天使と壊れた幌馬車
アセレアとセリーは危機を脱したようです。
東の空に太陽が登り始める。自分達を追ってくる魔狼の魔力が居ないことを確認したアセレアの案により、アセレアとセリーは小川の畔で休息を取ることにした。
アセレアは戦斧槍を小川にさらし、魔狼の返り血を流し落とす。その様子を隣で見ていたセリーが、戦斧槍に浮かぶ紋様を見つつ首を捻る。
「アセレアお姉ちゃん、この紋様はどうしたの?こんな紋様ついていた?」
戦斧槍を水中で揺すりながらアセレアが首を振る。
「いいえ、これはさっきの戦いで風魔法を付与した際に付いた紋様よ。魔法処理を施していない武器に魔力を付与すると、その魔法の種類ごとに紋様が付くのw。だからこれは風魔法の紋様ね。」
「魔法処理・・・?」
セリーは聞き慣れない言葉に、首を更に捻る。アセレアはそんなセリーを見ると、できるだけセリーが分かるように説明を始めた。
「私の世界の武器は、対決する敵に合わせて何度でも魔法を付与できるように別な魔法がかけてあるの。この戦斧槍にはかかってないから、風魔法が定着して風魔法の紋様が付いたのよ。」
何となく理解したセリーがアセレアに聞く。
「魔狼には風魔法がよかったの?」
アセレアは小川の流れだけでは落ちない返り血を擦りながら答える。
「いいえ、この魔法が一番この武器に向いている思ったのよ。降り下ろす時に風魔法で勢いを増したり、鎌部分に風魔法の刃を纏わせたりできるしね・・・・っと。これで大丈夫だわ。」
アセレアはそう言い終わると、小川から戦斧槍を引き揚げると地に下ろし、セリーに視線を移す。
「では休息しましょう。セリーもしっかり休まなきゃだめよ?」
セリーは頷きながらも、さっきから気になっていたことを口に出す。
「アセレアお姉ちゃん、汚れを落とさないと・・・」
アセレアは自分の身体を見ると苦笑する。気にしていなかったのだが、アセレアの服だけでなく背中の羽にも戦斧槍のように魔狼の返り血が付いていた。
「ふふ、そうね。ちょっと水浴びをするわ。セリーは寝てても大丈夫よ?」
そう言うとアセレアは服を脱ぎ出す。普段は顔を赤らめ小言を言うセリーであったが、今日はアセレアにとっても意外な言葉を口にした。
「私!アセレアお姉ちゃんの背中を流す!」
アセレアは意外な行動を取るセリーを心配しつつも、先ずは彼女の言う通りにしてあげることを選んだ。
「あら、それは嬉しいわね。お願いしようかしら?」
「うん!」
アセレアの羽を水で濡らした布で擦りながら、セリーがポツポツと喋りだす。
「お姉ちゃん、私って足手まといだよね・・・?」
羽を擦られながら、アセレアは答える。
「そんなことまったくないわよ?セリーにはこの世界のことを教えていただいていますし。」
「けど、お姉ちゃんみたいに戦えないし・・・さっきもただ震えて泣いていただけだし・・・」
アセレアはセリーのほうへ向き直すと、また泣き出しそうなセリーの顔を覗きこみながら優しく声をかける。
「ねぇセリー。私も含めて、みんな向き不向きがあるものよ?セリーは優しいから、争いには向いていないのよ。」
だがまだ納得していないセリーを見てアセレアはとある提案をする。
「じゃあ一緒にセリーに向いた戦いかたを考え方を考えてみましょう?」
その提案を聞いたセリーは表情を一転すると、アセレアに抱きついた。
「ありがとう!アセレアお姉ちゃん!」
「いいのよ。けれどセリー。そんなにくっついたら濡れてしまうわよ?」
そう言われたセリーがアセレアから離れると、水滴が光るアセレアの慎ましい胸が視界の中央に入る。セリーの顔が真っ赤になるまでそう時間はかからなかった。
休息を終えたアセレアとセリーは再び歩みを進める。幸い魔狼の魔力は感じ取れなくなったため、街道へ戻るように方角を修正していた。しばらくして街道が見えてきたアセレアとセリーは歩みを早めたが、街道に近づくにつれて次第に木箱や木樽などが散らばっていることに気がつく。そして街道上に無残な姿を晒す幌馬車の前にたどり着くと、二人は足を止めた。
「これは・・・」
