よくある未来の物語
これは今より少し未来のお話。
ある日、ひとりの男がタイムマシンに乗ってやってきた。
男の名は堺正夫。二十五歳になる若き科学者である。
「いてて……ここはどこだ? いつの時代だ? 成功したのか?」
正夫は、ある発明をしたのだが何故か何者かに命を狙われ、しかたなく逃げるハメになってしまった。
特に狙われるようなものを発明した覚えはなかったが命を狙われては逃げるしかない。
そこでとりあえず、そのへんにある材料でタイムマシンを作って過去に逃げてきたつもりだったのだが……。
途中でマシンが調子悪くなり、どこかに不時着してしまった。
(タイムマシンは即興で作るもんじゃないな)
こう反省してみても後の祭り、タイムマシンが壊れてしまった今、正夫はどの時代に来たのかさえわからなかったのだ。
「おっ……あの人に聞いてみよう」
正夫は道行く男を見つけ、尋ねてみることにした。
「すみません。今、西暦何年ですか?」
「は? 二一一四年に決まってるじゃないか」
「あ、そうでしたね。すみませんでした」
「変な人……」
男はそういうと呆れ顔で行ってしまった。
「ふむ。困ったな」
正夫は自分の来た時代を聞いて戸惑いを隠せなかった。
元いた時代は西暦二〇六四年。
予定では五十年過去の二〇一四年に着く予定だったのだ。
「まいったな。五十年過去に行くつもりが五十年未来に来てしまった」
正夫は間違って未来にタイムスリップしてしまったことを後悔した。
「ちっ、五十年過去なら狙ってくる奴も生まれてないか小さい子供になってるはずだから安全だと思ったのに……残念」
しかし、その思いはすぐに打ち消された。
「まぁいいか。五十年未来なら俺を狙う奴は生きてはいないだろう」
正夫は本来、あまり過去を振り返らない性格だったのだ。
「さて、どうするかな……」
実は、正夫には過去に行きたかった理由はもうひとつあった。
すでに終わってる歴史を繰り返すことはいわば、未来を知った上で効率よく生活、研究ができるということ。
ーーローリスクハイリターン。
これが正夫の座右の銘だ。
しかし、現実に未来に来てしまった正夫には何のプランもなかった。
「命が助かっただけヨシとするか…」
なってしまったことをクヨクヨするよりも、これからのことを考えなきゃと思った矢先、背後から怪しい声が響いた。
「いたぞ! こっちだ!」
黒服を着込んだ怪しい声の主は、どうやら仲間を呼んでいるらしかった。
「え? ちょ……」
「捕まえろー! 殺してもかまわん!」
「嘘だろ? 五十年未来だぞ? なんで追いかけられるんだ?」
正夫は理解に苦しんだ。
命を狙ってた奴らが五十年後にとんできたはずの正夫を追いかけているのだ。
「間違って来てしまった時代だ! 待ち伏せなんかできるわけない!」
だが、必死に逃げるしかなかった。
相手は拳銃を持って発砲してくるのだ。
「ひっ! 拳銃かよ!」
ーー逃げるしかない。
走りながら、俺が何をしたんだ! と叫びたかったが、一瞬でも止まれば殺られる。
生きるためには止まるわけには行かなかった。
そうして無我夢中で走っていると、いきなり何者かに腕を引っ張られ、正夫は無防備で身を任せるハメになってしまった。
敵なら万事休すである。
「フガッ……」
いきなりだったが、引っ張られ身を預けた先には柔らかな感触が待っていた。
そう。 正夫には、敵か味方かはわからなくても温かく柔らかな感触は記憶にあったのだ。
ーーおっぱいだ。しかも、この大きさ……かなりでかい。
「フガフガ……」
「しっ! 静かにして!」
「……」
(い、息ができないんだが……)
しかたなく正夫は、息ができない苦しみを柔らかい感触の喜びに脳内変換し、待つことにした。
「行ったね……」
「フガフガ……」
「あ、ごめんなさい」
女は追っ手がいなくなったことで安心し、ようやく正夫の状態に気づき力を抜いてくれた。
「いやいや……なんか得した」
正夫は下半身を抑えながら恥ずかしそうに答える。
「おじいちゃんやらしー」
「は? 俺は二十五だぞ? ……って、ここどこ? あんた誰?」
