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12 : WORLD'S END SUPERNOVA

 12.


「止めないで――薫子さん、わたしは死ぬことにしたんだ。特に理由がないわけじゃないけど、でもわたしが死ねば全てが綺麗に終わるんだ。一件落着いっけんらくちゃく。そう、一件落着なんだよ。全部が全部。だから、お願いだから……邪魔はしないでよ」

「そ、そんなことできるわけないじゃん!」

 薫子は必死の形相で言い返していた。そりゃそうか、と夕莉は心の奥底でつぶやく。こんな部分で根負けしたら先ほどまでの論理は全て破綻する。

「どうして、そう思うの? わたしが選んだことだよ」

「そんなこと言われても――でもおかしいじゃない。自殺なんて。嫌だよ、わたし……クラスメイトの人が自殺しちゃうなんて……」

「薫子さん、やっぱりあなたは優しい人なんだね」

「あ、ありがとう……でも今はそんなことどうだっていいの。とにかく自殺なんてしないでよ。ほら、そのナイフも引っ込めて。今からわたしが行くんだから。そんな馬鹿なことはやめて」

「それはできない、かな」

 夕莉は薫子の言葉をあっさりと拒否した。

「……別に薫子さんを傷つける気はないけどさ、これはわたしの選んだ結末なんだ。誰にもそこに文句をつけることなんてできない。でもわたしが死ぬのを目の前で見るのも不快だろうからさ、今のことは綺麗さっぱり忘れて帰った方がいいと思うよ」

「嫌だよ……そんなことできない」

「わたしは、薫子さんに心の傷を作ってほしくないだけなんだよ?」

「……もし仮に、わたしが今いなくなって――それで坂下さんが自殺したって、わたしが幸せになることなんてないよ。あとであなたが死んだ時のことを思い出したら、たぶん後悔しちゃう。わたしは助けられなかったんだって。だから嫌、首を縦に振るわけにはいかない」

「こう言っちゃなんだけどさ」

 夕莉はちょっとだけ毒を込めて、目の前の薫子に向かって言い返した。

「薫子さんって……結構強情だよね」

「……何を言うかと思えば、そんなこと」

「うん。失礼なこと言ったと思う。でも悪気はなかったんだ、ごめん」

「別に不愉快になったわけじゃないよ。……でも、それを言うなら強情なのはお互い様じゃないかな? わたしもいつも思ってたけどさ――坂下さんって悪い意味で人の話を聞かないもの。まるで自分の世界が絶対的とでも言いたい感じ」

「……結構、心にぐさりと来ることを言うね」

「うん。そうかもしれない。でもこればかりは前々から思ってた」

 そう言って、それから薫子は静かに溜息を吐いた。なんでこんなところでこんな話をしているんだろうとでも言いたげな感じで。少々、夕莉との会話にも疲れてきたのかもしれない。

「――ねえ、坂下さん。何か辛いことでもあったの?」

「ああ、うん……まあね」

「それがどういうことなのか、わたしに話してみる気はない?」

「それは、好奇心から聞くのかな? もし好奇心からだとしたら――聞かない方がいいと思うよ。きっと胸糞悪くなる。わたしにも聞き終えたときの薫子さんの反応は、なんとなく分かるからね。喋ってすっきりしたい気持ちもあるけど、これは言えない」

「……そう。じゃあ無理には聞かない」

 そう言って、薫子は少しだけ顔を伏せたが、すぐにまた元の位置に戻した。

「でも、坂下さんが死んだら、わたしは悲しいな……」

「優しい言葉だね。けど、それって社交辞令みたいなものだよね。わたし、そういう言葉はあんまり好きじゃないんだ」

 夕莉がそう返すと、薫子は気分を害したらしく顔を真っ赤にした。

「だ、だったら――勝手にすればいいと思うよ!」

「うん、まさにその通りだと思うんだけどね。けれど、そうやって突き放してもらっても、わたしは意識を改めて生きようなんては思えないんだ。それと付け加えておくけど、あなたはこのまま帰ったら後悔すると思うよ。悪いけども。だって、薫子さんは優しい人だもの」