「あの宿場町を先発していった馬車隊の1つね・・・・」
馬車の車軸は完全にへし折れ、車輪の1つが失われている。御者台は血塗られており、そこに座っていたであろう御者の姿は勿論ない。幌はズタズタに引き裂かれており、幌としての役目を果たせていなかった。その裂け目からアセレアは幌馬車を覗き込み、危険がないことを確認する。
「アセレアお姉ちゃん、この馬車に乗っていた人って・・・」
「ええ。セリーの想像通りだと思うわ。」
そう言うとアセレアはセリーを外に待たせ、単身幌馬車の中に乗り込んだ。
幌馬車の中には大きな荷もなく、無数の血だまりだけが残っていた。多分この幌馬車は逃げる途中に荷を捨て、それでも魔狼に追いつかれ、乗っていた者たちは全て魔狼の胃に収まってしまったのであろう。この状況では生存者どころか、遺体の一部ですら残っていないであろう。幌馬車から降りたアセレアは、1人震えるセリーの肩を抱くと、足早にその場から離れていった。
その日の夜。焚き木をくべるアセレアにセリーが問いかける。
「あの宿のおじさん、大丈夫かな・・・?」
「・・・わからないわ。無事だといいのだけれども・・・。」
自分の魔力の探知が正しければ、馬車隊の生存者はいない。居たとしても単騎で駆け抜けることができた護衛の騎馬であろう。そう考えていたアセレアは曖昧な返答しかできなかった。そしてそれ察したセリーは、前に組んだ脚に顔を伏せる。アセレアはセリーの隣に座ると、片方の羽を広げセリーを包む。羽に包まれたセリーはアセレアに身を預けながら口を開いた。
「お姉ちゃん。運命って皮肉だね・・・。」
「えっ?」
「私にはアセレアお姉ちゃんが居たから助かった。だけど私達を置いて行った人達は助からなかった。アセレアお姉ちゃんが居たら乗っていたらもしかしたら助かったかもしれないのに。」
「そうね・・・」
アセレアは兵士であったこともあり、人の死には慣れていた。慣れなければ兵士は務まらなかった。だがセリーはただの少女である。両親を病で失った経験があったとはいえ、人の死には慣れていない。アセレアは、自身にもたれ掛るセリーを頭を優しく撫でる。
「セリー。辛ければ泣いてもいいのよ?自分だけでなく皆の無事を心配できること。それは"セリーに向いていること"なんだから。」
その言葉を聞いたセリーが嗚咽をもらす。それからしばらくの間、焚き木がはじける音と少女のすすり泣く声が夜の空へ消えていった。
「そういえば、アセレアお姉ちゃん。」
「何かしら?」
アセレアの羽の中で平静を取り戻したセリーがアセレアに問いかける。
「アセレアお姉ちゃんに向いていないこととか、苦手なこととか、ダメなことなんてあるの?」
「んー・・・。」
アセレアの考える様子を見て、セリーはニヤニヤした顔でアセレアを見る。
「私はアセレアお姉ちゃんのダメなところ2つ知ってるよ!」
「あら、何かしら?」
「1つは恥じらいがないこと!」
セリーの言葉にアセレアは心外といった顔をする。
「これでもあると思っていたのですが・・・」
「だったら、たとえ私以外居ないとしても、外で堂々と服は脱がないよ!!!」
「それは・・・そうね。今後は気を付けるわ。それでもう1つは?」
反論しようとしたが、セリーの言うことにも一理あると考えたアセレアは素直に受け止め、もう1つを聞き出す。
「私のお願いを断れないこと!」
そういうとセリーは笑う。アセレアは苦笑するとささやかな仕返しを思いつく。
「あら、じゃあ今日から一緒に寝るのは無しにしないと。」
アセレアの仕返しの言葉にセリーは慌てる。
「そんな!?」
「仕方ないわ。克服しないといけないものね。」
そういうとアセレアはちらりと横目でセリーを見る。セリーは葛藤していたようだが、やがて観念してアセレアに抱き付く。
「克服しなくていいの!今のアセレアお姉ちゃんがいいの!」
そう言うとアセレアの羽に顔をうずめ、アセレアの言葉はこれ以上聞かないといったポーズをとる。そんなセリーを見て、アセレアはこの子には敵わないと思うのであった。
クリスマスなんて存在しない!いいね!