女は若い正夫をおじいちゃんと呼び、自らおっぱいに顔を押し付けたことは棚に上げ指を指した。
「あ、そっか。説明しなきゃね」
「?」
「私はレイ、二十歳。五十年未来からタイムマシンに乗って来たあなたの孫。正確には五十一年ね。失敗して一年余分にタイムスリップしちゃった」
「ん?」
唐突だった。
レイと名乗る女は自分の孫だと言い、未来からやってきたと言う。
結婚してない正夫にとって孫の存在などタイムマシンを作る原理よりも理解しがたい内容であった。
「つまり、私の時代二一六四年から五十年過去が今、実際飛んだのは五十一年で二一一三年、今から一年前ね」
「なるほど。俺の家族が未来からやってきたのか」
正夫は若いながらも科学者。
孫の存在は理解できなくてもタイムマシンでの時間旅行については十分理解することができたのだった。
「うん。私は養女だけどね。で、ここはタイムマシンを改造して作った私の家。外からはホームレスのテントにしか見えないの」
正夫が五十年の誤差、いや、正確には百年の誤差でしかタイムマシンを作ることができなかったことを思えば、一年の誤差でたどり着き、さらに一年、タイムマシンをカモフラージュして過ごしてきたというのはかなり優秀だと判断せざるを得ない。
「なんのために? どうして俺を一年も待った?」
レイが追っ手から救ってくれた事、タイムマシンで一年も待っていた事。
正夫には聞きたいことは山ほどあった。
「あ、そうそう。それが目的だった。タイムスリップの誤差が怖くてそのまま待つ事にしたんだ。そんなことより、おじいちゃん、発明したイヤホン持ってるよね?」
「あぁ。これのせいで何故か命を狙われてる」
正夫はレイにイヤホンを見せた。
見た目、何の変哲もないイヤホン。これが正夫の発明した「ある物」である。
「でしょうね。それのせいで未来がメチャクチャになってるんだもん」
「ん?詳しく話してくれ」
もちろん、正夫には発明したイヤホンが未来をメチャクチャにするような物でないことぐらいわかる。
世の中をメチャクチャにしたくて研究をする科学者など、ごく一部にすぎないのだ。
「おじいちゃん? そのイヤホン、どんな目的で作った?」
正夫はレイがすべてを知って聞いているのだと悟ると、素直に説明をした。
このイヤホンは、簡単に言えば着けると脳に反応して苦手なことを克服できる事。
着けた人の脳に作用して、自己暗示にも似た思い込みを強制的に脳に植え付け、どんな苦手でも克服できるという代物である事。
例えば、人と関わり合うのが苦手な、一般的に「コミュ障」と呼ばれる人が着けると、脳に作用し、人とコミュニケーションが普通にとれるようになる。
運動が苦手な人が着けたら運動が得意になる。
こういった、精神的に弱い人に強制的に思いこませる事で苦手を克服してもらえたらという願いを込めて作ったことを言って聞かせた。
もちろん、暗示の類だから何時までも着けている必要はない。
人間誰しも、自信がつけば自分で歩けるようになると信じているのだ。
何事も自分からできない人にはちょっとしたきっかけになるだろうと発明したのだった。
そんなちょっとした発明が、命を狙われる原因になるなんてことは正夫には理解出来なかった。
「これがどうした?」
どうしても腑に落ちない。
「それがね。例えば、ある1人を崇拝するよう思いこませることができるとしたらどうなる?」
「そりゃあ、着けた人すべてが1人に忠誠を誓い、その1人は世界を支配でき……まさか!」
「そう、そのまさかなの」
「………」
正夫は今、すべてを理解した。
発明とはいつの時代も作った本人を置き去りにする。
発明に傾けた思いは踏みにじりられ、時に悪しき心の手によって兵器と化す。
「おじいちゃんが狙われてるのはそこ。おじいちゃん、設計図とか書かないでしょ?」
「まぁな。いつも雰囲気で作ってる」
ローリスクハイリターンを信条とする正夫は設計図を書かない。
頭で描いて作ったほうが、はるかに早くできるからだ。
「だからよ。だからイヤホンが必要なの。実物を解析して改造するために。で、おじいちゃんは邪魔。同じものか対抗できるものを作る恐れがあるから」
