天使の旅準備
アセレアはアセレアお姉ちゃんになりました。
セリーが元気よくアセレアに声をかけ手を振る。
「それじゃあ行ってくるね!!アセレアお姉ちゃん!明日の夕方には戻るから!」
アセレアが微笑みながら手を振るのを見届けると、セリーは城門の外へと向かっていった。
かねてからの予定通り、セリーは一度自分の家に一度戻り旅に使えそうな物を持ってくることになった。アセレアも同行しようと思っていたが、セリーが遠慮したためニクトの町に残ることにした。
町に残ったアセレアには、やらなければならないことがあった。1つはセリーの家にない必需品の準備。そしてもうひとつはそれらを購入するための資金稼ぎであった。
昨日は2人がかりで1日中仕事をこなし、とりあえずの資金を稼いだ。だが旅に必要となるであろう装備や武具の準備はできていない。かつて衛兵から奪った短剣は、神殿に連れていかれた時に没収されていたため今は丸腰である。セリーの知識では、町から離れるにつれて治安が悪くなるだけでなく魔物が生息している場合があるらしい。いざとなればアセレアがセリーを抱き抱えて飛べばいいかもしれないが用心に越したことはない。そのためアセレアはどうにかして武具を調達しなければならなかった。
「この仕事・・・」
アセレアは掲示板に掛けられたとあるクエストボードを見つめていた。見つめる先のボードには次のように記されている。
仕事内容:納品書の整理と再計算
依頼主:商人街 ラリー商会
報酬:成果による。応相談。
算術ができるかたのみ。
「もしかしたら、うまくいくかもしれないわね・・・!」
人族の言語はかつてアセレアが居た世界と共通している。そして軍に入った時に算術は叩き込まれていた。アセレアは一考すると、そのボードを手に取り、依頼主の元へと向かっていった。
「嬢ちゃんが?この仕事を?本当に?」
「ええ。」
依頼主である商会の主人がアセレアをじろじろ品定めをしつつ告げる。
「けどこの仕事は正確に算術が出来ないといけないぞ?」
アセレアは自信満々に頷く。
「大丈夫です。もし間違っていたら賃金は要りません。その代わり、もし成果が良ければお給金をそれだけいただけるのですよね?」 その突拍子もないアセレアの言葉に主人は鼻で笑った。
「ふん!面白いことを言うな!その代わり間違いが1つでもあれば金は払わんからな!!」
そうして仕事を得たアセレアは、主人に案内された一室に入ると、さっそく書類の山に手を伸ばした。
昼を跨いだ頃、店頭で接客していた主人の手が空くのを待ってアセレアが声をかける。めんどくさそうな顔をした主人がアセレアに近づき口を開く。
「なんだ?1枚終わったぐらいで報告は要らんぞ?」
「いいえ、全部やりました。ご確認して下さいますか?」
その言葉に主人は怪訝そうな顔をしつつ、アセレアが仕事をしていた部屋に赴く。そして丁寧に整えられた山の1つから書類を1枚手に取るとじっくりと眺める始める。
「こんな短時間で終わるわけなかろ・・・う・・・嘘だろ?どうせ適当に・・・え・・・」
主人は書類を次々手に取るが、全てが計算書付きできっちりと正しい金額であることを示している。
「それと、金額が他の書類と違っていたものもありましたので、それについては別個に分けております。多分誤記だと思うのですが・・・。どこか不備がありましたでしょうか?」
アセレアが示す別な書類の小山の1枚に慌てて手を伸ばす。そこには間違った金額の横に正しい金額が綺麗な字で書いてある。これならば訂正も楽に済む。主人は顔を興奮で赤らめながらアセレアの両肩を掴み声をあげる。
「いや、ない。完璧すぎる。嬢ちゃん!この店でずっと働かないか!?勿論金はたっぷり出す!」
「申し訳ございません。旅の途中ですので・・・」
「そうか・・・。それは惜しいな。まぁ仕方ねぇ。ちょっと待ってろよ?」
主人は部屋から出ると、巾着を手に戻ってくる。そして手にもつ巾着をアセレアに渡した。巾着の口紐を緩め中を見ると、銅貨がそれなりと銀貨が数枚入っていた。アセレアは店主に確認する。
「こんなによろしいのですか?」
アセレアの問いに、主人は大きく頷く。
「ああ。元々、日を分けてクエストボードに出そうとしていたしな。それに嬢ちゃんが書類を不備を教えてくれたんで、そこから回収できるしな!嬢ちゃんの働き以上に助かったんだから、気にすんな!」
その言葉を聞いたアセレアは、巾着の口をしっかり締める。
「そうですか、ではありがたく頂きますね!」
アセレアは嬉しそうにお礼をいうと、主人に惜しまれつつ商会を後にすると、次の仕事を探しに再び掲示板へ向かっていった。
翌日。深夜まで仕事をこなし小金を手にしたアセレアは、使い古しの武具を商う商店に足を伸ばした。店頭には大小様々な武具があり、束になって売っている矢から、立派な飾り台の上に置かれた大剣まである。アセレアがかつて使っていた魔法槍のように、魔力が籠められた物は存在していなかったが、品揃えはいいようだ。だがアセレアは手前に置いてあった短剣の値を見て落胆した。
「銀貨10枚・・・」
使い古しとは言え武器である。値が相当張るようだ。アセレアは店主と目が合ったついでに声をかける。
「このお店で1番安いのはどの武器でしょうか?」
「嬢ちゃんが見ていたのが、誰でも取り扱える武器では一番安いぞ」
「誰でも取り扱える武器・・・?」
アセレアの疑問に、店主は頷く。
「ああ。どんなもんでもいいって言うんなら、そこの戦斧槍が一番安いな」
店主の指差した先には、立派な戦斧槍が立て掛けられていた。斧の部分には武器にしては少々飾り気があり、本来石突きがある部分には、斧とは逆向きに鎌状の刃がついていた。
「随分立派で綺麗ですのに、なんでお安いのです?」
店主が苦笑しつつ理由を話す。
「この店で買うような客の中に取り扱えるやつが居ねぇんだよ。元々そいつは銅像に持たせるために作られてな。そのためか重量も使い勝手も完全に無視してやがる。そもそも戦斧槍を買うような客はこの店にはいねぇしな。あまりに買い手が付かねぇから、そろそろ屑鉄として売りさばこうかと・・・は?」
情けない声をあげる店主の前では、アセレアは戦斧槍を持ち上げいくつか構えの型をとっていた。たしかに重く両端の重量比が異なっているためか扱いづらい。だが慣れればどうにかなりそうであった。アセレアは満足げな顔を店主に向ける。
「これくらいでしたら問題無さそうですわね。おいくらですか?」
驚いた表情の店主は呆気にとられつつも、
「あぁ・・・値札通り、銀貨3枚でいいぞ。」
こうしてアセレアは無事に武器を手に入れたのである。
昼過ぎになって荷物を背負い戻ってきたセリーは、アセレアの姿をいるやいなや、開口一番にこう言った。
「・・・お姉ちゃん、目立ったことはしなかった・・・?」
セリーが疑うのも無理はなかった。アセレアが立派な戦斧槍を携えていたからである。
「私の常識の範囲内で行動したわよ?」
心外といった顔のアセレアは、セリーに事の経緯を話す。セリーはアセレアの説明を聞くと、頭を抱えながらこう言った。
「お姉ちゃんの常識は少しずれてるみたい。だからこれから少しずつ教えてあげるね!」
アセレアは苦笑しつつ、目の前の小さな先生に頭を下げるのであった。
無理な仕様変更はいや。すごくいや。