「……結局、坂下さんはどうしたいのかな? 分からないな、わたしには」

「どうしたいってのは?」

 夕莉が静かにそう問い返すと、薫子はゆっくりと口元を動かしてこう言った。

「生きたいの――それとも死にたいの?」

()()()()

 夕莉はそう即答していた。

「……さっきまでは、そう思ってた。だけど、今はちょっとよく分からなくなった。なぜかは分からないけど、あなたと会話してたら少し決意が薄れてきちゃったのかもしれない。どうすればいいんだろう、実はわたしにもよく分からないや」

「生きてみたら。無責任でぶしつけな結論だけど……それが一番楽だよ」

「生きることは、苦痛だよ」

「確かに」

「でも世間は、薫子さんは死ぬべきではないとわたしに言う。わたしはたまに分からなくなるんだ。生きることが正しいことだってのはよく分かる。それが世間一般で認められる正当な価値観だってことも。でもさ、おかしいよね? いつもは誰もわたしのことなんて気にかけてくれない――それとなく否定され、利用され、いなかったものとして扱われる。なのにようやく決意した時にはタイミング良く現れて、死ぬなだとか生きろだとか言う。本心から言ってくれてるのならすごく嬉しい。だけど、わたしは同じくらい欺瞞ぎまんってものが嫌いなんだ。体のいい言葉や、言ってるだけで善人になれるような言葉が、反吐が出るくらいね」

「……うん」

「でもね、なんでだろう――薫子さんのことは嫌いじゃないんだ。素直に嬉しいよ。面倒くさいやつだよね。結局、わたしは寂しくて構ってほしい迷惑な人間なのかもね」

「……わたしも坂下さんのことは嫌じゃないよ。さっきはちょっと怒ったけど」

「迷惑なやつだとは思ってる?」

 そう問い返すと、薫子の表情は微妙なものになった。

「ねえ、坂下さん……わたし思うんだけど、あなたは世の中に白黒を付けすぎているんじゃないかな。この世の中はそんなにお花畑みたいなところだとは言わないし、生きてて楽しくないこともいっぱいあると思う。けどさ、同じように()()()()()()()()()()()()。ここは簡単には答えを導き出すことができない――灰色の世界なんだよ。たぶんね」

「それは曖昧な言葉で濁せばいいってことなのかな?」

「そうじゃない、とは思うけども……でも答えは単一であっても見方まではそうじゃないと思う。もっと多面的な見方があって然るべきなんだよ。解釈の違いってやつ」

「それはわたしも同意するよ」

 夕莉はゆっくりと頷いて、薫子の意見を肯定する。

「けど、わたしには結論こたえが欲しいんだ。即物的であってもいい。解釈の違いはこっちで考える。だから結論が欲しいんだ。……さっきの問いかけの答えが」

「なら、あえて言わせてもらうけど――わたしは坂下さんには、確かに迷惑というか面倒な一面は覚えたよ。けれど、わたしはあなたが嫌いじゃない。むしろ好いているとさえ言えるかもしれない。だって、そうじゃない? 嫌いな人に向かって生きて欲しいなんて思う? ……結論なんてものは、いつもこんなものだよ」

「だったら……もう一つだけ聞かせてくれないかな」

「何?」

 そう聞き返してくる薫子に、夕莉はゆっくりと問いかけを口にした。

「あなたがわたしを助けたいと思ったのは――どうして?」

「理由なんて、ないよ」

「嘘だ。そんなわけがない。理由がないはずがないんだ」

「なら、こう答えるしかないね。()()()()()()()()()()()()()。だって、それ以外に説明できることがある? わたしは極めて個人的な感情に基づいて、あなたには死んでほしくなかった。そこにわたしが不快になりたくないという考えはあったのかもしれないけど、少なくともわたし自身はそう思っていた」

 薫子はふぅと溜息を吐いて、それからさっと自らの髪を後ろに流した。

「……もう、終わりにしましょうよ」

「実は」

「……うん?」

「実はね、ずっとその言葉を聞きたかったんだ。最初に謝るよ……面倒くさいやつだって。でも、わたしはその言葉がずっと聞きたかった。その言葉はね、利己的で、もしかすると世間ではすごく印象の悪い言葉なのかもしれないけど――でもそこにはあらゆる論理をねじ伏せる力があって、それでいてその人自身の感情が一番こもってる言葉だから。()()()()()()()()()。その言葉には、建前も欺瞞もどこにもないから」