「こわいな、それ」 この話が本当だとしたら設計図があっても同じことだろう。
対抗勢力を生み出せる正夫は邪魔以外の何者でもないのだから。
「おじいちゃんはね。この時代で殺されてイヤホンを奪われるの。そのイヤホンを解析して三十年後に洗脳しちゃうイヤホンが出回る。未来はメチャクチャよ」
「まてまて。そんなに人間は生きられないぞ」
ここで正夫は待ったをかけた。
話が合わない。当然だ。
世界を支配しようとしてる人間が、次世代にその思いを託すはずがない。
世界を支配したいのなら、生きて目的を果たさなきゃいけない。
当たり前の事である。
こんな事、誰にだってわかる。
しかし、レイは正夫の制止も聞かず話を続ける。
「もし、それが人間じゃなかったら?」
「え?」
「未来の支配者は今から五十年前の……つまり、おじいちゃんが実際にいた時代のアンドロイド。ロボットよ」
「こりゃ驚いた」
正夫はレイの説明に、ようやく状況を把握した。
人間でないのなら話は早い。
つまり、ロボットが人間を洗脳して世界を支配しようとしているのだ。
ーー実にわかりやすい。
「少しは状況が呑み込めた?」
「ん~。話は理解できたが、そうなると疑問がひとつ……」
「なぁに?」
「俺がこの時代で死んでるならあんたはいないんじゃないのか?」
これもまた至極当然の疑問だった。
種がなければ次の子孫は有り得ない。養女をとることは無理なのだ。
「うーん。そのへんはよくわからないけど、イヤホンを今壊せば未来が変わることだけは間違いないわ」
「ふむ……」
正夫はレイにわからないことを問い詰めるよりも、現時点でわかっている未来の行く末を優先させる決意をするのだった。
「しかたないな。そんなつもりで作ったわけではないが、未来がそんなんじゃ作った意味がない」
「わかってくれた?」
「うむ」
正夫は胸ポケットに入れておいたイヤホンを取り出し、自分の思いと未来の惨事を想像し、胸がキリキリと痛む思いを呑み込んだ。
「これが……」
イヤホンを地面に転がし、一気に踏み潰す。
もう迷いはなかった。
「これでいいな」
「うん。ありがとう」
レイは砕けたイヤホンを見つめ、目を潤ませた。
その姿は、明るい未来を想像して感極まったに違いなかった。
「ところで……」
「ん?」
「レイは一年もここでひとりで暮らしてたのか?」
二十歳といえばまだまだ若い。
しかも、誰も知るもののいない、知らない時代で一年。
正夫は、同年代の自分と照らし合わせ、その寂しさと苦労を想像してレイを見つめた。
(俺なら耐えられそうにない)
「うん。未来のためだもん。寂しかったけど頑張った……よ……」
言葉を詰まらせ、目を潤ませるレイを見て、やはり相当な我慢をして来たのだと悟った正夫は言葉をかけるかわりに、思いっきり抱きしめるのだった。
「そうだな。これで未来は変わる」
「うん……良かった。本当に良かった」
「レイ……よく頑張ったな」
「おじいちゃん」
ーーおじいちゃん。
正夫は我に返った。
そうだ。レイは孫だった。
「おいおい。おじいちゃんはやめてくれないか。実感がない。正夫でいいよ」
「う、うん。正夫……」
それでもレイは離れようとしない。
正夫には、それがよほど寂しかった表れなのだと可愛く思え、黙って抱きしめたままにしてあげることにした。
二人はどれだけの時間、抱き合ったままを過ごしただろう。
もはや二人の間に祖父・孫の感覚はなく、いつしか二人は重なり合い、産まれたままの姿でひとりの男とひとりの女になって一夜を共にしたのだった。
「ん……いつのまにやら夜か……」
正夫はスヤスヤと眠るレイを横目に、すっかり高くなった月を眺めて今日起こった出来事を振り返った。
静かな夜、正夫は時間を忘れて何時までもそうしていたくなるような緩やかな時間を過ごしていた。
だが、そんな安息の時間は瞬く間に消え去り、変わりに訪れる不吉な予感。
「なんだ? やけに外が騒がしいな」
外の物音に我に返り、只ならぬ気配を感じた正夫は周りに神経を張り巡らせてた。
