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青空とフェンス越しの春と

作者: 戸雨 のる

 最近、早起きの習慣が身に付いてきた。原因は判っている。

 少し早めの電車に乗って、少し早めに着いた学校の、少し凛とした空気の。朝から頑張っているあいつらの。あの、雰囲気のせいだ。

 何の変哲もない普通高校の野球部とはいえ、甲子園を目指してそれなりに頑張ってしまうものらしい。二回戦突破が関の山なのに、あいつらは朝からみっちり練習をしていた。毎日、楽しそうに。

 だから私も、毎日見たいと思ってしまうのだ。ゴールデンウイークが明けてから。あいつの存在に気付いてから。毎日、日課のように。

 校門を抜け、校舎へと続く道すがら。ゆっくり歩きつつ、こっそり覗く。私の楽しみ。教室からでも見えるけれど、校庭の端からの景色は特別で。

 きーんと響く金属バットの音や、土を蹴るざらついた音。歩道を守るフェンスの向こうに、あいつらの青春が転がっている。あいつの笑顔が光っている。

 接点なんて殆どない。一方通行な視線の行方。不毛な私の、不要な熱気。けれどこれもまた、青春。

 なんちゃって。

 休憩の合図らしき掛け声と同時に、騒がしく楽しげな音が響く。フェンス脇に集まるあいつら。談笑しながら飲み干されるスポーツドリンクのボトルたちが、きらきらを後押ししていた。眩しくて、堪らない。

 少しだけ、歩みを早める。フェンスを挟んであちらとこちら。自然と、鼓動が高鳴る。近過ぎる距離は、反則のような気がした。

 あいつはきっと、気付かないのだけれど。

 用事があるかの如く歩く。脇目を振らず、黙々と。ただひたすらに校舎を目指す。勿体ないけれど、私の気持ちが落ち着かないから。

「しっかし、あっついなー今日も」

 耳を澄ます。そばだてる。無意識の意識が、集中力を伴って。

「まだ梅雨入り前だってのによー」

 聞き分ける。鮮明に。あいつの声だけを、確実に。

「てか裸で練習したい。涼しそう」

 笑い声が響く。あいつらの声、あいつの声。さり気なく横目でちらり。シャツの裾をはためかせながら、あいつがきらきら笑っている。耳の奥が熱くなる。

 この眩しさに気付かなければ、私の青春は曇ったままだったのに。落ち着いて静かで心地良くて、過ごしやすいままだったのに。

 今更だけれど。私は、見たいと思ってしまったのだから。

「ちょ、水かけんなよ。あーもう」

 同じクラスになったのがきっかけ。隣の席になったのが運の尽き。そこからはもう、流されるがままで。会話なんて数えるほどで、だから私の一方通行で。

 名前すら、認識されていないかもしれないけれど。

「水も滴るいい男なのは認めるさ」

 それはそれで、青春なのかもしれない。同じ不毛でも、曇りよりは晴れの方が。

「てかタオル貸せって。ないの?」

 暖かすぎて眩しすぎて、干上がってしまう陽気の方が。

「ちょ、まじかよ。これ乾くかな」

 不毛な理由が変わるのは、それはそれで悪くない。それはそれで、なんだか楽しいかもしれない。

 そう思えるだけの余裕が、私の初夏には似合っている。

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