「…………」

「……ごめんね、変なこと言って。でも、ありがとう」

 そこで夕莉は手からサバイバルナイフを離した。それは重力に従って地に落ちて、空き地の茂みの中に埋没した。夕莉が立ち上がったとき、薫子は訳が分からないような顔をしていた。

「坂下さんって……変わってる」

「そうかもね」

 夕莉は平然とそんな言葉を返していた。薫子が少し心配そうな顔になる。

「ねえ……本当に、本当にもう死ぬ気じゃないの?」

「ないよ。なんとなく――本当になんとなくなんだけど、さっきの言葉で生きてみようかなって思った。別に薫子さんのためって言い切るつもりはないよ。でも少なくとも、今のあなたを不快な気持ちにさせたり落ち込ませたりはしたくないって……そう思ったんだ」

「……うん、そっか」

 薫子は静かにそう納得するような素振りをみせて、それから再び口を開いた。

「あのさ、坂下さん……別に押し付けるつもりはないんだけどさ。いつか、今日あなたが死のうとしたときのお話を聞かせてくれないかな。なんていうのかな――あなたは自分自身でこれまでのことを解決してみせたけど、やっぱりわたしにはちょっと納得できないところがあるから。だからさ……すぐにとは言わないし、時間がかかってもいいから、いつの日か聞かせて欲しいんだ。あなたがこれまで生きてきた、時間についてのお話を」

「……うん」

 夕莉は少し考え込んでしまったが、顔を上げてしっかりと薫子のことを見返しながら言った。

「そうだね、約束するよ。いつの日か、ちゃんと話したいと思ってる」

 薫子は先ほどの提案がすんなりと通ってしまったことに逆に驚いているようだった。

「提案したわたしが言うのも難だけどさ……そんな簡単に承諾しちゃっていいの? あんまり人に聞かせたくない話だったんでしょう?」

「……薫子さんは、わたしがナイフを持ってたのに恐れることなく話しかけてくれた。すごく面倒くさいことを言ったのに、それにちゃんと付き合ってくれた。わたしは感謝してるよ。あなたは、わたしにとっての命の恩人だ――だからだよ」

「なんだか……ちょっと照れくさいよ」

「ううん、わたしは本気で言ってるんだよ?」

 夕莉は雨に濡れた格好のままで、真面目に薫子のことを見返した。薫子がわずかに気恥ずかしそうに目を逸らしたところで、ふっと薄く微笑みを浮かべてみせる。

「……ありがとう、わたしは家に帰ることにするよ。なんか、今日はすごい疲れちゃった。また明日、学校で会おうよ。いつもどおりの感じでさ」

 そう言って、夕莉は薫子の横を通り過ぎていって背中を向けた。

 あっ、と夕莉はそこで一つ言い忘れたことを思い出して、呆けたように突っ立っている薫子の方へと振り返る。ちょっとだけ照れくさそうに鼻の頭を人差し指で掻く。

「でも、今日の出来事は――夢だったことにしてくれると嬉しいかな。なんとなく」

「うん、そうする……でも、約束は守ってくれるんでしょ?」

 それに夕莉は静かに頷いて、しっかりと返答をした。

「守るよ。いつか絶対に話す――これまでわたしが誰にも打ち明けなかったわたし自身のお話を。もしかしたら作り話のように聞こえるかもしれないけど、でも、やっぱり聞いて欲しいから。これはいつか誰かには聞いてもらわなきゃならない話だと思ってたから」

 そう言って、夕莉はもう一度だけ頬を緩めて笑んだ。

 これまでになかった晴れやかな表情かおで。

「少なくとも、わたしは薫子さんという存在に救われたんだ。だから――今日はありがとう」

「……うん、わたしもね」

 薫子はちょっと照れくさそうに視線を逸らしていたが、ふいに小さく頷いた。

「なんだか――ちょっとだけ、救われたような気がする」

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