「な、なんだ! この音は……まさか!」
只ならぬ気配と不吉な予感、そして聞こえてくる小刻みに鳴る時計の音。
導き出される答えはひとつ。
ーー追っ手と時限爆弾だ。
「正夫? どうしたの?」
「ヤバい! 外に追っ手がいる! 裏から逃げろ!」
血相を変えた正夫の顔に、レイもまた只ならぬ気配を感じ、現状把握に務めた。
「でもタイムマシンが……」
「そんなこと言ってる場合じゃない! ここにいたら二人ともやられる! 早く!」
「でも、正夫はどうするの? 一緒じゃなきゃイヤ!」
「バカ! いいからお前は逃げろ! それぐらいの時間は俺が追っ手を引きつけて稼いでやる! 行け!」「やはりここにいたぞ!」
レイが逃げるのと同時に黒服が入ってきた。
「捕まえられるものなら捕まえてみろ!」
正夫は黒服の一瞬の隙をつき、レイが逃げたであろう方向とは反対側に力の限り走った。
「追えー! 逃がすなー!」
黒服連中は思った以上の数で正夫を追った。
「行ったわ…」
レイは逃げてはいなかった。
正夫が出て行ってすぐ、黒服達もいなくなったことを確認して戻ってきたのだ。
「え? 何、この音……まさか! やばっ!」
レイは時限爆弾に気づいていなかった。
戻ってすぐ、静かになったタイムマシンの外で小刻みに鳴る時計音を確認したのだ。
「きゃーっ!」
間一髪だった。
けたたましい爆音と共に、タイムマシン周辺が煙に包まれた。
「ふぅ……まさか時限爆弾が仕掛けられてたとは……正夫が慌ててたのはこれね。うまく逃げたかしら」
ようやく正夫の真意に気づき、安否を気遣うレイにまたもや不安を煽る音が木霊する。
--銃声だ。
「え?」
すぐさま銃声が聞こえてきた方角に走って身を隠した。
黒服がウロウロしている。
これでは正夫を捜すことすらできないレイは事の成り行きを見守るしかなかった。
「ないぞ! くそ! ブツを確認してから始末するんだった! とりあえず帰って報告だ!」
レイは黒服の言葉に鳥肌がたった。
--始末?
「ちっ!」
黒服は何かを蹴飛ばし、仲間達と引き返していった。
--不安が拭いきれない。
レイはそのまま気絶してしまった。
体の機能が現実逃避したのだ。
「はっ!」
朝になり、ようやく我に返ったレイは自分が置かれている状態に驚き、正夫を探しにでた。
「正夫……正夫……」
そして、さまようように昨日の現場に行き絶句した。
「……」
そこには、冷たくなった正夫の姿があったのだ。
「正夫ーっ! イヤー! 正夫ー! 正夫ー!」
変わり果てた正夫の姿を目の当たりにし、レイは狂ったように叫び続けた。
「どうしてこんなことに……何故一緒に逃げてくれなかったの……」
泣き崩れ、すでに動かなくなった正夫を抱き起こし抱きしめる。
「わかってるわ……私のために。いえ、未来のためにだよね……ありがとう。あなたのおかげで未来は救われたのよ。正夫ありがとう……」
あれから半年がたっていた。
危惧していた黒服は現れてはいない。
「タイムマシンがなくなって未来には帰れなくなっちゃったけど、私の知ってる悲惨な未来にならないことだけはわかるから心配はいらない」
レイはタイムマシンがなくなったことで未来には帰れなくなった。
しかし、その顔は幸せに満ちていた。 なぜなら、レイのお腹には正夫との愛の証が宿っていたのだ。
「ね。赤ちゃん……。本来、あなたは私のお母さん。でも今は違うの。未来は変わるんだから……きっとそう……」
レイは思った。
本来なら、正夫はこの時代で誰かと結婚していたのだろうと。 それが正夫とおばちゃんであり、その子供が私を引き取る親。
しかし、それは男がイヤホンを盗まれ、殺されて未来がアンドロイドに支配される結末の話。
ーーでも今は違う。
私が未来から来た事で正夫は私と巡りあった。
私が未来から来た事でイヤホンがなくなって未来は変わるのだ。
「あなたのパパは私のおじいちゃん、あなたのママはおじいちゃんの孫。あなた達の未来は私達家族が守ったの。安心して生まれてきてね」
木漏れ日の穏やかな日差しを浴びながらレイはお腹の赤ちゃんに優しく語りかけるのだった。
おわり