセレアの正体を明かさなければならないだろう。
そんな答えに困ったアセレアを何も言い返せないと勘違いした青年騎士は、薄ら笑いを浮かべ言い放つ。
「まぁそのような者でも倒せるということは、魔狼とやらも大したことないのであろう。演習ついでにすべて狩り尽してやろう。」
「ですが、魔狼は集団で襲ってきます。武装した商隊でさえあっけなく全滅したのですよ?」
アセレアの本音の心配を聞いた青年騎士は、顔を真っ赤にする。
「我ら由緒正しい帝国騎士団をそこらの日雇いと同じと侮辱するか!もうよい!さっさと失せろ!」
そう怒鳴り声を上げると、青年騎士は天幕を出る。そして控えていた兵士に向かって指示を出し始めた。
天幕に残されたアセレアとセリーは顔を見合わせると天幕を後にした。
青年騎士が軍勢を引き連れて町を出発したのを見届けた後、アセレアとセリーは宿の部屋を借りた。2人で相談した結果、今日と明日はこの町に滞在し休養をとる予定だ。
「アセレアお姉ちゃん、あの騎士さんたち大丈夫かな・・・?」
ベッドに腰掛けるセリーが、隣に腰掛けるアセレアに尋ねる。
「そうね・・・」
アセレアが軍勢を見届けたのは、彼らの武装と練度を確認するためであった。アセレアが見た限りでは、装備は悪いようには見えなかった。だが練度があまり高いようには見えない。先程の青年騎士の"演習ついで"という言葉を踏まえると、まだ部隊が編制されて間もないのであろう。そうなると、数が揃っていても有効的に運用するのは困難であろう。集団で挑めば勝機があったかもしれないと思っていたアセレアは、セリーに自身の予想を伝えることができなかった。
そんなアセレアの様子から答えを察したセリーが、アセレアに抱き付く。
「アセレアお姉ちゃんは悪くないよ。話を聞かなかった騎士さんが悪いんだもん。」
「ありがとう、セリー。」
そういうと、抱き付いてきたセリーの頭を優しく撫でた。
しばらく大人しく撫でられていたセリーであったが、満足したのかアセレアから離れる。
「それで、今日はどうするの?まだ夕食までは時間があるけれど・・・?」
その言葉に、アセレアは町に入る前に自身が言った言葉を思い出す。
「時間があるし、さっそくセリーに魔法を教えようと思うのだけれども、どうかしら?」
「本当!?どんな魔法!?」
「実際には見せたほうが早いわね。セリー、手を貸してくれるかしら?」
アセレアは片方の手に木の枝を持つと、もう片方の手でセリーの手を握る。そして握ったセリーの手から魔力を吸い上げ、もう片方の手に持つ木の枝に魔力を注ぎ込んだ。魔力を吸い上げられたセリーは身を震わせ目を瞑っている。そしてセリーが目を開けると、そこには新たな葉が生えた木の枝があった。
「木の枝に葉が・・・!」
「簡単な木魔法ね。植物の成長を促すのよ。今の魔法はセリーの魔力を使ったのだけれども、体調は大丈夫?」
「体調は大丈夫だよ。だけど、私の魔力?」
「そう。魔力が身体の中を流れるような感覚がなかったかしら?」
「うん、なんかゾクゾクってしたけれども・・・」
「それが魔力の流れよ。以前私がした"祝福"は、魔力の流れの弁みたいなものを開放すると言われているわ。魔法は魔力の流れのコントロールとイメージで実現するのよ。」
「魔力の流れ・・・?イメージ・・・?」
「ええ。どんな魔法も魔力の流れをコントロールし、イメージする。これが基本になるの。高度な魔法になるほどコントロールとイメージが難しくなるわよ。私が思うにセリーは木魔法の適正が高いように思えたから、木魔法から学んでみましょう?」
アセレアの提案にセリーは満足そうに頷く。
「うん!けど・・・枝に葉を出せるようになっても戦えないよ?」
その言葉を聞いたアセレアはセリーを窘める。
「セリー。初めは簡単なものしかできないけれども、そのうち蔦を操って鞭のように扱ったり、葉を強化して物を切り裂いたり、色々できるようになるわ。いきなり高望みは駄目よ。」
「本当!?じゃあ頑張ってみる!」
そういうとセリーは木の枝を手に持つと、早速練習を始めた。
「つかれたぁ・・・」
セリーがベッドに倒れこみ、傍らにいるアセレアに目を向ける。そこには壁にもたれながら眠り込むアセレアの姿があった。
「アセレアお姉ちゃん、やっぱり疲れていたんだ。」
セリーはベッドの脇にあった掛け布をアセレアに掛ける。その時、掛け布を掛ける手に水滴が落ちてきた。
「お姉ちゃん・・・?」
アセレアの整った顔を見ると、頬を涙が伝っていた。セリーは無意識にアセレアの腕を抱くと、自身の身をアセレアに委ねた。
あけましておめでとうございます!




